第35話 係長と間の日④

「……んー。チート能力の実感がないんか」


「はい……特に変わった様子もなくて……申し訳ありません」


 アイビーさんは気まずそうな顔で俺に頭を下げる。

 別に俺からしたらチート能力なんていらないし、女神の奴には『俺の代わりにケルちゃんがケガをしないように力を与えてくれ』と言った際、ついでにアイビーさんもチート能力を渡しておこうか、って話になって彼女に能力を授けただけだ。

 ケルちゃんは朝の怪力を見た限り、ちゃんと能力貰っているし、アイビーさんはいわばオマケ。

 無理なら無理で別に良いので、そんなに申し訳なさそうな顔をしなくてもいいんだけれどね。

 

「そういや、まだお前、人間の姿のままやんけ。それ解いてみ」


「は、はい……」


 アイビーさんが返事をすると、彼女の体は殻が光りながら破れていく。体から抜けていく殻は、まるで蝶の羽ばたきのように空中へ飛んで行き、霧散していく。

 そして、いつしかアイビーさんは黒髪の人間姿から、白銀の髪を靡かせるエルフの姿に変容した。


「どうや?」


「……駄目ですね。実感が沸きません」


「ほーん」


 シシロウは意味深に声を返し、果実酒を一杯、口に運んでいた。


「なに。失敗したとか?」


「ワイもこういうパターンは初めて見たんやけど、たぶん失敗はしとらん。

 せやな……お前、ちょっと目を瞑ってみ」


「え、あ、わかりました」


 アイビーさんは言われた通り、目を瞑る。


「アイビー、この店にいる客の人数、分かるか……?」


「へ……?」

 

 シシロウが放った言葉に、流石の俺も驚いた。

 当然、普通の人間は目を瞑ったら情報のほとんどを制限されるわけで……目を開けている俺でも辺りをキョロキョロと見渡して、指折りで数えて何とかってところだ。


 視覚に頼らない超人的感覚は勿論の事、空間把握能力も試される。


 ただ……そんな超人離れした事を、チート能力が可能にさせるのだろうか。


「集中して神経を尖らせてみ」


「……ゥゥゥウウウ」

 

 アイビーさんは眉間にしわを寄せながら、唸って見せた。

 ……いや、しかしこれは。

 とてもじゃないが、チート能力が発動しているとは思えないぞ?


「ごめんなさい……ちょっと、分からないです……。エルフは神秘を感じることができますが、このお店には只人も多いので……神秘の薄い人や物を探るのは難しいかと……」


「そうか。じゃあ、たぶん『捉えるもの』やないな。おそらく、『知るもの』の方や」


「汁物?」


「阿呆。おい、アイビー。初代の勇者とその仲間たちは魔王を倒したんやけど、その旅で一番最初に倒した魔王軍幹部の異名は?」


「え?」


 なんだコイツ。急にクイズ番組みたいなことを言い出したぞ。


「お前自身は知らんかもしれへんが……お前の授かったものは知っとるはずや。

 頭の中で、『初代勇者 最初に倒した魔王軍幹部』って念じてみいや」


「……」


 アイビーさんは困った顔をしながら、再び目を瞑り、静かな様子でしばらくいると……。


「“針蜥蜴のモレス”……?」


 アイビーさんは、まるでふと頭に思い浮かんだ単語をそのまま言葉にしたように、答える。

 彼女ですら、その単語の意味が分かっていないようで……困惑している様子だ。


「正解や。ちなみに、そのモレスがおった場所は?」


「タカヤ山脈……? の、神域?」


「やっぱそうか」


 シシロウの奴はこの問答で確信を固めたみたいで、顎の無精ひげを払いながら、また酒を口にする。こいついつも吞んでるな。


「お前のチート能力は、『知るもの』の能力。この世界の神秘に纏わる知識と、その神秘を高める能力や」


「良く分からんが、つまりめちゃくちゃ知識人になれるってことか? まぁ、何事も知識があるのに越したことはないが……」


「それもあるんやけど、同時に記憶力が良くなって、魔法の技術が高まるで。ワイやお前みたいに魔法が一切使えんような奴には分りにくいかもしれへんけど、魔法つーのは知識と理解の世界みたいでな、知を蓄え世界を見りゃそれは神秘のモノというんやって」


