第16話 係長 VS 盗賊団⑦
銀狼衆のアジトを襲撃した日の夜。
俺たちは、安全になったキソガ山の山頂にて、テントを張り、野宿をすることとなった。
ちなみに、テントや食料の類は銀狼衆のアジトにあったものを拝借した。
どうせ、使われなくなるものだから、勝手に持っていっても問題ないだろう。
まぁ、そんなことはどうでもいいとして。
テントを張り終えた俺たちは、夜空に煌めく星々の下で、シチューを作っていた。
いや、作っていると言っても……途中から調理しているのはほとんどアイビーさんだけになったが……。
俺は俺でやることがなくなり、草むらを駆けるケルちゃんを追いかけつつ、逃げられ、彼女は最終的に無職……シシロウのもとに戻って行く。
「……なんでこんなッ、好かれてんの……ッッッ!? お前ッッッ!」
ケルの頭を撫でているシシロウに向かって、俺は糾弾する。
「知らんわ。お前が怖いからやろ。目から血の涙が出とんで」
俺は悔しくて涙が出ていたのだが、それは血の涙だったらしい。
人って怒りで血の涙が出せるんだな、と感動するところだが、今はそれどころではない。
愛すべき女性が汚らしい無職に靡いている。
許されざることだ。
「ゆ、ユメジ様……手にも血が……」
傍らでシチューを作っているアイビーさんが、心配そうに声をかけるのを聞いて、俺の手のひらから血が流れているのに気付いた。
怒りで強く拳を握るあまり、爪が肉を裂いてしまったようだ。
「……ッッッ! ンーーーッ! フーーゥ! フシャーッ!!!」
「怖ぁ〜、こいつケモノみたいな鼻息を鳴らしとる……」
シシロウがドン引きしているのを無視しつつ、俺は精神を整えた。
落ち着け。
……落ち着け。
「落ち着けッ!」
俺は左の人差し指を右手で掴み、それを捻じ曲げながら叫ぶ。
「ヒエッ……気が狂とる……」
シシロウは俺の左指があり得ない方向に曲がっているのを見て、恐怖におびえていた。
「フューーッ! ヒューーーッ! よし、だいぶ冷静になって来たぞ」
「左の人差し指は冷静じゃない方向にねじ曲がっとるで……」
「ふっ。よく考えれば、ケルちゃんはまだ1歳。人間でいえば、思春期真っ盛り……。
俺は女心に詳しいから知っているけれど、その頃の女子ってのはちょっとアウトローな男の子に惹かれるんだ。
Fコードもたどたどしいのに、いずれは音楽で生きていくと自信満々に豪語する男をロマンチックに感じてしまう年ごろ……。
だが、ケルちゃん。
そんな夢物語は、大人になると冷めていくんだZE?
結局は、地道にコツコツ働いてきた男に収まるモンなんだ。
ケルちゃん、君はまだシンデレラ。
大人の階段で躓いてもいい。疲れて登れなくなる時もあるだろう。
でも、そんな時に支えてくれた男が……隣にいる。
いつか、階段を登り終えた時、君は気づくんだ。
最後まで隣にいてくれたのは誰かって……ネ。(^_-)-☆」
「きっしょ」
無職が失礼なことを言う。
偉そうなのも今のうちだからな、20代をちゃんと社会的地位を築いていかなかったら、30代、40代と後悔することになるんだ。
「ふふっ……やっぱり、ユメジさんは面白い人ですね」
「これを面白いで済ませれるお前の度量もだいぶイカれてると思うで」
アイビーさんとシシロウが何か会話をしているが、俺は無視してシチューを囲う椅子に座る。
どうやら、アイビーさんはシチューの腕に自信があるらしい。
どうにも、今は亡き母親がよく作ってくれたもので、たまに手伝っていたからある程度は作れるとのこと。
「料理、殆ど任せてしまって申し訳ないです」
「いえ、気にしないでください。これくらいしか役に立てないものですから」
そう言って、アイビーさんはルーをシチューに流し込んでいた。
思えば、器具や火起こし以外のほとんどはアイビーさんにやってもらった気がする。
彼女が好きでやっていることのようだけれど、やはり申し訳ない気がして来た。
「良い匂いやなぁ。酒も進みそうや」
