第22話 係長と転生者②
「やっぱり、勇者がいつ現れるか、ですよね。
ごめんなさい……正直、そこが一番のネックだと思っています」
俺の指摘に対して、クンシィは素直に痛い所を認めた。
論理的に見えて、間違っているところは間違っている、とちゃんと認める器量のある人間だったのか、と少し感心した。
「それに関していえば、見通しが立たないので…正直、時期が来ないと対応できない、というしかありません……」
「うん。そこは別に責めたりしないよ。大丈夫だから……」
俺は頭を抱えるのを必死に我慢しながら、責任を感じるクンシィを慰めた。
正直、ここにも元の世界に帰る手がかりがなかったのか……と落ち込む気持ちは強い。
けれど、俺より一回りも小さな少年が、俺以上に長い時間、この世界に閉じ込められてきたのだ。
そんな姿を見て、大人の俺が文句など言えるはずがない。
「なんとかして女神に話を付けられれば……何とかなるのかもしれんが……」
「そうも考えましたが、僕はこの世界で目立つだけ目立って来たと思うんですよ。
神秘殺しと言う、この世界で普遍的な神秘、そしてそれを用いた魔法と言う概念を覆すモノを武器にしてエルフを虐殺したことを世界に知らしめてきました。
その上、日本の科学技術を用いてアーチ国を発展させてきた……女神が少しでも察しが良ければ、俺の存在を認知して、何かしら対応してくるとも思ったのですけれど、それも音沙汰ないみたいなんですよね」
そうか。
クンシィ・ワンクルは、少なくともこの世界に来て間もない俺ですら名前を聞くほどの知名度だ。
この世界を統治するという女神と言う奴がどんな存在なのかは知らないが、少なくとも存在くらいは認知しているはずだ。
「まぁ、現代でもキリスト教もイスラム教も仏教も、歴史的に人の手によって解釈を捻じ曲げられてきました。
神というものが、根本的に何を考えているのかは分かりません」
「文字通り、神のみぞ知るってことか」
「はい。僕らは世界を大いに盛り上げるには足りず、天真爛漫な神様に首の根っこ掴まれて、宇宙人探しに駆り出されるような存在ではないみたいですね」
God knowsから来たネタね。
好きだね、ハルヒ。
それからというもの、俺とクンシィは情報交換をしつつ、元の世界に戻る方法を議論し合った。
俺は俺でこの世界に来た経緯を話しつつ、クンシィはクンシィでこの世界に来てからの12年のことを話し、そしてその間に得た知識をできるだけ俺に提供してくれた。
けれど、どれだけクンシィがこの世界で様々な情報収集をしたとしても、元の世界に戻れる手段は、全く見つからなかったようだ。
と言うか、彼の境遇もなかなか大変だったようだ。
決して裕福ではない宿屋の息子として生まれ、セコセコと小遣い稼ぎの為に商売を始めて魔法学校図書館に行き、知識を蓄えたはいいものの、エルフによってアーチ村は壊滅状態になり、この世界の両親含め、大事な人たちを亡くしたという。
そこからは、エルフと戦争をするために奔走し、落ち着いた今でも、アーチ国の重要人物として身動きが取れない立場になってしまったという。
「壮絶な人生、だな」
俺も彼の境遇を聞いて、同情せざるを得なかった。
「いえ……まぁ、そうですね……」
クンシィは否定せず、悲しげな表情で答えた。
「にしても、いくら現代知識があるからって、よく銃や建築物とかを再現できたな……。普通、構想があったとしても実現させるのにかなりの労力を使うだろ」
素人やちょっとマニア気取りが、こういうものを作りたい、やりたい、と言ったところで現実と言うのは厳しい。
正直なところ、クンシィに感心するところは、例え現代の知識があったとしてもそれを剣とファンタジーの世界で実用化させたところにあった。
「まぁ……これでも元は国公立大学の理系だから……。コツコツやることは向いてたんだと思います」
「すご……無名私立大学出身には耳が痛いわ……」
「いやいや! これでも東大に落ちて、家から近い名大に行ってただけだから! そんな大層なものじゃないよ!」
お、コイツ、レベルの違いについて察しが悪いタイプの人間か。
「でも、2024年かぁ……ちょうど、僕がこの世界に来ていなかったら、今頃は普通に日本で仕事しながら、週の初めは憂鬱になりながらもジャンプを買って元気貰ってるサラリーマンとかになってたのかなぁ……」
クンシィがポツり、と悲哀な言葉を漏らした。
「そういえば、2024年でもニコニコ動画ってあったりするの?」
