第14話 エルフと神秘殺し②

「おい! 起きろッ!」


 男の人の声で、私は悪い夢から目覚めました。


 ここは、地下の……牢屋? 

 ジメジメしていて、小汚い場所です。見たこともない虫が地面を這っているし、所々に蜘蛛の巣もあります。


「立て!」


 私より一回りも大きい男の無骨な手が、私の腕を掴みました。


「な、何ですか……!?」


「ズラかるんだよ! お前の仲間がアジトの前まで来てやがる! いざとなったらお前を人質にするんだ!」


 それを聞いて、やっと私は状況を理解しました。

 ケルちゃんが逃げ出してしまって、ユメジさんが全力で追いかけていって、私はそれについていけなくて、途中で山賊に襲われたのでした。


 申し訳ありません、ユメジ様……。

 私がケルちゃんを離してしまったばっかりに、旅の邪魔をしてしまいました……。


「クソ、なんなんだあの男……銀狼衆の精鋭が何十人とやられちまった……ッ!」


 けれど、ユメジ様は流石です。

 ここは銀狼衆の巣窟にも関わらず、その中で悪鬼たちを打倒し回っているようでした。

 目の前の男の焦り様からして、銀狼衆もすでに壊滅寸前なのでしょう。


「……何を驚くことがありますか?」


「あァん?」


 盗賊の男は不機嫌そうに返事をします。


「あのお方は、女神様が遣わせた勇者様です。あなたのような人たちに遅れを取るはずがないでしょう」


「気取りやがって……!」


 その男は血相を変えて、掴んでいた私の腕を思いっきり投げ飛ばしました。

 今の私は、魔法も使えない只人です。

 抵抗できるはずもなく、後ろに倒れてしまいます。


「連れの男がちょっと強いからって調子に乗ってんな、お前な……!」


 男は怒りを隠さず、倒れた私の鳩尾に蹴りを入れました。


「うっ……」


 私のお腹に、鈍い痛みが広がりました。


「アッ、ゴホッ、ゴホッ……」


 痛みもですが、体の中がグチャグチャになったみたいな衝撃に、嗚咽が止まりません。

 お腹の中にあるものが逆流しそうなのを、私は必死で堪えます。


「おい、遅いぞ!」


 遠くから、別の男の声がしました。


「分かってる! けどこの女が……!」


「いいから早くしろ! アイツがもうこのアジトに来てんだぞ!」


「チッ! おら、さっさと来い!」


 男が私の服の襟を掴み、引っ張ります。


「嫌っ!」


 男の顔を見て、私はあの時のことを思い出してしまいました。


 私の家にやってきた、2人の男。

 父と母が殺された、あの日。


 さっき蹴られた衝撃のせいか、気持ちが悪くなってきました。


「イライラするな……」


 そう言って、男は腰からナイフを取り出しました。


「おい! 何してんだ! 仮にも商品だろうが!」


「うるせぇ! よく考えりゃ、こんな状況なんだ、もう商品だのなんだの言ってられるか! それに、苦しんでるコイツを人質にした方がアイツも隙ができるかもしれねぇだろ!」


