第25話 係長と女神①

 俺たちは泊まる部屋に案内された後、早速だがクンシィたちと夕飯を共にすることとなった。

 ちなみに、俺とケルちゃん、アイビーさんは同室になった。

 クンシィの妹……ガネーシャちゃんが気を遣って別室を勧めたのだが……


「部屋は一緒にしてください」


「は、はい……」


 強い語気でアイビーさんが言うものだから、ガネーシャちゃんも困っていた。

 悔しいけれど、ケルに懐かれてるアイビーさんがいないと俺もケルちゃんと同室になれないので……こればかりは仕方がない。


 と、まぁそんな顛末はともかくとして。


 夕餉は旅亭の隣にある居酒屋に案内された。

 こちらもこちらで老舗の日本料理屋という感じの店だ。


 クンシィは慣れたように大きめのテーブルまで行き、彼がオススメする惣菜をいくつか頼んでいた。老夫婦が切り盛りしているみたいで、柔和な顔の奥さんが接客をして、職人気質で笑い皺がないご主人が黙々と料理をしている。


 ちなみに、今回のケルちゃんはお留守番だ。

 『勇者の犬』にはペット用のお部屋もあるみたいで、ガネーシャさんも子ネコ用のご飯を用意してくれると言っていた。

 どこかの無職と違って、立派に社会貢献し働いている女の子が言うのだから、俺は信頼することとした。


「藤堂さん、お酒呑みます?」


「あ、うん」


 2日連続でお酒を呑むのは少し抵抗があったが……まぁほどほどにしておけば良いか。


 そう思いつつ、クンシィが一升瓶を手に取り、俺にお酌をした。


「羨ましいですねぇ……転生前はよく呑んでいたんですけれど……流石に12歳の体でお酒は呑めませんね」


「……ご愁傷さまです」


 転生、本当に辛そうだな……。

 そう思いながら、俺はお猪口のお酒をぐいっと口に入れた。どうやら焼酎の様だ。


「お、良い呑みっぷりですね。どうですか? もう一杯」


「……毒とか入れてませんよね?」


 お酌をするクンシィに対して、アイビーさんがまた面倒なことを言いつつ、彼の腕を掴んだ。


「また失礼なことを……」


「まぁまぁ。僕がガールフレンドがいるのに気を遣わなかったのが悪かったね」


 眉をひそめるゴルディに対して、クンシィの表情は緩やかだった。

 すぐにお酒をアイビーさんに渡してしまう。

 とりあえず面倒事はもうたくさんなので、俺は黙ってアイビーさんにお酌をもらう。


 エルフを滅ぼした張本人……と言うのだから、アイビーさんのようなエルフを敵視しているかと思えば、アイビーさんの正体を知りつつも、相手の気持ちを汲み取る器量があるとは。

 彼がこの世界に生まれて12年間、何があったのかは知らないが……まぁ壮絶な思いをして来ただろうに。


「ゴルディさんもどうです?」


「あ、言え……私も12ですので、お酒はまだ……」


「あ、そうなんですね……12歳!?」


 俺は思わずゴルディを二度見した。

 190はある体躯に、ヤクザか何かだと言われれば少し納得してしまいそうなシャープな顔立ち……。隣に座っているクンシィが年相応の少年の印象だが……見比べてみると、とてもじゃないが同年代とは思えなかった。


「まぁ、良く勘違いされるんですけれどね……。クンシィとは幼馴染なんですよ」


 ははは、と苦笑するゴルディ。

 転生者のクンシィは当然だとしても、ゴルディもしっかりしている子だ。俺が12の頃なんて、当時、大学生だった従兄のカブを盗んで走り回り、最終的に大破させたとか、そういう馬鹿みたいなことばかりやっていたというのに。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか……」


