第15話 係長 VS 盗賊団⑥

 あ、間違えたわ。

  

 俺は胸に引き寄せた女の子が、アイビーさんだったことに気づき、ふと我に返った、


 盗賊団のアジトに入って間もなく、バカとデコイの銀狼衆を蹴散らしつつ、向かって東の通路を進んでいたのだが……。

 唐突に、俺の係長センサーが『女の子が危ない』という反応をし、地下への階段とか探すのも面倒だし、事態は急を要すると思って、とりあえず床が空洞っぽいから叩き割って地下に下りたんだが……。


「……ユメジ様」


 左腕に抱き寄せたアイビーさんが、恍惚とした表情をしていた。

 勘所の心臓の鼓動が、力強く小刻みに俺に伝わる。


「う、うわぁぁあああ!」


「はぁ……」


 俺はため息をしつつ、悲鳴を上げていた盗賊に向けて銃を撃つ。

 パンッ! という音と共に、盗賊は絶命する。

 

 結局、ケルちゃんはここにいないみたいだ。

 アイビーさんはここにいるが……うぅむ……。

 がっかりした気持ちはあるのだが、しかし俺が彼女を置いて行ったから捕まってしまったわけで、若干の罪悪感を覚えてきた。


「……アイビーさん。ケガはない?」


 俺はケルちゃんの不安を押し切りながら、吐き出す様に彼女の身の安全を確認する。

 相手がタイミーさんなら、こんな余計な世話をすることはないのだが、女性への対応だけは慎重にするようにと、コンプライアンス研修で習った。

 これは社長命令なので、絶対順守している。


「は、はい……。あの、助けてくださって、ありがとうございました」


「うん。そういえば、ケルちゃん見なかった? ケルちゃんとアイビーさんがここに連れ去れてたって聞いたんだけど」


「その……申し訳ありません……。

 私はさっき起きたばかりなので、ケルちゃんの居場所までは……その、ごめんなさい」


「気にしないでください。

 それより、置いて行ってしまって、申し訳ありませんでした。

 ケルちゃんが逃げてしまったことで、つい我を失ってしまい、周囲確認を怠ってしまったと深く反省しております。

 この度は、アイビーさんに多大なご迷惑をかけたことを反省し、再発防止に努める所存です」


「そ、そんなに謝らないでください! 私がケルちゃんを離してしまったせいなのですから!」 


「分かりました。では、この件は互いに悪かったということで、水に流しましょう。もうこの件について話題を上げるのは無しということで……よろしいですか?」

 