 ようわからん。

 ホグワーツの校訓みたいなのは結構だが、魔法何て無関係な俺にはどうだっていいことだ。


「でも、なんで実感がないんだ? 凄い能力何だろ」


「おそらくやけど、『知るもの』の能力は、最初に継承した『知るもののクリス』から始まり、現在進行形で知識を蓄えとる。

 クリスが貰ったのも1000年前になるわけで、それをコイツの頭に一気に入れたら膨大な知識に頭がパンクするんやろ」


「なるほど。読めてきたぞ。だから、まるで検索エンジンにワードを入力して検索するみたいな方法で知識を出力させてたんだな」


「ご名答や。おそらく、『知るもの』の知識データは、アイビーの体のどこかに眠っとって、こいつはそれにアクセスしてデータを引き出す仕組みになっとる」


 ふーん、まぁ、よくできたシステムのようだ。


「私が……かの高名な『知るもの』クリスのお力を……」


 アイビーさんは何だかんだ、喜んでくれてみたいだ。

 かすかに頬を少し盛り上げながら、自分の体をずっと眺め、自身の力に心震えている様子だ。

 ま、役に立ちそうだし、俺も俺でよかったというものだ。


「ユメジ様! この御恩は、私の一生を賭してでもお返しさせていただきます! 本当に、本当にありがとうございます!」


「うぉ!?」


 アイビーさんは、急に俺の手を掴んだ。

 俺の右手は彼女に引き寄せられ、近くにあったコーヒーが少し零れてしまった……。


「う、うん。良かったよ」


 彼女は俺の手を食うんじゃないかってくらいの勢いで俺の手を引き寄せて、胸に寄せてくる。アイビーさんの鼓動の音さえ聞こえてきた。胸が小さいからかな。


「ケル嬢、今日はワイとお寝んねするか? こいつらは今夜お熱くなりそうやし」


「黙れクソ無職、なに俺の女に口説いてやがる。寝取りする気か?」


「寝てから言え」


「一緒にお寝んねした仲だが?」


 俺が威嚇すると、無職は「ひぇ~怖E」なんて茶化してきやがる。

 こいつ、信じてないかもしれないが、俺とケルちゃんは一年くらい前まではちゃんと仲良かったんだ。なんかいつしか露骨に避けられるようになっただけで……。

 ほんと、なんでだろ。

 係長になってからだろうか……。せっかく社会的地位を獲得したのに。


「それより、ケルちゃんのチート能力は何なんだ? 物凄い怪力だったけど……」 


「んー? ようわからん。女神が言うには、時が来たら分かるって言っとったけど……まぁそう簡単にケガしんよう身体能力は上げとるみたいやで」


「なんだそりゃ、あの無能女神、そんなもったいぶるような態度が取れるほど有用なキャラじゃないだろ」


「それと、ケルが迷子になっても帰ってこれるよう賢さのステータスが上がったて言ってたな」


「流石だ女神様! 慈愛と秩序の女神という名前は伊達じゃないっすね!」


「アイビーとワイの元に」


「殺すぞクソ女神がよォ! 出て来いゴラァ! テメエの顔面を打楽器にして夏祭り(鬼)を演奏してやる!」


「お前の情緒どうなっとんねん」


 アイビーさんは分かる、まだ分かる。

 けどなんで無職は良くて俺をハブる???


「まぁ、落ち着けや。それより今後の事やろ」


「ゴルルルゥゥ……チッ。何だよ、ゴーマットだかの国に行くんだろ?」


「まぁそうなんやけど……。先に言っとくと、こっからはワイはいったん離脱するわ」


「……は?」」


 

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