第10話 係長 VS 盗賊団③
「南……J、シシロウ?」
シシロウという男は、長いこと手入れしていなさそうなほどボサボサな髪に、無秩序な無精ひげを生やしている着物姿をしていた。
江戸時代か幕末の浪人と言えば、的確な表現だろう。
しかし、南・J・シシロウってなんだよ。
ヘンテコな名前だ。
てっきり、この世界にはアイビーさんみたいに、カタカナ語+カタカナ語みたいな名前ばかりと思っていたけれど、まぁこういう変な奴もいるのか。
「藤堂夢路、係長……」
「ほーん、若いのにすごいやん」
「そりゃ、どうも……ッ!」
俺はシシロウの刀を鉄パイプで抑えながら、肺の空気を吐き捨てるように返した。
なんてパワーだ。押し返そうにも、押しきれない。
山と鍔競り合いをしているようにさえ錯覚してしまう。
「んで、聞きたいんやけど……お前、銀狼衆か?」
「……ッ!」
シシロウの刀が、少しずつ力強くなり、俺を押し倒そうとする。
これでも全身全霊で受け止めているのだが、ジリジリと刀の刃が俺に向かってくる。
「違う、と言ったら刀を収めます?」
「んー、どやろな」
人に刀を向けておいて、ずいぶん呑気に言いやがる。
腹の立つ奴だ。
「お前面白そうやし……。
このまま、ヤリ合うか?」
その瞬間、俺はシシロウに足払いをして体勢を崩した。
「おっと?」
左方向に落ちていくシシロウだが、当然、そのまま素直に倒れてはくれない。
シシロウが刀を力いっぱいに横に薙ぎ払う。
俺は足払いをして片足になったことで、一瞬の間、踏ん張る力が効かないから、それを受け止めることはできない。
なので、体勢を低く身をよじることで、それを躱す。
鍔競り合いをしていた鉄パイプでできる限り軌道を修正した甲斐もあってか、紙一重……髪の先を触れる程度で済んだ。
ただ、シシロウの刀の一撃に、鉄パイプは吹き飛ばされる。
「やるやん」
一瞬の攻防の合間に、シシロウは賛辞の声を上げていた。
こっちはまじめにやってるのに、本当にふざけた奴だ。
俺は地面に落ちているハンドガンを拾い、それをシシロウに向ける。
すると、その一瞬の隙を見て、シシロウも刀の軌道を戻し、俺の首筋に刀を寸止めする。
両者の動きが止まった。
俺が引き金を引けばシシロウの眉間を吹っ飛ばせる。
シシロウが刀を振れば俺の首が吹っ飛ぶ。
拮抗状態、という奴だ。
「んー」
こんな状況にもかかわらず、シシロウは緊張感のない声を出していた。
対して、俺の方は気が気でない。瞬きどころか呼吸すら忘れて、慎重にシシロウの動きを観察する。
気を抜けば、死ぬ。
シシロウの指先の微細な動き、眼球の動き、呼吸のテンポすべてを観察し、少しでも違和感があれば、俺の首から下がなくなる前に躊躇なく引き金を引くだろう。
「わーったわーった。悪かったわ」
シシロウは観念したように、刀を落とす。
カランカラン、と刀が地面に弾かれる音が鳴る。
「無益な殺し合いなんぞ無駄や無駄。
ほら、この通り、ワイはもう抵抗せんから、お前もその武器しまえや」
「……」
これが真意なのか罠なのか。
未だ緊張の糸が切れきれない俺は、言われるがままに武器を下すことはできなかった。
「お前もようわかっとるやろ。
ワイとお前くらい強けりゃ、ハンドガン程度の弾速なんぞ、引き金を引く指を見てから躱すくらい余裕や。
対して、ワイは確実に首を刎ねれる距離まで刀を寸止めしとった。
拮抗状態に見えて、さっきまでの状況はお前が圧倒的に負けとったんやで」
「……」
何も言い返せない。
確かに、銃なんてものは引き金を引いたらちっぽけな鉄の塊が音速程度の速度で発射されるだけの武器だ。
指の動きを見るだけで、ある程度は弾道を予想できる。
それについては、俺も同意する。
「それとも、試しに1発撃ってみるか?」
パンッ! とハンドガンを発砲してみた。
「おまっ! ノータイムで撃ちおった! ほんまに撃つ奴があるかッ!」
やはりだ。
