第19話 係長と科学の国③

 からくり仕掛けのような車で移動すること30分。

 俺たちは大きな石造りの建物の前に案内された。どうやら、この国の迎賓館にあたる場所らしい。

 にしても建築物はどれも近代的だし、道路も最低限は舗装されてるしで、この国は明治時代くらいの文明力を感じる。

 

「……クンシィ・ワンクル、日本人っぽいな」


 どっしり構えた重厚な西洋風の建物の屋根には、青みを帯びた銅製の瓦……。クンシィ・ワンクルが設計に携わったのならば、おそらく日本人だろう。

 瓦といえば防雨の役割があるが、発想としてでてくるのはまず日本人だろうし、何より日本人好みの意匠だ。


「こちらへどうぞ」


 紺色のスーツを着た男性に案内され、俺たちは入口に入る。

 靴を清潔なスリッパに履き替えながら見えるのは、大理石で作られた豪奢な内装だ。細やかなレリーフに、小さなシャンデリアと陶製の照明器具が目に映るが……。


「……これ、ケーブルじゃね?」


 俺は陶製の照明器具から伸びているケーブルを手に取ると、柔らかい樹脂の中に、金属製の電線があるのが分かった。


「あの、もしかしてこれ、電気で光ったりします?」


「はい。そちらに垂れ下がってる紐がスイッチになっております」


 俺は言われたとおりに紐を引くと、本当に照明は電気で光った。


「電気は、もともとこの世界、じゃなくてこの大陸で使われていたのですか?」


「いえ、クンシィ・ワンクルが発見したものですよ」


 凄いな、この世界が元々どれくらいの文明力なのかは知らないが、電気を発見し、照明器具にまで発展させるとは。

 この照明器具だって、電気工学だけじゃなくて陶器の成形、ケーブルの被覆などの化学的な知識に加えて電線の材料工学の知識も必要になるはず。

 技術チート、と言う言葉は聞いたことがあるけれど、それでも1から技術を発展させるとなればどれほどの労力が必要だろうか、想像できない。


「ユメジ様、それはクンシィ・ワンクルが生み出したわけではありせん。

 そもそも、雷の素は古くから雷魔法として馴染みがありましたし、それは只人が魔法使いの真似事をする為の紛い物ですよ」


 と、俺が少し驚いていると、アイビーさんが機嫌悪そうな表情で話しかける。

 魔法使いとしては、やはり科学は許せないか。


「それに、魔法や自然ではない光は体を錆びさせます。余り当たらないほうが良いかと」


 酷い言われようだ。

 そうなると、現代で育った俺はもうすでに朽ち果ているんだけれどね。


「……そちらの方は、魔法使いの方ですか?」


 案内人の男性は、俺たちの会話を聞いて、怪訝そうに尋ねる。


「まさか。ただ、自然派なイデオロギーが強いだけですよ」


「……まぁ、魔法使いがこの国に来れるわけないですよね」


 案内人は不自然に思いながらも、それ以上に追求することはなかった。


 俺も面倒事を起こすのは嫌なので、黙って照明を切り、案内人に付いていく。


 そうして、俺たちは来賓用の部屋にまで案内され、赤いソファーに座る。


「クンシィ・ワンクルはすぐに参ります。少々お待ちください」


 そう言って、室内には俺とケルちゃん、それに彼女を抱っこするアイビーさんが残された。


「それにしても、無職さんは大丈夫でしょうか」


「さぁ……でもあんな状態じゃ人に会うどころじゃないでしょう。置いていって正解ですよ、あんなバカ」


 ここにシシロウがいないのには理由がある。

 車内で乗り物酔いを起こしてゲロを撒き散らしたから車から追い出した。

 以上、バカの説明終わり。


「とりあえず、アイツはいなかったことにしましょう。ゴキブリ並みの生命力を持つ無職です。どうせ今もその辺で腹出してぐうたら寝てるでしょうよ」


「は、はい……。分かりました」


 アイビーさんは困惑しつつ返事をした。

 たぶん、同情とかじゃなくて、ただただ無職の生態にドン引きしている感じだ。


 そんな時、ドアからコンコンコン、とノックが響いた。


「失礼します」


 そう言って入って来たのは大柄な男だった。

 スポーツ刈りくらいの短い髪に、シュッと引き締まった精悍な顔をしているが、よく見ると左目に傷跡がある。

 そんな威圧的な人物がビジネススーツを堂々と着ているせいか、どうにもインテリヤクザ感がある。


「はじめまして、クンシィ・ワンクルです。

 この度は遠路はるばる、大陸の外からアーチ国に来訪されたということで、国の代表としてご挨拶させていただきます。

 孫悟空様とジャンヌ・ダルク様ですね?」


 ……。

 違和感があったが、まぁ気にせず俺も立ち上がり挨拶を返す。


「この度はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。

 私は地球育ちの係長、孫悟空です。

 こちらはフランスから来たジャンヌ・ダルクです」


 立ち上がって頭を下げる俺はアイビーさんを紹介するが、彼女の表情は険しかった。

 いや、まぁ……予想はしていたが、凄い剣幕でクンシィを睨んでいた。


「……そちらの女性は、いや。まぁいいでしょう」


 流石に、クンシィを名乗る人物は何かを察したようだ。


「……アイビーさん、落ち着いてくださいね」


「はい、大丈夫です」


 アイビーさんはまるで機械のように感情の伺えない声で返事をする。


 親の仇が目の前にいる……ともなれば冷静でいられないのも分かるが、それにしたってまだどんな人物なのか、元の世界に戻るための情報を持っているかも分かっていない状況で敵意を向けないでほしいんだがね……。


