第9話 係長 VS 盗賊団②

「ケルちゃん!?!!? どこ!?!????」


 ケルちゃんが逃げ出して、どれくらい経っただろうか。

 草木が茂る山道、それを下ったり登ったりを繰り返し、時に木の上をよじ登り、時に岩陰の中に潜り込み、時に激しい川を飛び越え……。


 ついにケルちゃんを見失った。


「アカンアカンアカンアカンアカン……!」


 決して小さくない山の中で、子ネコを見失ってしまう。

 それも、山賊が占拠する山の中。


 どれほどの絶望かは、計り知れない。

 まるで幼い頃に結婚の約束をしていた幼馴染と紆余曲折の恋愛イベントを経て、ついに結ばれたのにも拘らず、その幼馴染が家庭の事情でメキシコのスラム街に引っ越すことになったくらいの気分だ。


 ここはか弱い女の子がいて良い場所じゃあない。


 と、絶望に瀕している俺を狙って、木の上にいた盗賊が死角から矢を放った。

 俺はそれを避けてハンドガンで迎撃する。


「がッ……?」


 ちゃんと俺の弾は盗賊の額を貫き、そいつは即死。バランスを崩して、木の上から倒れ落ちる。 

 と、同時に隙ができた俺の背後から投げナイフが飛んでくるので、それを手で掴んで投げ返す。


「ぐぅッ!」


 そのナイフは盗賊の脇腹に刺さる。

 今回は即死はしていないはずだろう、と思い俺は脇腹にナイフが刺さった盗賊のもとに駆け寄った。


「オイお前! この辺りにシンガプーラのにゃんこを見かけなかったか!?」


 倒れている盗賊の胸ぐらを掴み、俺は激しく揺さぶって恫喝した。


「ぎゃ……ぎ……」


「何寝ぼけてんだ殺すぞボケェ! そんなんだからてめえは反社カスで社会の役にも立たないゴミなんじゃゴラァ! 会社の役に立てない奴は殺してやるぞボケカスがッ! ゴミとまとめて捨ててやろうかクソカスッ! オイお前! 可燃ごみの袋持ってこい殺すぞ! なんでてめえみたいなカス捨てる為に事業系有料ごみ処理券使わなイカンのじゃ脳髄カチ割ったろかァ!!?!!?」


 俺は弊社で頻繁に飛び交う丁寧な言葉遣いで盗賊に話しかけるが、盗賊は泡を吹いて失神していた。

 そういえば、ナイフにはオークも麻痺させる毒が塗ってあると言っていたが……そのせいか。


「クソがッ! カスにも役に立たねェカスがよォ!」


 胸ぐらをつかんでいた盗賊を地面に叩きつけながら、俺は改めてケルちゃん捜索に身を乗り出す。

 毒だか何だか分からないが、役に立たない奴だ。

 こういうカスが、弊社がその辺の川にシアンを垂れ流したくらいで水質汚濁防止法だの行政処分だの安全管理だの軟弱なことを言い出すんだ。そもそもシアンが充満してる工場内で俺はピンピンしながら働いてるんだから、体に悪いわけないだろ殺すぞ。


 ※シアンは大変危険な毒性を持つ物質です。


 いや、今はそんな愚痴を言っている暇はない。

 とにかく、ケルちゃんの姿を見失った以上、無暗に捜索したところで意味がない。彼女はそれほど大きくない子ネコであり、それでいてすばしっこいから下手に動くとすれ違う可能性だってある。


「仕方ない、俺が今から山の麓まで下りて、螺旋状に山を少しずつ回り上がって虱潰しに走り回るか。外周なんキロかは知らんけど、一周を1分以内に回り切ったら、すれ違う可能性も少なく済むはずだろう」