 男の人達がパニックになって言い合っています。


 ユメジ様は、やはり勇者様です。

 貴女は、エルフの同胞たちを殺し回り、その亡骸を只人に売り捌いていた狼藉者たちに、天誅を下してくださいました。


 私は、彼らの慌てふためく様が、愉快で仕方がありません。

 我らがエルフを侮辱し、まるで神秘も持たないくせに偉そうな顔をしていた只人たちが、チートみたいなアイテムが使い物にならないと分かった途端の焦りよう。

 これまで、自分は何も培ってこなかったくせに、何かそれを覆すようなチートアイテムで粋がって来た彼らが、それ以上の力でねじ伏せられる姿。


 ユメジ様……。あなたに感謝いたします。

 不貞の輩に、十分な天誅を与えてくださったこと。

 やはり、貴方はこの世界を正すべく現れたお方なのだという確信を、私は強くしました。 


 けれど……。

 それに比べ、私は彼の足を引っ張ってばかり。


 父と母に助けられ、この身はアーチ国を滅ぼす為、エルフを守る為に生きるべきと思っていましたが……また、それもできずユメジ様に助けられてしまいそうです。


 ならば、せめても……。


「無駄です。ユメジ様にとって、私には人質の価値なんてありません」


「あ? 何いってんだコイツは」


「彼には最愛の子がいます。おそらく、ここに来たのもケルちゃんが目的でしょう。

 哀れ、ですね。ユメジ様は私ごときが助けを求めていても、迷わず、貴方達を殺します。そんなことも分からず……争っていて……悲しい人……」


「コイツ……舐めやがって……!」


 私を掴む男の表情が、爆発しそうなほど怒りに満ちています。

 恐ろしい、逃げたい、その気持ちが私に襲いかかりました。


 けれど、あの時、父と母が苦しみながらも私を助けたように、私も、ユメジ様のお力になりたい。


「やはり、貴方たち只人はどうしようもなく下等な知能しかないのですね。

 貴方たちは、もう死ぬしかないのです。私なんかに構ってる暇があれば、その虫けらの命、どうすれば赦しを乞うことができるか、せいぜい足りない頭で考えておくことです」


「ンだとゴラァ! お望み通りテメエのバラバラ死体をユメジってやつに突き立ててやるッ!」


「オイ! 馬鹿な真似はよせ!」


 男のナイフが、私に襲いかかります。

 

 これで、良いのです。


 父と母に助けられた命ですが、オークの侵略から集落も守れず、銀狼衆たちに拘束され、そのたびにユメジ様の助けられるしかない役立たずです。


 お父様、お母様、すぐにそちらに向かいます。


 なんの役にも立たなかった親不孝の私ですが、もし……ユメジ様に少しでも人の心があって、私の死体を見て、憎きクンシィ・ワンクルと銀狼衆どもを殺す気持ちが強くなってくれるなら……私の死にも意味があると思います。


 ユメジ様。


 どうか、私の死を少しでも慈しんでくれるなら。


 アーチ国に、滅びを。


 バァンッ!


 私が死を覚悟し、瞳を閉じた瞬間です。

 爆発するような破裂音が鳴り響きました。


「え……?」


 驚いて、音がした方を見ると……。

 

 私がいた牢獄……その天井が、粉々に崩れ落ちていました。

 そして、私は見ました。


 崩れた天井から、ユメジ様が鉄の棒を振り下ろしながら、落ちてきました。


「来やがった! アイツだ!」


 私に暴行を働いていた盗賊は、血の気を失いながら叫びました。


「お、おい! 近づくんじゃねぇ! こいつがど……」


 そして、男はナイフを私に突き立てて脅迫しましたが……すぐに、その体は吹き飛びました。


 ユメジ様が、瞬きすら許さない速度で距離を詰め、男を吹き飛ばしたのです。

 速い……。例え、私が十全に神秘を纏っていたとしても、対応できたでしょうか……。


「がッ……あっ……」


 少し遅れて、私が振り返ると、男は壁に衝突して、その場から動けないようでした。

 その四肢はあり得ない方向に変形しているようですし、何より、衝突の跡で石の壁が抉れています……。とてもじゃありませんが、この男はもうじき死ぬでしょう。


「ユメジ、さま……」


 『ユメジ様は私ごときが助けを求めていても、迷わず、貴方達を殺します』


 その言葉は、騙すつもりで言ったわけではありませんでした。


 ユメジ様にとって、何よりも大事なことは、ケルちゃんの身の安全で、私の安全は二の次……。そもそも、私とユメジ様はついさっき会ったばかりと言ってもいいでしょう。オークから助けてくれたのも、たまたまそこに居合わせていただけ……。


 だから、助けなんて、こんなに早く来るとは思わなかったのに……。


 ユメジ様は、『まるで命の危機に瀕した私を瞬時に察知した』みたいに、颯爽と現れました。

 

 いえ……これも、たまたま。

 自惚れるつもりはありません。

 私は、本来ならば父と母と一緒に死ぬはずだった、役に立たない命……。


「俺の女に手を出してんじゃねェよ……殺すぞ」


「……!」


 ユメジ様は、力細く弱った私の体を、その逞しい腕で抱きかかえながら答えました。

 

 父以外の男性に無縁な私には、つい恥ずかしくて、ユメジ様の顔を直視できませんでした。

 殿方と言うのは、これほど積極的に、躊躇なく、心臓の鼓動を共有し合うほどの距離にまで私を引き寄せるのでしょうか。


 拒絶したい、という気持ちも……私がユメジ様に力で適うはずがないから、という言い訳をしながら、受け入れてしまいました。


 それに……。


『俺、の、娘に手を出すな!』

 

 あの時、父が私を守るために放った一言。

 ユメジ様の言葉が……それと重なってしまって……。

 

 顔が焼けるように熱くなりつつも、この人の波打つ心臓の鼓動を感じるたびに……心が休まる気持ちに、なるのです。

 

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