「とにかく、お掛けください」


 そう言われて、俺は再びソファーに座り、クンシィもそれに続いた。


「さて、単刀直入に申し上げますと、俺は異世界転生者です。

 2024年の日本にて、子猫ネコのケルを助ける為にトラック事故に巻き込まれて、この世界に迷い込みました。

 そこでお伺いしたいのですが……クンシィ・ワンクルさんも俺と同じように異世界転移者でしょうか?」


「ええ。私も日本という国に住んでいた記憶があるのですが……気付いたら、アーチ村の、宿屋の息子として転生したのです」


 ビンゴ。

 しかも日本人らしい。


「歴史的に、他の世界から転生してきた勇者様たちは、女神様から使命を託されてきました。

 貴方は女神様にはお会いされたのですか? まさか、神秘の化身であるマリトゥワ様に、この世界の神秘を破壊しろ、なんて言わることは無いと思いますが……」


 あーもう。

 面倒くさいこと言い始めたよ。

 なぁんにも大丈夫じゃなかったじゃぁん。


 俺はちらっと、クンシィの方に目をやると、彼はアイビーさんについてある程度、


「はい、そうです。醜悪なエルフの者ども、それに並ぶ魔法、神秘などはこの世界に不要なので皆殺しにしろ、と言ったらどうします?」


 ギィッ、と歯軋りをしたのが聞こえた。


 そして、彼女は唇を開き、何かを唱えようとし始めた瞬間……。


 俺はすぐさま彼女の口を左手で塞ぎ、そして右手でハンドガンを抜き、引き金を引いた。


 パパンッ! と、銃声が2つ鳴り響く。


「……」


「……」


 カンッ、カンカンカン、と薬莢が落ちる音が響き、そして2つの硝煙が登る。


 クンシィは、アイビーさんが魔法を放つような素振りを見せた瞬間、即座に隠し持っていたリボルバーの銃を取り出して発砲したのである。


「……いやいや、偶然ですか? 私が発射した弾丸を、貴方が狙い撃って防御したように見えたのですが」


「そうですよ」


「……」


 とりあえず、俺はこんなところで殺し合いをされても困るし、ケルちゃんを介護する子がいなくなっても困るので、発射された弾丸を狙って弾いた。

 アーチ国の科学力が優れていることは良く分かったが、それでも現代のハンドガンに比べればいくつか劣る……と言うのは何度と言われてきたが、それ故に、弾速もそう高くない。狙って撃ち抜く、というのも難しい話ではない。

 現代人なら、例え係長でなくとも、正社員であれば誰にだってできることだ。


「ふめじあま……」


 口を手で覆われながら、アイビーさんは俺の名前のような言葉を呟く。


「彼女が変装をしたエルフであることを隠していたこと、さらに彼女が魔法で攻撃するような素振りを見せたのは謝ります。

 ただ、身勝手とは思いますが、武器を下ろしてくれませんか? ウチのケルが、怯えてしまっています」


 ケルちゃんは、突然の銃声でビックリしてしまい、目を丸くして震えていた。

 アイビーさんが勝手に攻撃をして、勝手に殺されるならまだ良い。それは彼女の招いた失態であり、その責任を取るだけなのだから。


 けれど、ケルちゃんが信頼している女の子が、目の前で死ぬなんてショッキングな姿は見せたくない。


「……良いですが、次も似たようなことが起きた場合、即座に射殺させていただきます。

 神秘殺しは確かに魔法使いを苦しめる毒ですが、かといってそのモノを確実に魔法を撃てなくするほどの効力はありません。最期の足掻きとして、自殺覚悟で魔法を撃つことだってあり得ます」


 なるほど、神秘殺しが充満しているはずのこの国で魔法を撃てるのか甚だ疑問ではあったが、肉を切らせて魔法を撃ち、なんて覚悟で魔法を撃つこともできるのか。

 アイビーさんの口を塞いで良かったな。


「そこのエルフがどのような方法で神秘殺しの毒を回避し、ここにいるかは分かりかねますけれど、それは口を開くだけで魔法を射出するかもしれないバケモノです。そんなものと対峙している私の心労を察していただきたいものですね」


「大変申し訳ありません。アイビーには厳重注意を行い、2度とこのようなことが起きぬよう、しっかり指導してまいります」


 流石に、今回は俺たちに非があるな、と思ったので誠心誠意の謝罪を述べると、クンシィは不承不承と銃をしまった。

 

