第24話 係長と転生者④

 「……」


 俺が案内人の誤解がやっと解けて、銃撃の嵐から解放されて数時間後。

 俺とケルちゃん、それにアイビーさんは、アーチ国イチと名高いらしい旅館に案内されることとなった。


 それなりの大国であるアーチ国で来賓を持て成すというのだから、期待をもって赴いて行ってみたが。


 少しボロさが目立つ木造建築の旅館であった。


「随分と、年季が入っているな」


 俺が少々のがっかり感を覚えたのは、ご了承を願いたい。

 目の前にある建物は、異世界とは言えおよそシティーボーイが住むには少々、残念な造りで、長野や栃木の駅前にあるような格安の旅館のようだった。

 

「さ、入りましょうか」


 そう言って先導するのは、さっきまであられもない姿で見悶えていたクンシィ・ワンクルだった。

 ここに案内したのも、クンシィである。後ろの方にゴルディもいるが、まぁそれはどうでもいい。


「ただいまー」


 クンシィがそう言って、その宿の入り口を開ける。

 すると……。


「おおきにー! ようこそいらっしゃいました! 

 アーチ国一番と名高い旅亭『勇ましき犬』へようこそ!

 歓迎いたしますんで、できればこの妙な口調や高い声に委縮しないで、その場でお待ちくださいませやで!」


 そう言って出てきたのは、割烹着を来た幼女だった。

 黒髪で肩まではかからない短い髪を揺らしながら、忙しなくしている。

 俺はこんな小さな子まで働いているなんて、やはりこの世界は先進国でも大変なんだな……と思っていると、その幼女は溌溂な声を返した。


「って! 兄貴やん! なんや大事な時は時間が取れない言うのに、急に帰ってきおって!」


「ごめんごめん。今日はお客さんを連れてきたんだよ」


「はぁ? いつも接待では隣のホテルに案内する癖に何言ってんねん! そう言う冗談はコートの王族でも連れてきてから言ってや!」


 関西弁……?

 クンシィはどちらかと言えば標準語寄りの喋り方だったが、なんでその妹さん? は関西弁なのだ?


「奇妙な喋り方ですね……」


 アイビーさんが適切なツッコミをしていた。

 そりゃあ、この世界に関西弁なんて文化はないだろうから、奇妙に思うのも当然のことだ。


「あ、お客さんの前で失礼しました! 狭いところやけど、誠心誠意尽くさせてもらいますんで、ごゆっくりしてってや……くださいね!」


 関西弁を恥ずかしがるような様子で、クンシィ妹は言い直す。


「クンシィ……この子、なんでお前の妹なのに関西弁喋ってるの?」


「僕が調教した……!」


 こいつキモ……。


「妹キャラが関西弁を喋るって、素敵じゃないですか?」


 こいつヤバ……。


「そういえば、クンシィ・ワンクルは、元々、宿屋の息子さんだって聞きました……。この子は、その家業を受け継いだのかもしれません」


 へー、そういうルーツがあるんだ。

 そう感心しつつ、俺は肩をスリスリしているアイビーさんに疑問を放つ。


「近いね」


「そうでしょうか……。お嫌でしたら止めますが……」


「ケルちゃんがストレスを感じない分には良いけどさ」


 何と言うか、アイビーさんの距離感がこれまた異様に近くなった気がする。

 これまでは人前では気を遣ってくれていた覚えがあるが、さっきから呼吸の音が聞こえるくらいの距離感である。

 この子のことを利用するつもり満々だったが、それにしても懐き過ぎだろう。


「ささ、ボロいところですけどゆっくりしていってください」


「ボロい言うな! 兄貴が改築してくれへんからやろ!」


 俺はクンシィのヤバい性癖にちょっと引きながら、勇ましき犬、とやらの旅館にお邪魔することとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る