第34話 係長と間の日③

 場所は変わって、異世界的なファンタジー的な国の喫茶店にて。

 ああ、ミフ国だっけ? 良く分かないが、カラフルなレンガの街並みが特徴的な国の喫茶店に、俺たちは来ていた。


「なるほど……事情は分かりました」


 俺はアーチ国の外れにて、シシロウに『八咫鏡』でテレポートして貰った後、彼と合流しつつ、近くの喫茶店でこれまであった敬意をアイビーさんに説明した。

 彼女は少し冷めた紅茶を口に入れつつ、膝に乗せたケルちゃんの頭を撫でている。羨ましい。


「つまり、三種の神器を集める旅にでかける、ということですね」


「うん。そうなんだけど……ちなみに、アイビーさんは三種の神器について何か聞いたことある?」


「いえ……詳しくは知りません。当然、見たこともないですが……。

 隠れ身がこの世界にもたらした希望、とも呼ばれております」


「隠れ身……? そういえばシシロウ、お前も隠れ身がどうたらって言っていたな」


 俺は隣で果実酒を呑んでいる無職に話を振った。

 つーかこいつ、喫茶店でなに呑んでるんだよ。


「隠れ身つーのは、すべての世界の創造神や」


「はぁ……何となく実感がわかんな」


「せやな。この世界の女神はコンビニの店長。店を構え、任された店の管理をする。

 隠れ身は代表取締役……であり、会社の創設者やな。この世界すべての作った存在であり、最高峰の権能を持っとる。当然、神秘や神秘殺しなんてレベルは隠れ身にゃ関係ない」


「ほーん」


 無職にしてはわかりやすい説明だ。

 この世界をコンビニに例えるなら、女神は店長であり、現代人は別店舗のコンビニの商品だが、『勇者』みたいに必要に応じて商品を取り寄せて貰ってこの店に来てもらったり、俺みたいに発注ミスだったりでこの店に紛れ込んでしまった、みたいな感じか。

 んで、隠れ身ってのは昨日会った女神の親玉ってことで、こいつの権限で関わりのあるモノならその店……つまり世界のある程度のことはできるようになるってことか。



「とっても、私も隠れ身については良く分からないのです……神を秘めると書いて神秘。

 存在、想像、印象、そのどれもが及ばないこと、それこそが神秘の真髄。

 なので、私程度では推測すらできない、それほどに強大な存在だということしか……」


 んー。

 まぁ、その隠れ身がどうとかって話はもうどうでもいいから良いや。


「んで、ここからが本題なんだけど……アイビーさん。これからの旅は、俺とケルちゃんが元の世界に帰るための旅。

 もう、俺たちはアーチ国に用はない。クンシィの奴には、元の世界に帰るための情報を得たら彼にも共有するって言ったけど、悪いけれど無下にさせてもらうことした。


 貴女が俺たちの旅に同行する意味も、正直ないと思う」


 俺は彼女に本題を告げつつ、コーヒーを一杯啜る。

 ぶっちゃけ、彼女にはこのまま同行してもらいたいというのが本音ではあるが……少し考えてみると、これからの旅に同行することは、彼女に何のメリットもないはず。


「これ以上、無理に俺たちに付き合うことはないよ。ここで分かれても大丈夫だから」


 だが、これからの旅の途中、やり甲斐がない仕事だからってモチベを下げられ、業務に支障をきたされても困る。

 まぁ俺は俺で彼女を気遣った、というアピールだけでもしておくから、もし彼女が流されるままにこれからの旅に同行して、後からゴチャゴチャ言い出したら「でも、あの時、俺は忠告したよね?」って言い放って黙らせることができる。


「ご安心ください。今の私は、貴方にすべてを捧げた身。貴方が望むのであれば、剣山地獄でもともに針を刺されましょう。極寒の地獄に行くのであれば、私があなたを温めて捧げるつもりです」


 うーん。

 杞憂杞憂。


 生きる理由が俺だもんね。

 クンシィのことをどこで折り合いつけたかは分からないが、これほど慕われるなんて男冥利に尽きるじゃないか。


 ほんとね。


「まぁ、それなら安心した。ありがとうね、アイビーさん」


「ええ! なんでもお申し付けください!」


 アイビーさんは花でも咲きそうなほど輝かしい笑顔を俺に見せた。

 

「うん、まぁ、今後の方針は後にシシロウから聞くとして、アイビーさんに話しておくことがあるんだ」


「なんでしょう?」


「チート能力……あ、この世界では『女神の祝福』か。

 それ、欲しい?」


「……えっ?」


 彼女は目を見開いて、放心気味に固まった。

 流石に色々と唐突すぎたか。


「転生もしくは転移してきた現代人にはチート能力を授けるって決まりがあるらしくてさ。

 でも俺は要らないから、俺のために使ってくれるなら、ぜひ貰ってよ。女神からの祝福っての」


「いやいやいや!

 ま、待ってください! め、女神様からの祝福ですよ!? 

 かつて魔王を倒すため現れた伝説の勇者たちが女神様から授かったもの……それを私なんかが!」


「うん。でも俺、要らないから」


「で、でも……」


「黙れ。貰え」


「はい……」


「お前らの関係ヤバすぎやろ」


 グダグダと話を長くさせてくるアイビーさんに嫌気が差してきて、とりあえずよく部下やタイミーさんに接する優しい上司の態度を見せると、アイビーさんはコロッと堕ちた。

 この手に限る。


「で、シシロウ。俺が貰うはずだったチート能力はアイビーさんに渡すってことで、女神に伝えてくれ」


「心配いらへん。アイツも聞いとるわ」


「ん?」


 俺がその真意を探る暇もなく、アイビーさんの周囲に光の粒子が舞い始める。

 

「えっ?」


 彼女は突然現れた光に困惑していると……それは目も眩むほどに輝き始め、収束し、ピンボールほどの玉になって彼女の額に入っていった。


 おそらく、女神が俺たちの会話を聞いていて、女神の祝福を……分かりやすく言えばチート能力をアイビーさんに授けたのだろう。

 こういうところは気が利く女神さまだ。


「こ、これは……!」


 体に異物が入っていった事とに戸惑っているだろうか。

 やばー、正直、何か変なモン体に入っていく姿は、やらなくて良かったと思ってしまう。


 しかし……。


「……よく分かりません」


「あれー?」


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