「クンシィー、はい雪花菜一丁ね」


「ありがとうございます。先ほども話した通り、藤堂さんが元の世界に帰るのに一番の近道は、おそらく女神に会うことです。

 でも、勇者を経由しない限りは……女神は俺たちなんかに興味もないんです。あ、お二人は雪花菜いります?」


「うん。そうだね。貰うよ、アイビーさんもどうぞ。こんな人柄の良さそうなご主人が作ったものなんだから、毒とか言っちゃだめだよ」


「あ、はい……。ユメジさまも、お酒をどうぞ」


 クンシィから雪花菜を受け取って、俺はそれを取り皿に分ける。


「ただ、それには勇者が現状、この世界に派遣されていない、という問題が生じています。

 ここまでは、よろしいですね?」


「クンシィ。私の分の雪花菜がないです」


「えぇ……。誰か余分に取っていった?」

  

「なんか俺の雪花菜が妙に増えてる」


「ユメジ様はここに来るまで大変な思いをしてきたのですから、いっぱい食べるべきです」


「貴女が犯人ですか……」


「メズ婆さん! 雪花菜追加でお願いしますー!」


「いや、俺の分けるよ。……んで、どこまで話したっけ?」


「ええっと、雪花菜がこの世界にいないって話でしたね」


「勇者がこの世界にいないって話ですよ、クンシィ……」


 話に横やりが入るとややこしくなってくるな。


「えっと、単刀直入に言います」


「クンシィ~。ひじきと切干大根お待ちどうさん。雪花菜は追加で良いの?」


「はい、藤堂さんはここからひじきにある切干大学の魔法図書館に雪花菜追加でお願いします」


「クンシィ。混ざってます混ざってます」


「あ、雪花菜は追加でお願いします。これいくらでも行けますね。お酒とも合うし」


「認めたくありませんが……確かに美味しいです……」


「あらあら、じゃあ雪花菜もすぐ持ってくるね」


「はい……それで……何の話をしていましたっけ?」


「ここから東にある魔法学校に行って情報を収集する、って言いたかったんじゃないんですか?」


「あ、うん。そうそう」


 なんかもう色々としっちゃかめっちゃかになったが、とにかくクンシィの言いたいことは把握した。ありがとうゴルディ。


「それで……ここから東にある魔法学校の図書館には何があるんです?」


「申し訳ありません。残念な話……この大陸でもっとも神秘に関する知識が集まっている場所だから、そこで情報収集をして欲しい、ということしか言えません……」


「どちらにせよ、この世界のこと、女神のこと、転移をして来た勇者のことを知る為にもそれしかなさそうなのか……」


 頭を抱えそうになるのを我慢しながら、俺は答えた。


 言ってしまえば、今の状況は完全に行先真っ暗だ。

 

 絶対的に、情報が足りていない。

 俺やクンシィが元の世界に戻れる手段はあるのか、そもそもなんでこんなところに来てしまったのか、女神に会う方法は? 勇者とか魔王とか何だよ? なんで漂流してきた俺たちが無視されてるんだ? 

 などと言う疑問を一つ一つ晴らしていく必要がある。

 

「クンシィがやるのはダメなのか?」


「……申し訳ありません。僕はそもそも忙しくて気軽に長旅をする余裕なんてなくて……実は今も研究が滞っていて……いやホント……乾電池ってなんであんな小型化してさらに電解液を漏らすことなく実用化できたんだ……? いや待て、電解液を固めれば液漏れの心配はなくな……いやまて、そもそもどうやって固定化するんだって話……」


