第21話 エルフと神秘殺し③
場所は変わって、アイビーたちのいる待機室。
そこには、ゴルディ・ドウトゥーウという、左目に傷を持つあの大男が、アイビーの監視のため、ケルの御守りをする彼女と同じ部屋にいた。
「こらこら、ケルちゃん……。大人しくしないといけませんよ、ユメジ様には、ちゃんとケルちゃんが大人しくいしているように言われているのですから……」
「ニャアァ!」
ケルは運動不足なのか、抱っこされっぱなしに嫌気がさしたようだ。
1歳の子ネコとなれば、好奇心旺盛でわんぱくな年頃だろう。
走り回りたい、という気持ちでケルは暴れているが……。
しかし、アイビーはそんなこと知る由もなく、ケルの頭を撫でながら答える。
「この国の空気が悪いから、苦しいのでしょうか……? ごめんなさいね……すぐに、よくなりますから……」
アイビーの言葉に、ゴルディは眉をひそめた。
彼はこの国がまだ村だったころから、この土地を生き、アーチ国の発展に貢献してきた立場の人間である。
空気が悪い、なんて神秘殺しを意味していると分かっていても、黙ってはいられない。
「……普通のネコならば、神秘殺しの匂いで苦しむことはありません。
その子は、ただ遊びたがりなだけでしょう。いくら頭が足りていないからと言って、何でもかんでも、神秘殺しのせいにするのは良くないかと」
「……」
アイビーは静かに、ギロリとゴルディを睨んだ。
「この子はあの女神さまが送り届けた勇者様が愛する子です。神聖な女の子ですし、神秘を持っていてもおかしくはありません。
ああ、ただ穢すだけでその目を養ってこなかったアーチ国のモノに分かるはずもありませんか」
アイビーが言い返し、ゴルディの目つきが、険しくなる。
エルフを滅ぼした国民と、滅ぼされた集落のエルフ。
その両者が、一つの空間にいるのだから、この険悪極まる雰囲気も当然だろう。
「では、その子を放してみると良いでしょう。もし貴女がその子から手を放し、暴れ苦しむのであれば、謝罪しましょう」
アイビーはゴルディを睨みつつ、暴れるケルから手を放してみる。
すると、ケルはアイビーの元から飛び出し、軽快に室内を駆け巡った。
その素早い足並みは、神秘殺しに苦しめられるような様子は一切ない。
「……」
「言ったでしょう? その子は普通の子ネコです。
何か自分に不都合があったら、自分の嫌いな者のせいにするなんて短絡的な思考は無能の印です」
「……たかだか数年、発展しただけの国がよくもまぁ粋がりますね」
「天敵が現れた途端、たかだか数年で絶滅しかけている種族もいましたね」
両者は、静かに睨みあう。
アイビーは自殺突貫覚悟の魔法を放とうとする口を必死で堪え、ゴルディは静かに腰にしまった銃に手を添える。
一触即発。
アイビーが少しでも、“夢路の躾”を忘れてしまえば、この場に血が流れることは必至であった。
「ひとつ、聞きたいことがあります」
アイビーは、ゆっくりと口を開き、ゴルディに言う。
彼も攻撃ではないと察したからか、腰の銃はまだ引かず、様子を見つつ、
「なんでしょう」
と、答えた。
「なぜ、エルフを滅ぼしたのですか?」
アイビーはゴルディを睨みつけることだけは忘れず、彼に尋ねる。
「神秘殺し……それは、ここからずっと西にある、禁則地と名高い鉱山に蔓延する、『神秘のみに作用する毒性を放つ鉱石』として、語り継がれた禁忌でした。
それは神秘が強いほど、それを浸食される苦しみに苛まれ、苦しみ悶えます。
貴方たち只人は、なぜ、そんな恐ろしいものを引き下げてまで、私たちエルフを攻撃したのですか? 私の父と母は、なぜ死ななければいけなかったのですか?」
「……」
ゴルディはアイビーの悲痛の言葉を黙って聞き、しばらく間を置いた後、
「貴女のご両親は、神秘殺しによって殺されたのですか?」
「はい。神秘殺しを装備した銀郎衆に襲われ、亡くなりました」
「……そうですか」
ゴルディは、彼女に哀れみも労わる言葉もかけなかったが、一瞬、彼女から目をそらす。
しかし、すぐに視線を差し返して答える。
「クンシィ・ワンクルのご両親も、エルフに殺されました」
「……?」
「アーチ国……6年前まではアーチ村では、紅茶の栽培で有名だったことはご存じですよね?」
「はい。恥ずかしいことに、貴方がたの作った紅茶の茶葉に、少しの神秘を感じていた時期もありましたね」
「我々は以前まで、エルフが好む紅茶を栽培し、エルフたちに捧げてきました。
年に一度、村を襲いに来る魔物から我々を守ることを条件に」
「はぁ……」
アーチ国が直接、滅ぼしたエルフの集落はアイビーが住んでいた場所とは違う。
だから、そこにいなかった彼女にとって、その辺りの事は初耳なのだろう。
彼女は、よく理解できていない様子だ。
「ですが、ある日、魔物が村に襲い掛かってくる日にも拘らず、エルフたちは村に現れず、魔物たちは紅茶を栽培する田畑を荒らし、人が住む民家を荒らしました。そこにいる者たちが皆、怯え、踏み躙られ、食われ、蹂躙されているにもかかわらず……魔物から我らを守ると約束したエルフたちは、結局、現れませんでした」
「そうなのですね」
「一夜が明け、何とか逃げ切れた我々が村に戻ったころには……もはや村とも呼べない、建物のほとんどが崩れ落ちた状態でした。
クンシィは両親を失い、友人を失い、私も母と祖父母を失い……傷心している中でも、我々は必死に復興を目指しました。
遅れてエルフがやって来たのは、それから一カ月が経った頃でした」
「……」
「彼らは変わり果てた村の様子を見るなり、こう言いました。
『あれ? 俺たちが倒す魔物はもういなくなったの? じゃあ、もう帰って良いのかな』と。
信じられませんでした。
自分たちは、もうとっくにその年に捧げるモノを受け取っておきながら、その御恩を果たすことなく、もらうことが当然だと言わんばかりの態度。
遅れてきた理由も、エルフと人間の時間間隔は違うのだから、1ヵ月遅れるくらいはよくある話だという」
ゴルディは静かに語るが、その言葉には強い激情の感情が含まれていた。
当時の悲惨な場景、そしてエルフに対する態度に対する怒り……。当時を生きた人間だからこそ、強い思いが秘められていた。
「あの……クンシィの両親がエルフに殺されたなんて言っていましたけど、結局、ただ魔物に殺されただけじゃないですか。
なぜ、私たちエルフのせいになるのですか?」
そんな彼の言葉に対して、アイビーはキョトンとしながら答えた。
それを聞いて、ゴルディは歯軋りの音をギギッ、と立てる。
必死に冷静を保とうとするが、流石にその顔からは平穏な表情はうかがえない。
「ええ、察しの悪いエルフにとっては回りくどい言い方になってしまったかもしれませんね。
ちなみに、その後で、馬鹿なエルフが調子に乗って、口を滑らせたのですよね、
『この村に年に一回、襲い掛かってくる魔物は、エルフがこの村を襲いに来るよう仕向けていた』って。
どうやら、我々の村で栽培される紅茶を少しでも多く得るため、エルフたちが仕組んだ策略だったのです」
「……はぁ」
「言っておきますが、これは作り話でもなんでもない、歴史です。
我々だって、ただの偶然、魔物が襲い掛かってきて、運悪く村が滅び、大事な人を失ったのであれば、これほどエルフを恨むことはありませんでした。
けれど、現実は違う。
エルフ自身が、悪戯半分に我々を苦しめ、そして我々は大事なものたちを失った。
どうでしょうか? 我々がエルフを恨むのに十分な理由があるとは思いませんか?