「は、はい……」


 アイビーさんは、見事俺の話術に騙され、面倒事を言われかねない口を閉ざした。

 ま、係長の能力をもってすればこんなもんだ。

 むしろ、アイビーさんに罪悪感を残し、俺に対する信頼を上げたくらいじゃあないか。


 ……若干、怪しい方向に向かっている気はするんだけれど。

 ま、そこはいいや。


「ユメジ様……その……」


「なんでしょう」


「顔が、近いと言いますか……胸も密着していて……貴方の鼓動を直に感じるのは……少し気恥ずかしく……」


「あ、申し訳ない」


 つい抱きしめてしまったが、普通は女性の体に触るのはセクシャルハラスメントに抵触する。

 できれば、さっきの言葉の通り水に流してほしいと思いつつ、俺は彼女を包んでいた腕を離した。


 すると、解放された彼女は自立することすらできず、よろよろと不安定な様子で尻もちをついてしまった。


「……その、大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です!」


 強がっていた彼女だが、どうにも体調が良くなさそうだ。

 立ち上がるだけでも、苦労しそうな様子……。

 こっちからすれば、ケルちゃんを一刻も速く助けなければいけないのに、こんなところで必要以上に構っている暇はない。


「ほら、手を貸してください。背中に乗せますから」


 俺が背中をアイビーさんに見せてアピールすると、彼女は少し恥じらいながら……。


「でも、その、悪いですし……」


「あー、もう。黙って乗ってください。歩けないんでしょう? じゃあ俺が代わりに歩きますから」


 そう言って、俺は半ば無理矢理、彼女を腕を掴み、引き寄せて俺の背中に乗せた。

 アイビーさんは抵抗する様子もなく、俺に身を委ねる。


 女の子を背中に乗せた経験は初めてだが、その体は妙に温かかった。

 結局、俺はアイビーさんを背に乗せたまま、トボトボと銀狼衆のアジトを歩いていき、ケルちゃんを探すこととなった。

 俺たちは、地下から飛び上がり、元の通路を引き返している。

 世によく聞く右手の法則……つまりは右手の壁に沿って進めばいつかは目的地に辿り着くはずと思って、その通りに移動をしているが……。


「アイビーさん。頬、近くないですか?」


「あ、その……申し訳ありません」


 背中に乗せているアイビーさんが、頬をすりすりしているのを、俺は咎めた。

 隙あらば俺の頬と彼女の頬を重ねようと、顔を近づける。

 どうにも、女の子の顔が横にあるというのは、歩きづらい。


「ケルちゃん……無事かなぁ……」


 係長センサーには、以前として異常はない。

 アジトの中も、少しずつ静かになってきているし、何より出口はシシロウが塞いでいる。

 想定外のことがあっても、何とかなるだろうが……。それでも、手元に最愛の子がいない不安はぬぐえない。


「ケルちゃんもここにいるのですか?」


「うん。ここに来るまでの協力者の情報によれば、アイビーさんとケルちゃんが、このアジトに連れ込まれたらしいんだよね」


 ケルちゃんは、気品の高い子ネコとして貴族に売られるだろう、というシシロウの予想が正しければ、そうそう酷いことはされないだろうけれど……。


「その、蒸し返してしまいますが、私がふがいないばかりに……」


「いいですって。その話はもうしないって決めたじゃないですか」

 

「……私、ユメジ様の足を引っ張ってばかりですね」


 アイビーさんがギュッと俺の背中を強く抱きしめる。

 頬がまだ寄せられる。顔が近い。


「ユメジ様は、クンシィ・ワンクルを殺すために派遣された勇者様で、私はそれを補佐しなければならいにも拘らず、ここまで一向に役になっていません……」


 俺が勇者だってことも、アイビーさんにそんな役割があったなんて、今まで聞いたこともないぞ。


「それどころか、私はユメジ様に二度も命を作っていただいています。私は、足を引っ張ってばかりです」


「成り行きの結果なのですけどね」


「私は……お父さんとお母さん共に死ぬべきだったのでしょうか」


 はぁ……?