シシロウは、俺の指が少し動いた瞬間に弾道を予測し、それに則って弾丸を躱した。
「この状況で撃つとか信じられへん! サイコパス診断で満点の回答やんけ!」
サイコパスが係長になれるわけないだろ。
「うん。まぁ勘違いが解けたなら良かったよ」
「ワイはお前がトチ狂っとるっていう新しい解釈も生まれたけどな」
シシロウが何だか失礼なことを言っているが、まぁ無視するとする。
俺は膝についた土を払いつつ立ち上がる。シシロウの方は呆れた顔をしつつ、「よっこいしょういち」などという古いギャグをしながら立ち上がった。社長や部長が言っていたら軽く笑ってやるものだが、コイツにはその価値がないのでスルーすることとした。
「それで、シシロウはなんで銀狼衆を倒しているんだ?」
「そりゃあ、普通にコイツらお尋ねモンやしな。アーチ国じゃあ有害組織扱いやし、懸賞金も出てるくらいや。アライグマみたいなもんやで、こいつら」
なるほど、山賊なんだから、狩られる対象にされていたもおかしくない。
「まぁ、事情は分かった。それで、俺が聞きたいことはただ一つ……。この辺で、白い毛並みが美しい、その姿を一目見ただけで見惚れてしまいそうな女の子を見なかったか? 俺の最愛のキティーちゃんなんだ。突然、逃げ出しちゃったみたいで……すぐにでも連れ戻したいんだ」
「女の子やと……?」
シシロウは思い当たる節があるのか、女の子、という言葉に反応した。
「確か、ここに来る間に、女の子が銀狼衆の男たちに連れてかれてる所を見たんやけど……」
「オイ!!!!!!! マジで言ってんのか寝ぼけてるわけじゃないだろうな!!?!??!??!」
「え、はい。黒髪ロング、淡い紅色をした瞳の女やろ? なんか、マラソンを完走した後みたいに息を切らして、倒れているところに銀狼衆の男ども数人に拉致されて、アジトに連れ込まれたみたいやけど……」
「あ、それアイビーさんだわ」
忘れてた。
そういえば、付いて来い、的な感じのことを言ったはいいが、しばらく姿を見ていない。
「おいおい、マジかよ……。アイビーさん、山賊に取っ捕まったんか。どうすっかな……助けに行くのもいいけど、ケルちゃんが行方不明なのがなぁ……。まだ1歳の子ネコをこんな悪漢が渦巻く山の中で一匹にするわけには……」
「ん? お前が探してるの、子ネコなん?」
「は? さっきもそう言っただろ。白い毛並みの子ネコの女の子だ」
「女の子言うて子ネコを表現する奴は、コミュニケーション能力に欠落があるやろ。流石に」
シシロウが囁かな文句を言っているので、ムカついた。
もう一発ハンドガンをぶち込んでやりたいが、どうせ躱されるので止めた。
「くっそ、ケルちゃんの行方が分からない状況に加え、アイビーさんもなんか微妙にピンチっぽいし……状況は面倒事ばかりだッ!
本来ならケルちゃん捜索したいところだが、正直、認めたくないけどアイビーさんがいないとケルちゃんが寄ってきてくれない可能性もある! どうする、俺の愛をケルちゃんが信じてくれることを信じてケルちゃん捜索を続行するか、NTRを認めてアイビーさんを助けてからケルちゃんを探しに行くか……。
考えろレグギャヴァキャヴュギャ株式会社 製造部係長・藤堂夢路! 愛かNTRか!」
「こいつクスリやっとるんか?」
俺が必死に思考を巡らせているというのに、シシロウという無職風のカスは不躾な言葉を放つ。
イライラしてきた。
「ちなみになんやけど、なんか山賊たちは子ネコも拾ってアジトに連れて行くの見たで。
シンガプーラのやつやろ? あれ、ケルちゃんってやつやったかもしれへんで」
「山賊のアジトに乗り込むぞシシロウ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺は眼孔を見開いてシシロウに言うと、彼は素直に「あ、はい……」と従った。
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