そう言って、シシロウは懐からウィスキーの瓶を取り出した。
コイツ、戦闘の時も呑んでたな。どんだけ呑むんだよ。
「悪い、シシロウ。俺にも一本くれない?」
「ええで。今日は何だかんだ世話になったしな」
シシロウは手にしていた瓶をウィスキーの瓶をこちらに投げる。
「あんがと」
と言って、シシロウの厚意を有難く手に受け取った。
ケルちゃんのことを少し忘れて、酒を握った俺はやっと冷静さを取り戻し、今の状況への不安を覚えた。
……流石に一日でこの世界から帰ることはできなかった。
例えば、この世界を統治する……女神様だったか? が現れて、事情くらいは説明してくれたりとか、そういうのもなかった。
俺はいまだに、何が何だか分からないまま、この世界にいる。
頼みの綱は、おそらく同じ異世界移転者のクンシィー・ワンクルという人物のみ。
明日には、進展があると良いのだが……。
と思いながら、酒瓶を開け、ウィスキーを口に流し込むと、
「痛ッ……何だこれ。結構度数あるな?」
「んー。50度くらいちゃうか? 普通に水で割ったりしてない原水やで」
「社長命令じゃなきゃ一気飲みできねぇ度数じゃん。こんなんグビグビ呑んでたのかよ、お前……流石に引くわ……」
「社長命令なら呑まざるを得ないお前んとこの会社の方がドン引きや」
そう言って、シシロウは50度近いウィスキーを豪快に口に注ぐ。
やっぱり凄いな、無職は。
酒しか娯楽がないので、吞み慣れているからか、50度くらいなら余裕で呑めてしまうわけか……と、俺が感心していた時である。
「ジュボボボ」
盛大に空気を吸い始め、汚らしい音を奏で始めた。
「うわぁ……」
「うわぁ……」
呑み方、汚ったね……。
俺とアイビーさんが、無職の無職による無職らしい下品な酒の飲み方を、青ざめた顔をしながら眺めていると、満足げに酒を呑み終えた無職が訝しむ視線をこちらに向けた。
「なんやお前ら。鳩が豆鉄砲喰らったような顔しとるけど」
「いや、なにその汚音波」
「吐瀉物を咀嚼するドブネズミでもそんな音は出しませんよ……」
俺とアイビーさんがドン引きしている中、この無職は白々しくも悪びれる様子もなく言い返した。
「はぁ? なんやねん。これが一番、美味い酒の呑み方やぞ。
口に入れたアルコールを、まずは舌で愉しみ、空気を吸い込むことで体内にアルコールの臭気が巡っていくんや。
良い酒は香りもいい。ソムリエ気取りは鼻で嗅いで楽しむなんて言うが、五臓六腑に巡らせるにはこれが一番ええんや」
そう言って、シシロウは再びウィスキーを口に入れ、ジュボボボ、ジュボッ、ジュボボボ、と汚い音を奏で始める。
こいつ、絶対に社会でやってけねぇわ。
「ま、まぁともかく……。そろそろ野菜も柔らかくなってきましたし、シチューが食べごろですよ。そろそろ食べましょうか。ケルちゃんにはちゃんと子ネコちゃん用の味付けをしたご飯がありますから、安心してくださいね」
ナイス、アイビーさん。
一応は、俺たちに協力してくれた無職に対してゴチャゴチャ言う気はなかったので、できればスルー安定だったので、話をそらしてくれたのは有難い。
ケルちゃん用のご飯も、内容物を確認して、ネコにとって安全な調理をしていることは把握済みだ。
正直、彼女は自信過少気味だが、繊細な子ネコの食事に関する配慮ができる料理人というだけで100人力だ。俺だけだったら、その辺のオークを焼いて食っても全然平気だろうけど、ケルちゃんは違うだろうし。
「ケルちゃん……ご飯ですよ」
そう言いながら、ケルちゃんにご飯をあげるアイビーさん。
ケルちゃんは走り回ってお腹がすいていたのだろう。アイビーさんが差し出したシチューをクンクンと嗅いで、ちょっとひと舐めして、すぐにそれに食いついていた。可愛い。
ケルちゃんのシェフとしては、十分な活躍をしてくれそうだ。しばらく、この子を重宝させていただこう。
俺が感心していた時……。
「……そういえば、ユメジ様に少し、確認したいことがあるのですが」