 と思ったが、思い出した。

 アイビーさんは、山賊だかに両親を殺されてるんだったっけ。たぶん、この感じだと神秘殺しだとかいう魔法アイテム的な奴で。


 両親が亡くなっている、かぁ。

 厄介な傷を持っているんだな、この子。


「さっきも言ってましたけど、アイビーさん。貴女は、二度も俺に命を救われましたよね」


「え、あ……はい……」


「んじゃ、アイビーさん。貴女は、そこで死んだと思ってください」


「え……?」


 アイビーさんはかける言葉にも戸惑い、ただ困惑していた。

 けれど、それを無視しつつ、俺は言葉をつづけた。


「アイビーさん。貴女は死にました。あの時、オークに殺されて。

 死んだから、無念もこれまでの後悔も、すべて消え去りました」


「で、では……今生きている私は……?」


「貴女が今生きているのは俺のおかげです。

 貴女は、俺のおかげで生まれ変わりました。ということは、貴女は生まれ変わって、俺が新しい両親の代わりみたいなモンです。

 難しいことは忘れて、もう赤ちゃんにでもなっちゃってください。だって貴女は生まれ変わって、何も考えられない赤ちゃんなんです。ほら、抱っこされていますしね。

 俺が指を出したら好奇心で咥えちゃうくらい何も考えなくていいんです。だって、貴女は赤ちゃんなんだから」


「は、はい……」


 俺がいい加減、頬摺りするアイビーさんが嫌になってきて、冗談で彼女の口に指を向けてみると、彼女は本当に俺の指を口で咥え始めた。

 チュパチュパと舐めたり噛んだりして、本当に赤ちゃんになったみたいだ。


 マジかよ。この人……本当に赤ちゃんになりやがった……。


 ジョボボボボッ……。


 マジかよ。この人、おしっこ漏らし始めた……。

 背中に生暖かい液体が流れている。


「アイビーさん」


「はい……」


「背中がおしっこで汚れました」


「ご、ごめんなさい……」


「良いんです。貴女は赤ちゃんなんですから、分からないことばかりでしょう。

 だから、今後は俺を親だと思って、俺の指示に従ってください。


 貴女は俺の言うことを素直に聞く良い子です」


「はい……」


「貴女はもう二度と、俺におんぶをしながらおしっこはしません」


「はい、二度とおんぶされながらおしっこはしません……」


「貴女がケルちゃんに好かれていようと、ケルちゃんが一番好きなのは俺です。勘違いしないでください」


「はい、ユメジ様を一番愛しております。勘違いしません」


「ケルちゃんを元の藤堂家に送り返すために、貴女は何だってします」


「はい、ケルちゃんの為に私は何だって致します……」


 うっし、洗脳完了。

 この子はもうケルちゃんを元の世界に戻すために何だってしてくれるだろう。


 もう面倒くさいねん。

 クンシー何とかを殺すとか異世界でオークだの山賊だの、エルフとアーチ国が何があったとか。三流小説家が考えていたような世界観を俺に押しつけやがって。


 やる気なんかねぇよ。うるせぇよ黙れよ。やる気なんかねぇよ。

 


「それにしても、ケルちゃん全然見つからないな……。アイビーさん、ちょっと走っても大丈夫です? 

 もしかしたら、ケルちゃんもアイビーさんみたいに乱暴されてるかもないし、早く保護したいんですよね……」


「もちろん、構いません。

 私なんかを気にしないでください」


 そう言って、アイビーさんは俺の背中をギュッと強く抱いた。

 

「んじゃ、遠慮なく……」


 と、俺が走り出そうと思っていた瞬間である。


「お、やーっと見つけたわ」


 正面から、無職のような声がした。

 ボサボサ髪の浪人、南・J・シシロウである。


「って、オイオイ。何勝手な行動してるんだよ、お前は入口を塞いで逃げた盗賊どもの後処理するんだろうが」


 若干、薄暗いアジトの先に彼を見つけ、俺は呆れてしまう。

 勝手な行動をされると計画が狂うから困ったものだ。


「まぁそこはええやん。

 それよりほら、シンガプーラの子ネコ、見つけたで。この子がケルちゃんやろ?」


「……っ!」


 無職の腕の中に、俺の愛すべき女性が、眠っていた。


「ケルちゃん!?!?!??? そんな男から離れなさい!!! そんな胸毛もすね毛も処理していない不潔不衛生の塊みたいな男から離れなさい!!!!! 心の純潔が汚れるわよ!!?!??!!」


「なんやこいつ。ケルちゃん助けてやったのに失礼なやっちゃなぁ」


「何だこれ……おかしくね? いや、おかしい」


「なんで反語やねん」


「これまでケルちゃんが正社員で係長の俺を差し置いて、無職カスとねんごろなんだよォ……! ウワァァァァァァァァァァァッッッ!」


 俺はとてもじゃないが立ち上がることすら辛くなり四つん這いになって世界にシャウトしていた。


「うっさいなぁ……。ケルちゃんは走り疲れて寝とるんやから起こすような大声出すなや」


「おいたわしや……ユメジ様……」


 シシロウは無職のくせに至極まっとうなことを言い、アイビーさんは同情しながら俺の頭を撫でていた。


 そうして、銀狼衆との戦いは幕を閉じた。




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