第28話 係長と女神④

 シシロウが青銅の鏡を取り出した瞬間、その場は一瞬で真っ白な空間になった。


 瞬きはしていない。俺はいつだって無職を弄ったりツッコミと称した制裁を加えてきたが……正直、単純な強さだったらコイツの方が一段上なのは認めている。だから、油断した瞬間に……という訳でもない。


 空間転移の魔法……?

 いや、待て。さっきまでいたのは、神秘殺しが蔓延するアーチ国。

 自滅覚悟でもない限り、魔法は撃てないという。そんな場所で、こうも簡単に魔法が放てるものなのか……?


「驚いとるみたいやな」


 無職の奴が気色の悪い笑みを浮かべて俺に話しかける。

 困惑する俺を面白がりやがって……。


「これは、隠れ身の端切れ言うてな。魔法でも何でもない。

 この世界を創造した全知にして全能にして全体の在り方の一部。

 神秘とは全く違う技術体系やから、神秘殺しじゃそれを阻害することはできへん」


「……隠れ身の端切れ? 全知全能全体? 

 セカイ系SFの設定みたいな説明されても理解できるはずないだろ。社会経験を積め」


「はいはい。

 んじゃ、まずはこの世界を統治する女神さんからご説明した方が早そうやな」


「……は?」


 と、俺がその言葉の意味に気づく間もなく。


 背後から、眩い光が射した。


「!?」


 俺は目を細めながら振り返ると、上空には桃色の髪に碧眼の女性がゆっくりと下りてきた。

 年齢は15~18と言ったところか……少女と女性の中間くらいの印象で、白を基調としたボールガウンを着ている。その頭には白百合の花飾りが乗っているし、首には青い宝石のネックレス、スカートには白百合の模様が刻まれている。

 恰好だけでも、西洋の貴族の娘、と言う感じだが……空から落ちてくる彼女の後ろからは後光が輝いており、それでいて彼女の周囲は光の粒子が蝶の形をして羽ばたいている。


 彼女が、女神……。


 俺がそれをみて、目の前の女の子が女神だと確信するのは早かった。


「貴方が、藤堂夢路様ですね?」


「……挨拶が遅れました。

 私はレグギャヴァキャヴュギャ株式会社係長 藤堂です」


 俺は一応、お客様のところにいるつもりで頭を下げる。

 

「私は女神マリトゥワ。この世界を管理する女神です」


 やはりか。

 いかにも女神、と言う感じなものだから間違いないと思ったが……。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 この女の子が女神だというのならば、俺がやるべきことは一つ。


「女神様。僭越ながらお願い申し上げるのですが、私は地球のある日本と言う国から、この世界から漂流してきた身の上でございますが……正直申し上げますと、元の世界に返していただきたいです。

 なぜ、私がこの世界に来たのか、理由は存じ上げません。

 けれど、私と同行したケルちゃんには、元の世界に帰る場所があります。

 どうか私とまだ幼い子ネコの心中をお察しいただき、ご対応いただけると嬉しいのですが……」


 俺は深々と女神に頭を下げる。

 目の前の女神は、どうやら日本人やアメリカ人を転生と言う形でこの世界に誘致している奴だ。

 元の世界に帰れる唯一の方法……。俺の頭一つで帰れるというのならば、俺はいくらでも頭を下げる。やれと言われるなら頭突きでアフリカまで穴を掘ってでも頭を下げてやる。


「……申し訳ありません。それは、できません」


「……!」


 俺はその言葉が衝撃過ぎて、頭を下げたまま、目を見開いて硬直した。


 またもやだ。


 この世界に帰れる方法を否定されたのは。

 転生者にして科学者であるクンシィでも必死になって探したがその方法は見つからず、そして日本とこの世界を移動する手段を持つ女神にすら、否定の言葉を賭けられた。

 で、あれば。

 俺はどうすれば、元の世界に帰れるというのだろうか。


「……そうですか」


 俺は揺れる感情を押し殺すために、大きく呼吸を整える。


 そして、俺は標的を捕らえ、ハンドガンを抜き女神に発砲2,3発発砲した後、飛び掛かった。

 俺は先出しした銃弾と同じ速度で女神にまで距離を詰めたが……。


 キンッ! キィッ! という甲高い音がなった後、俺の動きは止まった。


「受け答えいくつか予想しとったんやけど……そりゃ悪手やろ。係長」


 俺の前に立ちはだかったのは、背後にいたはずのシシロウだった。

 コイツは、俺がハンドガンを発砲したのを見て、即座に俺の後ろから目の前に現れ、銃弾全てを弾き、そして俺の鉄パイプも刀で押し止めた。


 やはり、この無職はこの世界で会った誰よりも強い。

 正規雇用すらされずふらふらしている社会のお荷物じゃなければ、素直に敬意も払えるんだけれど。


「悪手? できない理由がやりたくないなら指の1,2本でもブチ折れば気分も変わるだろうし、文字通りできないんだったらこんな奴に用はない。

 で? 俺に何のデメリットがあるってんだ? 言ってみろよ、てめえの小さな脳みそフル活用して答えて見ろ」

 

「無職にパワハラしてくんなや、こっちは人生に対して職歴は浅いんや」


「働けカス」


 俺は無職の剣を弾き、無駄に長く伸びた彼の髪を掴み、それを引いて飛び上がった。

 が、無職はすぐに俺の足を掴み、その場に叩きつけた。


「落ち着けや」


 ……。

 無職は俺の足を掴みながら、余裕そうな顔で言い放った。


 俺は屈辱半分、激情半分の感情を込めて、口からビームを放つ。

 通称、パワハラ砲。

 使えない部下、無能な人材どもの報告や言い訳を聞いたときに高まるパワハラ感情を、体内に一定時間、閉じ込めることで圧縮したエネルギーを放出する係長特有の業務スキルである。

 この溜め時間は、アンガーマネジメントとも呼ばれている。


「!?」


 当然、無職は社会経験もないから、係長は口からビームを放つ業務スキルを持っているなんて知識があるはずもなく、鳩が豆鉄砲を食ったように驚きながら、それを躱す。

 そして、俺はその隙に鉄パイプを無職の脇腹に叩きつけて吹き飛ばす。

 クリティカルヒット。通常の人間であれば、骨も内臓もグチャグチャになる一撃であり、もし無職の虫以下にも劣る生命力があったとしても、空中に吹き飛ぶ隙が出来たのであれば、その隙に女神を捕らえて人質にすれば、流石の無職でも大人しくなるはず……。


 と、思った瞬間。


 俺は吹き飛ばされていた。


 否……俺と無職の立ち位置が逆転していた。


「係長……少し黙れや」


 これは……どういうカラクリだ?

 何の能力を使ったかは分からないが……。


 シシロウは、『俺がシシロウを吹き飛ばす』という事象を『シシロウが俺を吹き飛ばす』という事象に変えたようだ。


「トウドウさん! 落ち着いてください!

 貴方が元の世界に帰る方法はございます!」


「!」


 俺は退屈過ぎるほど真っ白な空間で、緩やかな重力でゆっくり落ちながら、女神の必死の訴えを聞いていた。

 

 

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