「はぁ、何でしょうか」
「……ユメジ様は、不老長寿にご興味は、ありますか?」
「んー、まぁ、長く健康に良きれるなら越したことはないですね。
うちの会社、人並みに過労死で死ぬ人が多いですからねぇ。営業の先輩は運転中に脳血管がブチ切れて伊勢湾岸道から飛び降りる事故起こしてましたし」
「そうですか……」
そう答えつつ、小皿にシチューをよそうアイビーさん。
不思議な質問をするもんだ、と思っていた時である。
彼女は、黙って指をナイフで切った。
「!? ちょっと? 何してるんです?」
唐突な異常行動に対して、俺は困惑しながら彼女に声をかける。
普通にシチューをくれると思いきや、自傷行為をし始めるなんて、誰が思うだろうか。
「安心してください。シチューの中に、私の血を混ぜでいるだけです」
「いや、シチューに血を入れるなんて聞いたことないですけど……。ドラキュラへの隠し味じゃあるまいし……」
「その……エルフはときたま、人間と恋に落ちることがあるんです」
「はぁ……」
この人、こっちの都合もお構いなしに話を進めるタイプの人だったっけ。
「でも、エルフは1万年は生きる種族です。でも、ヒトの寿命は100年もありません……。では、2人が愛を成就するにはどうするべきか……ユメジ様、分かりますか?」
「さぁ……。エルフが寿命を削って社会に貢献することでしょうか……。文字通り、身を粉にして働くとか……。ほら、1日が24時間って、古臭い考え方だと思いません? 限界の5倍働けば、1日は120時間なので、36協定的には1日に122時間以上30日働かない限りは違反じゃないんですよ。知ってました?」
「流石はユメジ様です! その考えに近いです!」
「そうなんですか?」
「はい! 正確には、エルフの体の一部をヒトが取り込むことで、ユメジ様もエルフにしてしまえば、同じように半エルフとして不老長寿を得られ、私は貴方と永遠に遣えることができます」
「どの辺が考えが近いって思ったんですかね?」
俺のツッコミを他所に、アイビーさんは滴る血をシチューにポト、ポト、と混ぜていく。
この人、マジかよ。
平気で人の飯に自分の体液をまき散らしやがった。
「大変やなぁ。ワイはワイで勝手にシチュー貰っていくで」
「あ、その……申し訳ありません……。よそうのが遅れてしまって……」
「いえいえ、気にしないでくださいませやで」
クソみたいな敬語を使いながら、シチューを小皿に移している無職。
こいつ、就活すら危ういな。ノックとか2回するタイプだろ。
「それで……ユメジ様……。私のお気持ち、頂いてくださいますか?」
そう言って、血の混ざったシチューを差し出すアイビーさん。
恥じらいつつ、視線が泳ぎながら、赤面するなどと……随分と可愛らしい仕草でシチューを渡すものだ。
さながら、バレンタインデーに一世一代の告白をする少女のようではないか。
その中身、自分の血が入った料理なんだけどな。
「まぁ……健康に良いならいただきますけど……」
仕方ない。
若干の嫌悪感はあるが、毒じゃないなら素直に頂いた方がいいかと思い、俺はそれを素直に受け取った。
理由は忘れたが、左の人差し指を怪我をしていたので、小皿を受け取った瞬間は少しギクシャクしたが、まぁ少し調子が悪いくらいで弱音を見せていたら係長なんて務まらないので、何事もないように装ってそれを受け取る。
「はい! 美味しくいただいてくださいね!」
去り際に、アイビーさんの指から滴る血を、彼女はさりげなく折れた左手の人差し指に塗って来た。
普通に痛かった。
というか、今のアイビーさんってエルフじゃないんだから、血液を摂取したところで不老長寿なんてならないんじゃないか?
いや、この子、思い込み強そうだし、多分そこまで考えてないな……。
そう思いながら、血の混ざったシチューを頂いた。
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