第17話 係長と科学の国①

 翌日。

 一晩を過ごした俺たちは、キソガ山を下って、改めてアーチ国へ向かう。

 

 銀狼衆は壊滅したが、もし生き残りがいたとしたら、夜の奇襲ほど恐ろしいものはないだろうと少し緊張こそしたが、それは杞憂に終わった。


「うーん、呑み過ぎた、かも」


「大丈夫ですか、ユメジ様……」


 思えば、社長や役職持ち、客先との呑み会以外でこれほど飲んだのはどれ程ぶりだろうか。

 お得意さんがおふざけで持ってきたJackDaniel’sの瓶や黒霧の一升瓶を一気呑みするとか、そういう義務アルコールならば、よく経験してきたが……昨日は社会人の重圧とは無縁の、ただのバカ騒ぎだった。


 いつもの係長モードとは違う、たまに居酒屋にいる大学生グループの猿どもの1人になった気持ちで、酒を呑んでいた。

 

 そのせいか、気が緩んで二日酔い気味だ。


「まぁ、大丈夫だよ。後ろのアイツに比べれば」


 俺は振り向きながら、紐で腰を縛られ、引きつられながらぐったりと二日酔いで死んでいるシシロウに視線をやった。


 こいつは朝日が登って間もないと言うのに、頭痛がするとか吐き気がするとか、終いにはせめて昼から……いや、日が暮れてから本気を出すとか宣うので、無理やり紐で引っ張って移動することになった。


「……コレだから無職は……。ハローワークが閉まる時間が活動時間じゃ、就職できるわけないだろ」


「昨日、物凄い勢いで吞んでらっしゃたので、心配には思っていましたが……」


「ウィスキーのストレートを、水で割っていた俺より速いペースで呑んでたんです、まぁ、普通はこうなりますよ」


 はぁ……。と俺はため息をつく。

  

 思えば、こいつには多少なりとも恩があるからということで、しかたなく、断腸の思いで目的地に着けるよう引き攣ってやっているが……係長の俺がなんでこんな奴の為に紐を引いてやらんと行かんのか。


 その辺の土に埋めてもしぶとく生きていそうだし、せっかくなら嫌がらせの1つでもすれば良かったかもしれない。


「ユメジ様……重くないでしょうか? 良ければ持ちましょうか?」


「いや、大丈夫です。それより、アイビーさんはケルちゃんをしっかり保護していてくださいね」


「はい!」


 アイビーさんはギュッ、とケルちゃんを抱きしめる。羨ましい。

 

「……あの、大事にしてくれるのはありがたいんですけど、ケルちゃんを苦しめないような力加減で頼みますね。繊細な子なんで」


「え、あっ……。ごめんなさい! ケルちゃん、大丈夫?」


 アイビーさんが心配そうにケルちゃんの方を見ると、「ニャアアア」と、特に悪い気は無さそうな鳴き声を上げるケルちゃん。そして、アイビーさんがケルちゃんの背中を優しくさすると、ケルちゃんもまんざらではない顔をしていた。


 良かった。ケルちゃんは何だかんだで、今日も元気いっぱいみたいだ。

 

 俺は安堵しながら彼女を撫でようと頭に手を差し伸べると、即座に噛まれた。


「……」


「シャーッ!」


 吠えられた。


「チッ」


 俺は手が滑って、無職を引っ張る紐を振り上げて、その辺の岩石に叩きつけた。


「ギャアアッ!」


 シシロウは無職の癖に人間らしい悲鳴を上げた。


「そ、その……今日はちょっとケルちゃんのご機嫌が悪いのかもしれません……」


 アイビーさんが精一杯のフォローをしてくれた。

 何だかんだで一番優しいのはこの人だけだ。


「うあぅ……なんでワイは市中引き回しされとるんや? また酔った勢いで酒場を爆破してもうたか?」


 4度寝くらいした酒カスがとんでもないことを言っていたが、無視してそのまま引き攣ることにした。


「って、オイ待てや! 何やこの状況は!?」


 シシロウは俺の後ろで抗議していた。

 流石に、無職でも人権を蔑ろにされた行為をされれば文句の1つでも言いたくなるのかもしれない。


「なんでワイのこと引っ張って移動してんねん!」


「朝になったのに、お前を何度起こしても動く気配がなかったから、『無理やり引っ張ってでも連れてくぞ』って言ったら、お前が寝ぼけて『ええで』って答えたからだ」


「そりゃ、しゃあないな。じゃ、アーチ国まで頼むで」


 こいつ……マジかよ。

 もはや基本的人権の尊重すら危うい状況にもかかわらず、易々とその状況を受け入れやがった。


「ふぃ~。二日酔いで死にそうや。

 なぁ夢路ィ~。シジミの味噌汁を作ってくれへんかぁ~?」


「死ね無職」


 成人男性よりちょっと思い重量を抱えているストレスに加え、図々しいことを無職が言うものだから、つい丁寧語で正論を放ってしまった。


「ちぇ~しゃ~ないのぉ。セルフケアするか」


 もうコイツのことを考えたくもなくなった俺は、黙ってこいつを引き攣ることにした。

 こんな奴に構っていたらストレスで俺の胃がマッハだ。


「ユメジ様……」


「なんです?」


「その……後ろの無職さん、なんかお酒を取り出している気がするんですけれど……」


「んなわけないでしょ。二日酔いですよ、あの無職」


 ジュボボボと、ドブネズミのコーラスみたいな音が、俺の背後で奏でられていた。


「……今、無職さんがお酒を呑んでいます」


「迎え酒……」


「しかもウィスキーです……」


「マジで肝臓がんで死ぬぞ、コイツ…」


 俺は無職の意地汚い生命力に呆れながら、振り向く気力すらなく、アーチ国に向かうのだった。

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