 クンシィが何かのスイッチが入ったみたいに一人の世界に没入していた。

 ……なんというか、良く分かる。仕事のキリが付いていないのに別の仕事をすると、つい仕事のことを考えちゃうんだよな。


「クンシィ。たまには仕事の話は忘れましょう」


 ゴルディは仕事モードになるクンシィの肩を叩き、落ち着かせる。

 転生者とは言え、12歳なのに社会貢献していて尊敬の念が絶えない。


「魔法学校ですか……それは良いかもしれませんね」


 唐突に、アイビーさんが肯定的な言葉を呟いていた。

 それほど大きな声でもなく、本当にぶつぶつと言う感じだったので、とりたてそれを拾うことなく、俺はクンシィに尋ねる。


「まぁ、分かった。当面はそれしかないみたいだし……」


「ええ、行きましょう。魔法学校図書館。きっと、素晴らしい神秘がユメジ様を歓迎してくださると思います!」


 隣で話の内容が分かっていないのにも拘らず盛り上がっている女の子がいるが……。まぁ面倒くさいので放っておこう。

 俺は黙って焼酎を呑みつつ、お酌をしてくれるアイビーさんにおちょこを委ねていた。


 これから、どうなるのだろう。

 もう2日以上は元の世界に帰れないことは確定として……会社に戻ったら殺されるだけで済めばいいんだけれど……。


 ただ、問題はケルちゃんだ。

 藤堂家の飼いネコである以上、あまりこんな世界で長々と居て欲しくない。

 彼女は俺だけじゃなく、俺の両親も愛情を注いだ女の子だ。父ちゃんも母ちゃんも、彼女の為にゲージを買って、毎朝ケルの抜け毛を掃除して……それで、いつもケルの名前を呼んではニヤニヤしている。


 俺を20年以上育てくれた2人にとって、この子は掛け替えのない存在……。だから、それを俺だけが独占するなんてことは、したくない。

 スーパーカブをノーヘル爆走して高速で衝突事故を起こしたのに俺の安否を一切、気にかけることなくむしろ拳骨を食らわせたような両親だが……それでも2人の大切な人をすぐに2人のもとに戻してやりたい。


「ユメジ様……どうしました? 表情が暗いですけれど……」


 心配そうに俺の顔を窺うアイビーさん。


 俺は、「うん。大丈夫」と振り絞るような声で答える。

 焼酎が表面張力を起こしそうなほど乗っているおちょこを見て、とりあえず俺はそれを啜り、呼吸を整える。

 ちらりと見えたクンシィの表情は、申し訳なさと同情を混ぜ合わせたような様子だった。


 いかんな……。

 クンシィの方がよっぽど大変な思いをしてきたのだろうから、あんまり年長者の俺が弱音を吐くわけにはいかない……。


「ごめん。ちょっと……鷹を狩ってくる」


「あ、はい。そこの通路をまっすぐ行ったところです」


「あんがと」


 俺はトボトボとクンシィの言われた通りに歩いてトイレを目指す。


「あの、ユメジ様。私も付いて行きます」


「いや来ないで!?」


 アイビーさんは暗喩に気づいているのかは知らないが、トイレまで付いてこないでほしい。


 とりあえず強めの口調で彼女の奇行を止め、俺はトイレに入る。


「はぁ……」


 俺はドアに持たれかかりながら、溜息をつく。

 正直言うと、尿意も便意もそれほどなかった……けれど、何となく一人になりたかった。


 異世界なんぞに勝手に連れてこられて文句の1つも言いたい所だったが……俺より一回り小さい子がこの世界で藻掻き苦しみながら帰る方法を12年も賭けて探していて、アイビーさんはアイビーさんでエルフとアーチ国がどうとかでアレだし……。


 正直、どうしようか。


 あまり、時間をかけ過ぎたくない。

 タイミーさんやら派遣社員の安い命が犠牲になるのならともかく、ケルちゃんのこともある。

 神秘殺しとやらを借りて、その辺の国を滅ぼし回ってもいいか……? なんなら、女神は魔王を倒したいなら、魔王を名乗ってその辺の国を滅ぼし回ってでも女神の奴に話を付けるか……。


 クソ。

 酒のせいか頭が回らない……。


 そんな、全身を搔きむしりたいほどの衝動を抑えつつ、息を整える。

 落ち着け。こういう時こそ、平常心……。やれることをやることから始めるべきだ……。


 と思っていていた時である。


 俺のスマホから、着信音が流れた。


「ん、お客さんからの連絡かな……」


 思えば、この反応は呑気と言うか、察しが悪かったと言っていい。


 少しして、俺は気づいた。


 なぜ、電波のない世界で、俺のスマホは着信をしたんだ……?


 

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