 こういう時こそ、やみくもに探すのではなく、冷静になって確実な方法をとるべきだ。

 やはり社会人として、係長としての経験か、逆境にも関わらず切り替えだけはしっかりとしながら、俺は山の麓へと大きくジャンプして飛び降りようとしたその時……。


 大きな鉄球が、上空から降って来た。


「!?」


 俺一人くらいなら飲み込めそうなほど巨大な鉄球が俺の頭部に直撃する。


 ヤッバッ……。


 俺が驚いたのは、その鉄球の威力ではない。

 こいつら、隠れるのが上手いことは知っていたが、こんなデカい獲物を持ってる奴ですら攻撃の直前まで察知できないその隠密性である。

 普通は、あんなデカブツを背負ってる時点で、確実に足音で気づくもんだが……。


「お前が俺たちのシマを荒らしてる男か」


 随分と低い声で、鉄球を振り下ろした男は姿を現した。

 筋骨隆々で2メーター以上はある体躯、スキンヘッドで眉間には鋭い皺があって、今まで一度も笑ったことがない、と言われれば納得してしまいそうなほど強面の男だった。


「俺の“家族たち”が、随分とお世話になったじゃねえか」


 鉄球男は、首の骨をポキポキと鳴らしながら挑発的に言い放ち、鉄球に付いていた鎖を力強く引いて自分のところに戻した。


 俺は鉄球の重さに押しつぶされ、倒れている。


「お前に取っちゃあ、今まで相手にしてきたやつらは下っ端の雑魚かもしれねぇ。

 でもな、俺に取っちゃあ同じ志を持つ“家族”。一人一人が血ではなく、“絆”で繋がった大事な存在だ。

 それをおめェ……よくも殺し回りやがったな……ッ!」


 俺は名前も知らないスキンヘッドが脳血管ブチ切れそうになるのを無視しつつ、立ち上がる。立ち上がった場所を見ると、そこには見事なクレーターができていた。鉄球は中々の威力だったらしい。

 それにしても……それを頭から直撃したせいか、それともあの時に喰らったナイフの毒が効いてきたのか、少し頭がボンヤリとする。


「おめェだけは許せねェ! 死んだ家族の分、タコになるまで骨を砕いて苦しめさせてから殺してやるッッッ!」


 そう言って、鉄球男は鉄球をブンブンと振り回し、最高速度まで加速させた。

 あの鉄球は、おそらく1,2トンはあるのではないかと思われる重さだが、その重量を感じさせないほどの剛腕には目を見張るものがある。

 鉄球が動く音が、普通のブゥーン、ブゥーン、という音から、次第に空気を切り裂くような音となり、それは余波だけで体が切り刻まれそうになるほど鋭くなっていく。


「冥土の土産に教えてやる。この世界で、もっとも強い繋がりは“家族”の繋がりッ!

 喜びを分かち合い、互いを支えあえる心の拠り所、心のシェアハウスこそが、家族というもの! 

 貴様の死因は、俺たちの心に土足で上がりこんだことだッ!」


「ふーん」


 なんか鉄球男が無駄にテンションを上げながら、チリ紙にもならないご高説を垂れていた。


「だから、クッソ弱かったんか。他の奴ら」


 プチッ。と、鉄球男が怒りのボルテージが最高峰に達し、堪忍袋の緒が切れる音がした。

 

「捻り潰してやるッ!」


 数トンもある鉄球が最高速で俺を目掛けて振り下ろされる。

 

 ドォンッ、と地面を震わせ陥没させ、衝撃が木々を揺らし吹き飛ばし、周辺の動物たちは怯え惑ってその場から逃げ出した。

 

 お見事。


 オークでも、そうそう出せなかったほどの威力だろう。

 

 お見事お見事。


 激しい怒りによって生み出された一撃なのだろう。


 お見事お見事お見事。


「クッソカスみてぇな攻撃だな。家族がなんじゃいボケ」


 俺はそれを、片手で受け止めた。


「な……っ!」


 最大の一撃を与えたつもりだったのだろうか。

 鉄球男は信じられない、と言いたげに目を丸くしてその光景を眺めている。


「繋がり? 絆? 家族? 馬鹿言っちゃあいけないだろ……。

 お前らはさ、単発バイトのタイミーが1人か2人、自殺か労災で死んだくらいで社長が直々に謝罪行脚するような狂った思想の組織に属してるんか? アァん?」


「ナニ……!?」


 鉄球男は侮辱されたとでも思ったのか、実際侮辱したが、反抗心を露にし始めた。


「お前ッ! 俺たち“家族”の繋がりを否定するつもりか!?