「ふぉの、ふゅめじしゃま……」


 モゴモゴとアイビーさんが何か言いたい気配を感じつつ、俺が手を放す。


「その、ユメジ様!」


「アイビー、待て」


「!」


 俺が昨日、躾けた命令をすると、アイビーさんはピンッ、と背筋を伸ばし硬直した。


「なんで勝手に行動したの?」


「そ、それは……」


「黙れって言ったよね。なんで反論しようとしてるの?」


「……!」


※黙れなんて一言も言っていません。


「君の人生は俺のものって言ったよね」


「……」


 アイビーさんはコクリと頷いた。


「なのに、勝手に自殺覚悟で魔法を撃とうとしたんだ」


「……」


 アイビーさんは沈むような表情で、ゆっくり頷く。


「キミが死んだら、ケルちゃんの面倒は誰が見ると思っているの? いや、俺が見たいのはやまやまなんだけどさ、元の世界に帰れるまでケルちゃんを保護できるの、君だけなんだよ?」


「……」


「俺に迷惑かけるの? 死んでまで俺に迷惑かけたいんだ」


「……!」


 アイビーさんは必死に首を横に振った。


「あのさぁ、黙ってないで返事くらいしたらどう?」

 

「……!? その、決してそのようなつもりはありません! 私は貴方にこの身を捧げるつもりです!」


 ※上記のやりとりは、パワハラ、DVに該当します。


「次はないからね。次、ケルちゃんを怯えさせるような行為をしたら、もう君を助けないから。

 親御さんに助けられた大事な命なんでしょ? それを簡単に捨てたら、それこそ親御さんが助けた意味がなくなるんだから」


 そう言って、俺は彼女の頭を撫でる。


「はい……申し訳ありませんでした。もう2度と、勝手な行動は致しません……」


 アイビーさんはシュン、と借りてきた猫みたいな様子をしている。とりあえず、落ち着いたと思っていいか。


「……荒んだ関係ですね」


 クンシィがなんか言っているが、俺とて望んでこんな関係をしているわけじゃないんよ。

 思い込みが強くて責任感が強くて無駄に自己肯定感が低い女の子に、無理やり鎖を付けているような状況なのは分っている。本当に面倒くさい。


 俺はため息を我慢しつつ、アイビーさんの顎をさすりながら、反対の手でケルちゃんを撫でようとしたら、痛っ! やっぱりネコパンチだよ。もう何なんだろうね、本当に。


「まぁいいや。それはそうとして、クンシィさんとやら……貴方は、日本に住んでいた記憶があるのですよね?」


「……ええ。このアーチ国の文明も、日本の科学技術を転用したものです。孫悟空さんも日本に住んでいたのですから、お分かりいただけるでしょう?」


 確かに、このアーチ国の発展は日本の科学技術を知っているからこそ、実現できた産物であろう。

 建築設計1つにしても、その国の意匠が表れている。この建物は日本人らしい感性で生み出されたものだ。それは、間違いない。


 けれど……。


「じゃあ、貴方が好きな漫画を一つ、なんでもいいから教えてください」


「……ま、んが?」


「漫画分かりません? じゃあ小説でも良いですよ。太宰でも芥川でも、なんでもいいですけど……」


「……申し訳ありません。ダザイやアクタガワという小説は、あまり詳しくないですね」


 やっぱりか。

 漫画も小説も分からない、太宰や芥川を著者ではなく小説名と勘違いしているクンシィを見て、俺は確信した。


「貴方、クンシィ・ワンクルじゃないですよね」


「……」


「そもそも、日本人なのに運転免許証を確認して、偽名の孫悟空呼びしている時点で、おかしいんです。免許証には俺の本名が書かれているわけで、ドラゴンボールの孫悟空の名前は騙りであると、すぐわかるはずなんですよ」


 ドラゴンボールを知らない、というならまだわかる。

 例えば、ドラゴンボールがまだ存在していなかった時代に生まれた、昭和初期の人間とか、そもそも海外の人間なら、ドラゴンボールを知らないかもしれない。

 けれど、目の前の男は日本人だというし、それなのに太宰も芥川も知らないという。


「おそらく、俺がエルフを連れているから、クンシィの身の安全を守るために用意された影武者……と考えるのが妥当でしょうかね」


 おそらく、図星だろう。

 クンシィを名乗る男は、諦めたような顔をしながら溜息をついていた。


「分かりました。確かに、貴方がクンシィが望んだ転移者という確認もできました。

 彼のもとにご案内させてもらいます」


 ふぅ……。

 アイビーさんが乱闘寸前まで行った時はどうなるかと思ったが、何とか穏便に本物のクンシィに会えそうだ。


「ただし、そこのエルフは彼に会わせるわけにはいきません。

 彼は数多くのエルフに恨まれている立場であり、この国にとって無くてはならない大事なお方です。

 よろしいですね」


「ええ。アイビーさん、良いですよね」


「はい、勿論です」


 話を聞いているのかは分からないが、緩んだ顔でアイビーさんは答えた。

 

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