「ん? ああ、過疎ってるけどまだ一応やってるよ。少し前に、サイバー攻撃で1ヵ月くらい落ちてた気がするけど」
「へー、12年たってもドワンゴは無能なんだ」
「うん。100年後もニコニコはオワコンって言われてるだろうね」
12年前のことは良く知らないけれど、今でもドワンゴが無能で本社が爆破されていることは知っている。
「でも、角川と提携を結んだり高校を設立したり、けっこう頑張ってるよ。無能だけど」
「角川!? 角川文庫と!? 血迷ったの!?」
「うん」
血迷ったんだろうね。
「ニコニコの運営が……ハルヒを出版した角川とかぁ……」
12年前の人間としては、けっこう驚く出来事だったかもしれない。
思えば、その頃のハルヒはニコニコ動画からの人気で爆発的に広まったコンテンツと言ってもいい。
感慨深い、のだろうか。
「もう一度、ハレ晴レユカイ、見ることができたらなぁ……」
ぼんやりと、クンシィは呟いた。
「あー、そういえば、YouTubeのプレミアム会員入っているから、ハレ晴レユカイならオフライン再生できるかも」
「えっ!?」
俺はスマホを取り出し、YouTubeを開く。
当然、この世界ではネット回線なんでないのでおススメに上がって来た動画は再生できないが……オフライン保存された動画は再生できそうだ。
「え、それは……アイフォン?」
「アンドロイドだけどね」
12年前となると……スマホの普及し始めた時代か。
アンドロイド、その頃は微妙だった覚えがあるなぁ。
そんなことを思いつつ、俺は保存していたハレ晴れユカイの動画を開き、クンシィに『見る?』と合図を送る。
すると、彼は座っていた椅子を蹴り飛ばすくらいの勢いで、すぐさま俺のもとに駆け寄り、スマホを覗き込んだ。
どれだけ渇望しているんだ……。と、俺は若干、引き気味に思いながらも、クンシィを待たせることなく、再生ボタンを押す。
すると、軽快な音と共に、画面には涼宮ハルヒが踊りだし、それに続き、朝比奈みくる、長門有希が続いた。
これは、フル音源ではあるが、MVは有志が13年前に作成したもの……もしかしたら、クンシィも日本にいた頃、一度は目にしてる動画だったかもしれない。
俺はそんなに面白いものかな、と思い、ちらりとクンシィの横顔を覗くと……。
彼は、一筋の涙を流していた。
泣いてる……そんなにか……。
確かに、生粋のハルヒオタクが、12年間もネットも娯楽もない世界に閉じ込められたら……堪えるのも理解できるか……。
そう思い、俺もクンシィに何か言葉をかけることはなく、ハレ晴れユカイをぼんやり眺めていた。
そういえば、俺も、昔はアニメを見返して、ハルヒメドレーを聞き漁り、文庫本をボロボロにするまで読み込んでいた気がする。
でも、社会人になってからは……ハルヒどころかアニメも漫画もからっきしだし、ラノベなんてもっての他。せいぜい、毎週、ジャンプをスマホアプリで読んできたくらいか……。
「あれ……?」
いつしか、動画が終わっていた。
おかしい、寝ぼけていたのかな……。Youtubeの動画は、俺の視界がぼやけたと思ったら、すぐに終わってしまった。
「藤堂さん」
Youtubeの動画が制止し、おススメの動画をずっと表示している状態で、ずっと止まっていた俺に対し、クンシィは声をかける。
「God knows…ありますか? できればで、良いんです。それも、観れたら……」
もはや大粒の涙が止まらないクンシィに対して、俺は「あ、ああ……」と曖昧な返事しかできなかった。
少しして、俺はGod knows…も、オフラインでならYouTubeで再生できることを思い出し、オフライン動画のリストから、God knows…を選ぼうとしたところ……。
「あれ……?」
その時、俺のスマホに水滴が落ちてきた。
クンシィの涙が、俺のスマホに流れてきやがったかと思い、俺は服の袖でそれを拭いたが、それの労力を嘲笑うように、続いて、2滴、3滴と涙が落ちてくる。
「藤堂さん……?」
クンシィが、唐突に俺の名前を呼ぶ。
「泣いて、いるんですか?」
俺は咄嗟に目元を袖で擦りつけると、その袖は薄黒い模様を作っていた。
「おかしいな……」
俺は、なぜ自分が泣いているのかもわからないまま……自制の効かない涙を振り払いながら、つい、俺はハレ晴れユカイをもう一度、再生してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます