第20話 係長と転生者①

「こちらになります」


 俺は案内人に連れられて、本物のクンシィ・ワンクルがいるという部屋の前に案内された。


 当然、アイビーさんとケルちゃんはお留守番。あの偽クンシィと一緒の部屋で待機、と言うのが気になるが、まぁ指導はちゃんとしたし、大丈夫だと信じよう。


「最後に確認となりますが、クンシィはこの国でも最も重要な人物です。

 エルフに迫害され、一時は住む家がなくなるほど追い込まれていたアーチ村をここまで発展させた、アーチ国の英雄です。

 正直、事情は知りませんが余所者と対面させたくないというのが正直な感想です。

 決して、失礼がないようお願いします」


「分かっていますよ。俺が何年、正社員をやって来たと思ってるんですか」


 まぁ流石に国の重鎮と会ったことはないが、まぁ俺は竹中平蔵を尊敬しているから大丈夫だろう。彼は経済政策大臣として労働者から人権をはく奪した手腕家である。

 竹中平蔵と会うくらいのつもりでいけば、まぁ失礼はないだろう。


 とりあえず、俺はクンシィがいる部屋にノックを3回した。

 無職だったら、2回しているかもしれなかったが、そこは係長としてちゃんとマナーを理解している。


「ああ、どうぞー」


 少年の声……?

 俺は妙に声の高い声を聴いて、つい首を傾げたが、構わずドアを開ける。


 すると、その部屋には男の子がいた。


「……」


「散らかってい申し訳ない、そこ座って」


 本物のクンシィ・ワンクルは、おそらく現代なら小学生の高学年くらいの男の子だった。

 黒い髪を後ろに一つ結びをして、肩まで伸びるポニーテイルの髪型。まだ青りんごのように未熟な丸い童顔……。

 寝不足なのか、目元にクマがあるが、それにしても若すぎる。


「失礼します」


 若干の困惑を隠しつつ、俺はクンシィの部屋に入室する。

 室内は、これまでの凝ったインティアとは打って変わって、書類や本棚だらけだった。


 足の踏み場もない、と言うほどではないが、そこらに本やらメモ書きの紙が落ちている。迎賓館、なんだよな……? まぁいいけど。


「さて」


 クンシィは机の上にある書類を片づけつつ、


「ただの人間には興味はない」


「……は?」


 クンシィは俺と視線を合わせるなり、素っ頓狂なことを言い始めた。


「この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」


 ……。

 何を言い出すんだコイツは。

 剣と魔法のファンタジー世界で知識無双している傑物を相手にしたと思えば、そいつは二次方程式もしらないような子供だったわけで、俺は何が何だかと困惑しているというのに……それ以上に混乱させるようなことを言いやがって。


 俺はやれやれ、と思いながら、


「ここ、笑うとこ?」


 と、答えた。


 すると、クンシィを名乗る子供は、「ふふっ……」と笑ったかと思えば、今にも崩れそうな表情をしながら、その目から一筋の涙を流した。


「え?」


 俺は、何か間違ったことを言ったのだろうか。

 『ただの人間に興味ありません』から始まるフレーズ、これは『涼宮ハルヒの憂鬱』で有名な涼宮ハルヒの言葉であり、この言葉に続く返事としては、まぁ無難な回答をしたと思うのだが……。


 さっきから、何なんだ。

 早く話を進めたいところなのに。


「本当に、僕は……日本で生まれていたんだ」


 クンシィはよれよれと体の力を力を失い、近くの壁にもたれかかった。

 

「孫悟空……いや、藤堂夢路さん。一つ確認させてほしい」


「はい」


「僕は、2012年の記憶を最後に、この世界に送り込まれた異世界転生者なんだ。

 貴方はトラックに轢かれたというけれど、僕はそんなの関係なく、無理やりこの世界に連れてこられた……。

 それから12年、何が起こったのかも、どうしてここにいるかもわからず、この世界でガムシャラで生きてきたんだけれど……」


「ご愁傷様です……」


 まぁ、それは同情する。

 よく考えれば、俺はトラックに轢かれる=異世界に行く、という暗黙の了解を多少は知っていたから、目の前にオークが出ても、そういうもんだと思ったもんだが。

 このクンシィは違う。

 2012年というと、俺が12歳の頃なわけで……涼宮ハルヒやとある魔術の禁書目録はあるが、異世界転生のアレコレはまだオタクの中で一般的ではなかった時代だ。


 異世界に来た、なんて説明もなんもなければ困惑するだろうし、終いには転生前に持っていた日本の記憶は、何か異常な妄想によるものだったのではないか、と思うのも仕方ない。

 

「心残りが、あったんだ。誰にも聞けなくて、絶対に日本に戻って、何が何でも、知りたかった、俺の心残りが……」


「それは……?」


 クンシィは今にも泣きそうな顔で、感情を押し切るような声で言った。


「HUNTER×HUNTERは……完結した?」


 ……。

 そうか、この人は……HUNTER×HUNTERが完結したかどうかも分からず、日本から離れる羽目になり、そして、HUNTER×HUNTERのない世界を生きていかざるを得なくなったのか……。


 同情する。

 

 俺は正社員になっても、少しでも暇があれば、ジャンプ+でHUNTER×HUNTERが連載している週だけでも購読してきた。


 日本人の99%は、HUNTER×HUNTERの最終回を読むために生きていると言っても過言ではない。……ちなみに残り1%は反社か文明の発展していない青森県民だ。


「してない。今は暗黒大陸で五大厄災を攻略を目標に王位継承編を進めながらヒソカが……


「……は? なに、暗黒大陸って……? てか王位継承? キメラアントの王が復活したの……? ゴンを救うためにキルアがナニカを守っていたはずだよね……?」


 あー、そっか。

 12年前のハンターって、その辺だったか。


「えっと、落ち着いて聞いてください。あの後、キルアは無事に……」


「アアアアアアッッッッ! 止めてくれッ! ハンターのネタバレするのは止めてください!」


 俺がHUNTER×HUNTERの続きを言おうとすると、クンシィは発狂し始めた。


「ちょっと! 夢路さん、本当に日本人ですか? HUNTER×HUNTERのネタバレ及び新規読者に展開匂わせ行為を行うことは日本国憲法で固く禁じていましたよね!?」


「ご、ごめん……。」


 なんだこいつ。

 情緒狂いすぎだろ。


「僕は、何としてでも日本に戻って、HUNTER×HUNTERの続きを読むんだ……! 何十年賭けてでも……!」


「……!」


 クンシィのその一言で、俺は気付いた。

 彼は、俺と同じように日本に帰りたい人間だが……。

 それはつまり、彼ですら元の世界に帰る方法を知らない、と言うことだ。


「元の世界に帰れる方法……キミでも分からないの……?」


「え? あぁ……夢路さんも、同じ気持ちで僕のところに来たんですね」


 その言葉は、俺の質問への肯定と受け取った。

 愕然、と言う表現がシックリするくらい、俺は力が抜け、頭が真っ白になる。


「俺は……元の世界に帰れないのか……?」


「……申し訳ありません。

 僕も元の世界に帰るために、様々な方法を模索してきましたが、確実と言える方法はまだ見つかっていません」


「……いや、君が謝るようなことじゃないよ」


 放心しかけていたが、とはいえこんな年端もいかない少年を責めても仕方がない。

 彼も、被害者なのだから。


「ただ、策がないわけではありません」


 クンシィは毅然とした様子で俺に語る。

 落ち込む俺に、気を使ったのか……? と申し訳なくなってきた。


「勇者、という存在です」


「……」


 勇者、それはアイビーさんからも散々、話を聞いていた。

 女神によって派遣され、魔王を倒してきた存在だと言われているが……。


「勇者は、この大陸に魔王と呼ばれる化け物を倒す為に俺たちの世界から呼ばれる存在です。

 ということは、魔王が生まれることで、女神は俺たちの世界にいる誰かを転生させるはずで……。

 つまり、女神は俺たちの世界に干渉できる能力を持ち、なおかつこの世界の魔王を倒さないといけない、という目的がある」


 ふむ。

 そういえば、勇者と呼ばれる存在について、そこまで考えたことはなかった。

 

「なら、次に魔王が現れ、勇者が誕生した時、その勇者を拘束・監禁し、女神に交渉するつもりです。

 俺を元の世界に戻さない限り、勇者を殺すと」


「……なるほど、理に適っている」


 クンシィの案は、これまでの情報だけを整理し考えてみても、反論のしようがなかった。

 確かに、女神が異世界とこの世界の仲介人としての力があるならば、その女神と会うしかあるまい……。


 元の世界に帰るための方法……という点に限れば、これ以上にない方法のように思えた。


「完璧な作戦だけれど……一つ、問題がある」


「と、言いますと……?」


「その勇者って奴は、いつこの世界にやってくるんだ?」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る