第36話 勇ましかった者①
とある村に1人の少年がおりました。
彼は村一番の臆病者で、馬の鳴き声を聞いてはすっ転び、村にゴブリンが現れれば小便を漏らして逃げ帰ります。
村人たちは馬や低級の魔物ごときで怯える彼をいつもからかっていました。
そして、彼はいつも悔しさの涙を流しながら最愛の姉にいじめっ子を追い払ってもらいました。
ある日、そんな村に一匹の鬼が現れました。
その鬼は、かつて勇者コロイドが滅ぼした悪逆非道を尽した国王で、恨みと憎しみから鬼と変容したモノノケです。
男一人を易々と持ち上げるほどの巨体と剛力に、獰猛な獣のような瞳は見るもの全てを震えさせます。
それでも村を守る男たちは鬼に戦いを挑みましたが、どれも易々と蹴散らされました。
そして、立ち向かう男たちをすべて蹴散らした鬼はこう言いました。
「この地は我が制圧した。貴様らは鬼宿の前日にこの樽をすべて満たすほどの酒、それに穢れ無き気娘を1人、我に献上せよ」
鬼はそう言った後、戦意喪失した村人たちを見ると、女を一人見つけました。
「そこの美しい娘。純真な娘。今日の褒美はお前ひとりで許す」
そう指差されたのは、彼の姉でした。
当然、拒否することなどできません。
拒んだところで力づくで連れていかれるのは必至。むしろ抵抗することで、他の村人への危害広がるかもしれません。
なので、彼女は黙って鬼に従います。
臆病者の少年は、鬼の姿を一目見て怯えふためき、その場から一切動くこともできず、すぐに逃げ出してしまいました。
姉が連れ去られたというのも、後から知りました。
助けないと。
少年の心に、勇気の言葉が木霊します。
姉が鬼に連れ去れた翌日、彼は村の秘宝とされている剣を盗み出し、鬼の住処に乗り込みます。
この日、彼は人生で初めて勇気ある行動をしました。
しかし、少年の勇ましい行動なんて、何一つ意味もなく、彼は叩きのめされました。
彼は鬼の剛腕を受け止めることもできず吹き飛ばされ、埃を払うように足蹴りで転がされ、面白半分で鬼の窯で茹でてやろうかと揶揄われながら、少年は窯の中に放り投げられました。
少年は、村一番の臆病者でした。
家畜の鳴き声でいちいち驚くので家畜の世話もできない。
当然、ゴブリンと向き合うこともできないので魔物退治もできません。
けれど、彼は最期に姉を救うため戦いました。
それは、勇ましき行動です。
その雄姿は女神にも届いたのです。
少年が窯の中に入る瞬間……盗み取った村の秘宝が輝きだし、その姿を変えました。
それは、伝説の勇者の剣……ではなく、かつて勇者コロイドを支えた勇士が持っていた剣。
草薙剣。
その剣は熱々に茹で上がった窯を切り刻み、勇ましき者の手に収まります。
「それは……草薙剣! なぜおまえのような者に!?」
鬼は驚きました。
その剣は、かつて自分と戦った勇者コロイド……の、仲間が持っていた剣です。
この世界の秩序を守るため、秩序を司る女神マリトゥワが一時的にその権能を振るうことを許可した神秘。
それが、再び自分の前に現れたのですから、驚くのも無理はありません。
草薙剣の力は、非力な少年が振るうだけで草木に炎を纏わせ、大地を揺らし、その強大なエネルギーを誇示します。
鬼は例え剣は驚異的であろうと、扱うのはたかだか臆病者の少年。
恐れるに足らず……と、鬼は少年に拳を叩きおろします。
しかし、それは草薙剣が受け止めました。
そして、返す刀で鬼を吹き飛ばしました。
強大な神秘の力で吹き飛ばされる鬼。
そうして、恐ろしい鬼は村一番の臆病者にして勇ましい少年によって退治されました。
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