第38話 獣人少女と英雄①

 『獣人の英雄』の逸話は、オレにとって衝撃的だった。


 1000年前、初代勇者が魔王を打ち倒した話は有名だな。当時の女神が4人の英雄をこの地に召喚して、見事勇者を倒した。


 誰も彼も、皆が勇者が魔王を倒した話ばかり盛り上がってやがる。


 けど、英雄の伝説はちげぇ。


 魔王を倒した後、勇者の奴は『獣人を奴隷する』法律を作りやがった。

 当時の獣人が、魔王軍に加担したとか何だか知らね〜けどよ、要は国の偉い奴らが奴隷を増やすために獣人の人権を剥奪してきやがった。

 

 今は滅んだゴーマット帝国は、獣人の人身売買で汚ねェ金を稼いでいたクソだった。

 そして、初代勇者も、『捉えるもの』も、『知るもの』も、全員クソッタレの野郎どもだ。


 けど、『獣人の英雄』は違う。


 オレたち獣人のために、あの人は勇者と敵対し、勇者パーティを脱退してでもゴーマット帝国に殴り込みしたんだ!


 んで! 英雄は一夜で国家一つを滅ぼしてみせやがった!

 最ッッッ高にクール! 


 特に好きなのは、獣人奴隷女の子が、仲間を連れて逃げ出している時、奴隷捕獲部隊に襲われて殺されそうになったところ、颯爽と現れた英雄が彼女を助けた逸話だ!

 特に、この時の英雄のセリフが痺れる!


『私の目が光るうちは、弱いものに危害を加えることは許さない。

 かかって来い、ゴーマット帝国。

 貴様らごとき、私の相手になると思うなよ。私にとって、この国を滅ぼすことは、チャーハンを作ることより容易いことだ。

 この国のマズイ飯と共に、お前らも一掃してくれる』


 この余裕綽々な上にユーモアあるセリフ!

 一国を敵に回しているとは思えねぇふてぶてしさ!


 まさに英雄ってやつだ!


 それから、英雄は勇者とも決闘することになるんだけど、英雄はあの勇者に負けず劣らずの攻防を繰り広げ、勇者を倒すことはできなかったけど、代わりに復活した魔王を単身で討伐やがった!


 そして、その報酬で『勇者連合』に獣人の人権を認めさせた!


 オレはマリトゥワ神の慈愛だとかにはキョーミねェけど、これほど仁義と粋な英雄はいねぇ!


 今のオレたち獣人が生きてるのも、あの人がいたおかげだ。

 

 なのに、里の奴らは、この話を信じようとしないってんだから、おかしな話だ。


 英雄についての文献は多すぎて本当か怪しいとか、勇者たちが必死になって倒した魔王を1人で倒したのはおかしいとか、実は獣人を助ける気はなくて全部酒に酔ってやらかしただけとか。


 里の奴らは、どいつもこいつも腑抜けだ。


 獣人と只人が共存するゴーマット国が滅んでから、奴隷になることを恐れて只人と関わろうともしねぇんだ。


 だから、オレは里の奴らを全員ブチのめして、里のテッペンを獲った後、ゴーマット国にまで旅した。

 

 あの英雄が、オレたち獣人のために戦った場所には、ゼッタイ行きたかったんだ。


 ンで、俺は今じゃホームレスと難民獣人ぐらいしか住み着いていねェこの国に辿り着いて、しばらくその辺の獣人を〆て、いつしかもう廃墟寸前のゴーマット国に住み着いていたゴロツキを全員ブチのめし、虐げられていた獣人たちをまとめ上げ、立派なグループに纏め上げていた。


 あの人はもういねェ土地で。

 俺は、少しでもあの人と同じようなことができねぇかって、苦しんでいる獣人たちを救っていた。


 あの胸糞悪ィ野郎が現れたのは……オレがこの国に来て一カ月も経たない頃だった……。


「英雄の遺体はどこだ?」


 そいつは、なよなよとしたひ弱な痩せた男だった。

 オレが一番、毛嫌いしてるタイプだ。


 そいつは、オレがゴーマット城を意味もなく散歩していた時、急にオレの城に侵入してきやがった。

 生意気なヤロウで、俺は心底ムカついた。


「アァん? モヤシが気安く英雄の名前を呼ぶんじゃねェよ」


 俺がカスモヤシにガンを飛ばすと……そいつは腰の剣を振って見せた。

 

「!」


 獣人の超的感覚が、これはマズいと思って距離を取ったら、俺のいた場所は、灼熱の炎が燃え盛っていた。

 魔法……にしても、詠唱を撃ったとも思えない。

 英雄の本で読んだことがある……初代勇者は、詠唱を短縮する達人だった。簡単な魔法なら、無詠唱で放つことが可能だという。

 

 コイツも、魔法を無詠唱で放つことができるのか……? 