我々は報復を行っただけ。
貴方たちは、自業自得で苦しんでいると、少しでも思いませんか?」
「……」
ゴルディが熱弁を振るうが、アイビーは現実感のない顔をしていた。
「それにしても、私たちエルフを滅ぼす理由はわかりません。
だって、たかだか只人が数人死んだだけでしょう……?」
ついに、ゴルディは腰の銃を強く握った。
決して、彼は同情をして欲しかったわけではない。アイビーの口から、自分たちエルフが悪かったという、謝罪が欲しかったわけではない。
けれど、彼が強く恨みを持ち、仮にも虐殺してきた生物でも、自分たちの痛みが少しでも理解して貰えるかもしれない、もしかしたら話し合えたかもしれない、という一縷の思いを吐露したが……。
改めて、彼は思った。
エルフと言うのは、根本的に只人とは分かり合えない。
「……ふふっ」
しかし、今にも目の前のエルフを殺してやろうと思っていたゴルディは、すぐにそんな感情を捨て、愉快そうに笑った。
「……?」
アイビーは首を傾げた。自分が失言をして、殺されたかもしれないというのに、それに気づいていない。
「やはり、我々の行動は正しくなくとも間違ってはいなかった、と確信しました」
「間違っていない……? 父と母が殺されたことは、間違っていなかったと?」
「ええ。そう言ったのですよ。エルフなんてものは、殺されて当然の虫けらみたいなものです」
「虫けら……?」
アイビーが頭に血が上っている傍らで、ゴルディはむしろ清々しい気持ちにでもなったのか、「ふぅ……」と息を整えていた。
「アイビーさん、と言いましたね」
「アーチ国の汚らわしい分際が、気安く私の名前を呼ばないでいただきたいです」
「それは申し訳ありません。では、耳長族の貴方は、殺虫剤というものを知っていますか?」
「知りませんけど」
耳長族、と言うのはエルフの蔑称であり、当然、言い換えられてまでそう呼ばれたアイビー機嫌は良くない。
しかし、ゴルディはそれを気にせず、話を続けた。
「クンシィが発明した、害虫を殺す餌や毒を言うんですけれどね。
私は殺虫剤を食べたり毒を吸ったりした虫を初めて見た時、気分が悪くなりましてね。
苦しみ、藻掻き、最期には手足が引きちぎれるほど暴れまわるんです。とてもじゃありませんが、気分の良い様子ではなかったですね」
「アーチ国は、趣味の悪いものしか生み出さないのですね」
「かもしれません。けれど、思ったのです。
これはまるで、エルフが苦しんで死んだ姿に似ているな、と」
「……は?」
「いえ。とても似ているのですよ。
殺虫剤で苦しみ悶え死ぬ虫けらの命と、神秘殺しで苦しみ悶え死ぬエルフの命は」
もはや、アイビーの堪忍袋は切れかかっていた。
その瞳からは一切の感情が消え、理性があるかも分からない。
病的にまで殺意は高まり、今にも殺傷能力のある魔法が飛んでもおかしくない。
「貴女のご両親も、きっと、虫けらと同じように狂って死んだのだと思うと、おかしくて笑えてしまいますね」
アイビーは、もはや夢路の躾も忘れ、自爆覚悟で魔法を放とうとした。
彼女は、エルフの中でも群を抜いて、魔法の才能だけなら恵まれていた。
只人になる魔法……それは、エルフが普段、放っている神秘の漏れを極限まで0にする魔法だ。
ならば彼女の体内には神秘が満ちており、自身の心臓を神秘の中心とした爆破の魔法であれば、自身は神秘殺しの影響で苦しむことなく、万全の状態で爆破魔法を放てると、考えていた。
もちろん、自身の死は回避しえないが……目の前の男と、ついでに近くにいるだろうクンシィ・ワンクルを道ずれにできるのであれば、安い犠牲だと思っていた。
「!?」
そして、ゴルディは彼女が魔法を放とうとする気配に気づき、銃を引き抜こうとした。
その瞬間……。
ケルが、アイビーの顔面に飛びついた。
「ひゅえ……!?」
子ネコとは言え、ふいに顔面に飛びついてきたら、それなりの衝撃である。
アイビーは間抜けな声を上げながら、その場に倒れてしまう。
当然、魔法なんて撃つ暇もないし、ゴルディも銃のグリップを持ったまま制止する。
「あの……ケルちゃん……?」
アイビーはその場で仰向けに倒れ、その胸にケルが馬乗りになる。
「ど、どうし……!?」
ケルの奇行について、理由を尋ねようとしたアイビーさんだったが、その口を、ケルは右足の肉球で塞いだ。
ぷにぷにぷに。
と、ケルは好奇心からなのか、彼女の唇を前足で触っている。
それは、奇しくも……先ほど夢路がアイビーの魔法を放つのを止めたのと同じ行動を、ケルはしていた。
『俺に迷惑かけるの? 死んでまで俺に迷惑かけたいんだ』
そこで、やっもアイビーは夢路の言葉を思い出す。
自身はもう、あの時、オークに殺された命であり、その命は夢路の為に使う使命があると。
夢路にとって、自身の死を賭けた行動など、何の意味もないこと。
「ありがとう……ケルちゃん……。思い出させて、くれて……ありがとうございます……」
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