 俺の息子たちがお前のような誰か知らん奴に殺されて、平気でいられるわけがないッ! 大事な繋がりを持つ息子たちが殺されたのだ……!  そのために、“父親”である俺には、お前を殺す“義務”が発生する!」


「発展途上国らしい思想だな……栃木県民か?」


 俺は鉄球を片手で抱えながら、鉄球男に近づいた。


「良いか? この世でもっとも完成された組織というものは、危機的状況に対してトカゲの尻尾を効率よく切り離し再生する組織だ。

 新卒の舐め腐った新人、派遣契約で雇った少し社会を知ってるだけの中年、タイミーでやって来たボンコツ。

 それらはすべて、道具だ。人の形をしただけ、日本国憲法がただ人権を認めただけの労働力。

 それらを酷使し、使い果たし、労働力が無くなっただけでよ……組織の上層部が遺憾のいを表明し、わざわざ重い腰を上げてやってこないといけない、助け合い前提の組織が、“家族”だと?」


「くッ……!」


 鉄球男が鎖を引いて鉄球を戻そうとするが、それはビクともしない。

 俺はあらかじめ、ボーリングの玉みたいに鉄球に指を突っ込んでいて、それを固定しているので、それが動くはずもない。


「株式会社を舐めんじゃねェ!!!!!!!!」


 俺は巨大な鉄球を、鉄球男に叩きつけた。

 鉄球男は強烈な一撃に対し。瞳孔を真っ白にしながら、鉄球に叩き潰さ沈んで行った。


「お前の敗因は、家族などという、もしもの時は親に頼れば何とかなる、そんな下っ端根性が座った組織性。

 現場にいる下っ端が命を張らねぇ組織に何の意味があるんじゃ。

 地獄を経験しなきゃ、“ホンモノ”は育たねぇンだよ」


 部下のミスは上司が請け負う。

 そんな月9ドラマみたいな綺麗事は、社会では通用しない。


 己のミスは己が全身の血管を引き裂いてでもカバーし、極力、上級職に迷惑が掛からないよう、そして客先には何事もなかったように振舞わなければならない。


 それが、日本の社会。

 その逆境を這い上がったものこそが、真に認められるべき人材が現れる。

 足蹴にしている屍の存在など、気にしてはいけないのだ。


「で、俺が生まれたってわけ」


 俺は指から抜けなくなった鉄球を、俺は振り回しながら、最終的には肩に乗せた。

 ちょっと重いけど、そんなことは入社して3年目で係長になった俺にとっては些事なことである。全然、気にならない。どうしたら抜けるんだこれ。

 とりあえず、鉄球男は白目を剥いて失神しているので、まぁいっか。


 さて、馬鹿はぶっ倒したところで、本題に戻らねば。

 

 ケルちゃんの行方……。この世界で俺が任されている業務オーダー、それは速やかかつ安全に元の世界に帰ることだ。


 こんなよく分からないところで、ケルちゃんを右往左往させるわけにもいかない……。


 俺がさっさとこんな場所から抜け出したいという気持ちから、麓へと下りようとしたところ、また狙撃しようとしてくる盗賊がいた。


 アホが。


 俺はケルちゃんを追っている間に、何人、何十人という下っ端の盗賊の奇襲にあって来た。

 今更、親玉が簡単に退せられて焦った奇襲など、効くはずもない。


 そう思っていると、その盗賊は、首を跳ねられて死亡した。


「!?」


 迎撃をしようと思って取り出したハンドガンを捨て、それに右手の鉄球を砕いて片手を解き放つ。

 その判断は、間違っていなかったと、今も、そして未来も思ったことだろう。


 盗賊の首を斬ったその存在は、次に、俺の首も獲ろうとしたのだから。


「グッ!」


 咄嗟に鉄パイプを取り出し、そのソイツが繰り出した攻撃を、俺は受け止める。


 レグギャヴァキャヴュギャ製の鉄パイプは、やはり最高品質だ。

 

 音速に近い速度で移動していたその存在が繰り出した一閃を、見事、受け止めたのだから。


「んにゃ?」


 俺に攻撃をしてきたやつは、随分と呑気な声を上げた。


「なんか強い奴おるなぁ……銀狼衆の長か? いや、ちゃうな……。何モンや? お前?」


 関西人に聞かせたら殺されるだろう。

 そんなエセ関西弁を繰り出す男は、キラりと光る日本刀で俺の首筋を狙いながら、呑気に言って見せた。


「名乗るんだったら、まずはお前の名前から言うのが筋だろ」


 気を抜けば、目の前にある日本刀が、首筋に届きそうだ。それは押し返せる自信もないほど力強い、俺のコメカミに一筋の汗が流れる。


「ワイは南・J・シシロウ。ここにおる銀狼衆を各個撃破しとったんやけど……もしかして、お前も同業者か?」


 幕末の浪人みたいな恰好をした男が律儀に自己紹介をした。


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