 と警戒していると……。


「獣人か、お前は」

  

 緑の刀身に、炎のオレンジが照らす剣を手に持ちながら、ソイツはオレに尋ねた。


「ああ、オレは英雄の遺志を継ぐ獣人だ! 遺体だか何だか知らねェが、オメーみたいなヤツが英雄サマの名を語るのは許せねぇ! さっさと失せな!」


 オレがそう言うと、ソイツは陰気に笑い始めやがった。

 ヒヒヒッ、だとかキシシィ、だとか、そういうマトモな育ち方をしてねェ奴の笑い方だった。


「獣人ごときが……勇者のボクに楯突くか」


 獣人ごとき。

 それが、オレの堪忍袋に火を付けた。


 この生意気なガキをブチのめさねきゃ、英雄の後継者の名が落ちる。

 俺は自慢のナックルクローを装備し、ナヨナヨヤローに飛び掛かったんだが……。


 脇腹に突き刺さる鋭い痛み。


 突然襲い掛かった一撃に、俺は成すすべもなく膝をついちまった。

 

 そして、ナヨナヨヤローが剣を振るい、真っ赤が光景と共に、オレは吹き飛ばされちまった。


「ガッ……!?」


 炎の斬撃が真っ向から襲いかかる。

 真っ白になる視界の中、オレはワケも分からず転がり、近くにあった銅像に叩きつけられた。


「やはり獣人は野蛮だ、初代勇者が奴隷を推奨した理由がよくわかる」


 クソがッ……!

 これが勇者って奴か……。

 確かに、スゲー神秘だ。

 霞む視線の先に、強大な炎を纏う剣を纏ってやがる……こいつは、多分勝てねぇ……。

 身体じゃなくて、心が負けたって気持ちになりやがる。


「死ね……」


 炎の剣が俺に襲いかかる。

 抵抗ができねぇ、怖ぇ……。

 

 と、オレが半ば諦めていた時……。


 ソイツの米噛み辺りに、何かが飛んできた。


「グウェ……ッ!?」


 ソイツは間抜けな顔で吹き飛んでいく。


「!?」


 オレには何が起こったのか分からなかった。

 ビックリしながら、キョロキョロと辺りを見渡していると、勇者がいたところから、カンッ、カランカランという音が鳴った。


 鉄の……棒? が落ちている。


「おそらくアイツっぽいけど……死んだか? いや、死んでもいいか」


 その人は、手のひらを額に乗せて日除けながら、小走りで鉄の棒にまで駆け寄ってきた。


「多分アレが草薙の剣だよな」


 鉄の棒を拾いながら、その人は言った。

 サイドだけ刈り上げて頭の中心線だけボサボサ頭のその人は、拾った鉄パイプをブンブンと振り回していた。


「……キミ、獣人?」


「え、あぁ……そうぇす……」


 オレは緊張のせいか、つい噛んじまった。

 

「虎の獣人……? 耳も髪もモフモフ……人の形をしているのが惜しい……でもお耳がケモケモじゃぁないか……」


 その人はオレを見て何かを言っているが、よく聞き取れなかった。

 でも、その様子を見る限り、オレたち獣人に偏見があるって感じでもない。

 むしろ、好意的とさえ思えた。


「ケガしてるみたいだけど、大丈夫?」


「え、あっ……はい! これくらいなら、すぐ回復するんで!」


「そう。まぁ無理はしないように……んで、下がってて」


「え?」


 オレはよく分からず困惑していると……勇者のヤツが立ち上がっていた。


「な、なんだお前……!」


 勇者の奴は怒りを露わにしながら、その人を睨みつけていた。


「レグギャヴァキャヴュギャ株式会社 製造部係長 藤堂夢路。

 ケモっ子イジメてるみたいだからとりあえずお前を吹き飛ばしたが、お前が自称勇者ってやつだろ? その剣を大人しく渡すかもっぺん吹き飛ばされるか選べ。

 生命保険入ってるか? 無けりゃ大人しくしとけ」


 その人は鉄の棒を肩に乗せ、堂々と、しかし余裕綽々とジョーク? を言う。

 

 カッケェ……!


 その人の背中は、男としては普通か少し小さいくらいだったが、勇者と名乗るヤツの前にいるのに、全然萎縮せず、相手を〆る気マンマンだ。

 

 これは、まるで……! 


 『獣人の英雄』!


 何の運命かは分からないが、オレが突き飛ばされたその後ろには、ゴーマット国が建てた『獣人の英雄』を象った銅像があった。


 





 


   

 




 

 

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