第18話 係長と科学の国②

 キソガ山を越え、数十メーターはあるだろう城壁に囲まれた町……アーチ国にまで俺たちは辿り着いた。

 この世界に来て、初めて国に訪れるわけだが、思った以上に近代的な印象を感じた。


 その城壁は軍用に設計されていると伺えた。

 巨大な石造りの壁の高さは、見上げる者を圧倒し、多少の魔法攻撃なら耐えれそうなほど分厚く硬い。壁の上には、規則的に配置された見張り塔がそびえ立ち、遠くを見渡すことができる。コンクリートに近い素材のようだけれど……触り心地、叩き心地からして日本にはない鋼材を使っている気がする。

 そう言えば、エルフと戦争をしていた国だったっけ。

 魔法なんて超常現象を操る奴らを相手にするのだから、これくらいの軍事力がないと厳しいよな。

 

 多少、鋼材について気にはなったが、しかしあまり時間をかけていられないので、好奇心を抑えながら、俺は城門まで進む。


「おい無職。そろそろアーチ国に入るぞ。酒ばっかり呑んでいないで、そろそろ地に足付けて社会に向き合ったらどうだ」


 シシロウの奴は結局、今日一日ずっと立ち上がることなく、俺に引き回されていた。

 普通、二日酔いで辛くても引き攣られるよりは歩いた方がマシだと思うんだが……まぁ、正社員に無職の気持ちが理解できるはずがない。


「んあー。まだなんかやる気でーへんから、勝手に入国申請しといてくれ」


「……こいつ。俺が異世界転移したばかりでこの世界の勝手が分からないってのに」


 俺は国に入国するどころか、この世界ではエルフやオーク、盗賊に無職だとかのイロモノしか会ったことがないんだぞ。

 しかも、その時は暴力で解決していいから好き勝手やったが、今回はなるべく穏便にことを進めたいというのに。


 俺はちらっと、アイビーさんの方を見る。


「?」


 ケルちゃんを抱いているアイビーさんは、キョトンとしながら俺の視線に気づく。


 いや。流石にアイビーさんに任せる選択は無いな。

 多分この子は、箱入り娘でこういう時に役に立ちそうにない。


「仕方ない」


 俺は意を決して、城門に入り、ガラスのような透明な仕切りがある場所に足を運ぶ。

 そこには、黒い制服を身に着けた入国審査官らしき男がいた。


「入国したいのですが」


「では、身元を証明できる書類を提出願います」


 ……。

 まぁ、こうなるよな。


 この世界の勝手は知らないが、やはり不法入国に対する規制はあるらしい。

 そして、この世界に来たばかりの俺にとって、身元を確認できる書類はない。

 

 が、それはこの世界で身元を確認できるものがない、というだけなのだが。


「実は、私は大陸外から来た科学者でして……。

 この大陸での身元証明はありませんが、私の国での身分証でよければ」


 そう言って、俺は運転免許書を検査官に見せた。


「……何ですか、これ」


 流石に、検査官も見たこともない公文書に、困惑していた。

 そりゃそうだ。多少は発展した国とは言え、ICカードなんて概念はまだないだろうから。


「やはり、運転免許書は分りませんか。

 けれど、聞くところによると、クンシィ・ワンクルは博学と名高い知識人と聞きます。

 もしかしたら、彼ならこのカードの価値を知っているかもしれませんね……。

 よろしければ、彼に伝えてくれませんか?


 俺は日本から貴方に会うためにやって来た日本人。穏やかな心を持ちながら、トラックに轢かれて異世界転移をした伝説のオタク。

 超係長スーパーチーフ 孫悟空です」


「……。分かりました。孫悟空様ですね」


「ええ、それと、マイケル・ジャクソンとジャンヌ・ダルクもいる、とお伝えください。

 特に、隣のジャンヌはフランスの救世主と呼ばれた女性ですので、もしかしたら活躍を聞いているかもしれませんし」


 俺がアイビーさんを偽名で紹介すると、彼女は小さく頭を下げてくれた。

 一応、予め偽名で紹介するということを伝えていた甲斐もあって、自然に対応してくれたと思う。


「では、それも伝えておきます。少々お待ちを」


 検査官は怪訝な視線を送りつつも、俺の免許書を手に取って、その場を去る。


 さて。

 これでうまくいくかどうか。


 昨晩、後ろで死んでいる無職と話し合った結果、運転免許書を見せるのが一番手っ取り早いのではないか、という結論に至った。

 クンシィ・ワンクルの前世が日本人であれば、当然、運転免許書を見るだけで相手が日本人だとすぐに見抜くだろう。仮に外人であっても、彼が科学知識豊富であるならば、ICカードの材質を見て、異世界の人間だと察するはず。


 一応、念押しで俺たちは元の世界での著名な名前……孫悟空やマイケル・ジャクソン、ジャンヌ・ダルクなどを使い、現代の要素を濃くしておいた。

 孫悟空はともかく……マイケル・ジャクソンやジャンヌ・ダルクともなれば、外人だとしてもピンとくると思うし、何より生まれた年代が違っても気づいてくれるとは思うが……。


「ユメジ様」


「はい」


 唐突に、アイビーさんは俺の名前を呼んだ。

 一応、今の俺は穏やかな心を持ちつつも激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士なのだが、たぶん下手に演技を強制しても、彼女は困惑するだけだろうから、まぁ黙っておく。


「その、先ほどのカード、持っていかれましたけど、大丈夫でしょうか。

 昨日の話だと、ユメジ様の国では重要なものだと思われますが……もしかしたら持ち去られたまま、帰ってこない場合もありえますよね……?」


「ん? まぁいいですよ。

 どうせ、時間が取れなくて更新ができず、とっくに失効している免許証ですし。

 ま、運転ってのは免許証ではなく、ハートでやるもんですから、普通に業務でトラック運転してましたしね」


 そもそも俺って準中型の免許持ってないけど、普通に2tトラック運転してたな。てか急な仕事の時は4t平ボディとか平気で乗り回していた。


 ※道路交通法違反です。絶対にやめてください。


「ま、この世界から無事に帰れるなら、易い犠牲ですよ」


 そう言って、俺たちが待つこと1時間弱。

 

 焦った様子の検査官が走ってきて、


「お待たせしました……! クンシィ・ワンクルが貴方に会いたがっております!

 車をご用意いたしますので、少々お待ちください!」


 どうやら、思惑は上手く行ったようだ。

 俺は現代では役に立たない免許書を受け取り、不敵に笑った。


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