第8話 係長 VS 盗賊団①
俺とアイビーさんは、葦毛ちゃんに運ばれてキソガ山の麓までやって来た。
どうやら、本当にキソガ山の上空を超えて、直接、アーチ国に行くことは無理らしい。
ここに来る直前も、葦毛ちゃんは相当にストレスを感じていたようで、グルルルッ……と険しい顔をしていた。
地上に降りた時、俺が頭をヨシヨシして落ち着かせたら、血相を変えて俺の頭に嚙みついた。血が出た。
「あの……大丈夫ですか?」
ケルちゃんを抱えているアイビーさんが心配そうにこちらを見ている。
「うん。葦毛ちゃん、また会いたいね」
「あの子は二度と会いたくないと思っていそう……」
アイビーさんが何か言っている。
まぁ気にするほどのことでもない。
「それで、アイビーさんの方は平気ですか?」
「私ですか? ええ。この通り、山登りくらいなら平気そうです。
本来のエルフの姿であれば、既に吐き気や頭痛で気が狂っていてもおかしくないくらい、神秘殺しの濃度が高いはずですが、只人状態の私には何ともないみたいです」
「それは良かったです。ケルちゃん、しっかりと掴んでおいてくださいね」
「はい……! お任せください!」
アイビーさんは使命があることが嬉しいのか、明るく返事をする。
普段はエルフとして、オークくらいなら魔法1つで爆破できるくらいの強者であるが、今はただの人。
役立たずと思われるのは嫌なのだろう。
「じゃあ、行きますか。体調が悪くなったら遠慮なく言ってくださいね」
「ありがとうございます……。でも、心配しないでください、私、あの悪魔を殺す為だったら……少しくらいは平気ですから」
やっぱりそのつもりなんだー。
嫌だなぁー。
もし、クンシィ・ワンクルとやらが、元の世界に戻れる方法を知っていたら、とてもじゃないが殺せるはずもないし……。
まぁ、いっか。
いざとなったら、アイビーさん殺すか。
「そだねー。行こうかー」
ケルちゃんを抱っこしているアイビーさんは嬉々とした表情で「はい!」と答え、俺の後ろをトコトコとついてくる。
とりあえず、エルフの長が言うには、葦毛ちゃんが運んできてくれた場所からすぐにある山道を沿って進めば、もっとも山賊たちとの遭遇率が低く、最短ルートであるとの話だ。
普通に歩けば、半日程度で超える程度の距離らしい。
俺が走れば1時間もかからないだろうが……まぁ、アイビーさんとケルちゃんもいることだし、そこは女の子の歩幅に合わせてあげるとしよう。
そうして、1時間くらい歩いた頃。
「ふーん、この世界で英語はエルフ語と呼ばれていて、魔法を撃つにはそのエルフ語が必要なんだ」
「はい、私には英語という呼び方は分かりませんが……けど、魔法は自分の思念と神秘を使役する為の命令……つまりエルフ語を合致させる必要があります。
例えば、火の玉を放つ魔法は、神秘を操り、『火の玉』という自分の思念と『ファイアボール』というエルフ語を合わせて唱えます」
「ふーん、例えば、壁! ウォール! みたいな感じで言えば、俺も魔法を撃てたりするのかな?」
「いえ……魔法を使う人は、誰もが大なり小なり、神秘を宿しています。
申し訳ありませんが、初めて見た時からユメジさんには神秘の気配は一切感じません。
おそらく、魔法は撃てないかと……」
あーそっか。
言ってしまえば、運転免許を持っていても、車とガソリンが無ければ車を運転できないようなもの。
俺もそうだが、特に今のアイビーさんなんか、魔法のエネルギーである神秘がない状態だ。
その場合は、魔法が撃てないわけか。
「そっかー。俺も空を飛んだりしてみたかったなぁ」
どうやら、この世界で俺は魔法を撃つことはできないらしい。
小さい頃から、自由に空を飛んでみたい、というありふれた夢を持っていたが、まぁ無理なものは仕方がない。
「でも、エルフ語に理解があるのは凄いですよ? 普通は物書きすらできない人の方が多いのに……」
「そ、そうかな? へへっ」
これでも、センター試験で90点台を出すくらいには英語に自信があったりする。
「やっぱり、ユメジさんはエルフを救うために現れた救世主だと思います。エルフ語に理解があるけれど、神秘を持たない。まるで、神秘殺しを生み出した悪魔を殺すために存在しているよう……」
あー、はいはい。
思い込みが激しい娘だ。
と、俺がアイビーさんの信仰に飽き飽きとしていた時のことだ。
パンッ! と乾いた発砲が響いた。
「なんか来たし……」
後方。およそ4時の方向。
草むらから、誰かが俺に向けて狙撃をしたようだ。
狙撃と言うには……まぁショボいハンドガンのようだが。
俺に気づかれて弾丸を掴まれているくらいだし……。
「誰かいるんですんよね?」
振り返った方向に俺が言うと、2人の男が現れた。
細身だが背の高いノッポ男と、チビでデブの男。
2人とも獣の毛皮一枚で、いかにも不潔そうな恰好。
「やあニイちゃんネエちゃん。アーチ国にお出かけか?」
ノッポ男が気色の悪い笑みを浮かべながら尋ねる。
こっちは敬語なんだから、お前らも敬語使えよ。
「まぁ、アーチ国に用があります」
しかし、いちいち波風立てないのが社会人。
怯えて俺の背後に隠れたアイビーさんの胸には、ケルちゃんがいる。
できるなら戦闘を控えるべきだし、俺は平身低頭とした姿勢は崩さない。
「この山は銀狼衆のシマだす。通行料払エ!」
チビデブは涎を垂らしながら、不自由な日本語で脅してきた。
「土地の権利書でもあるんですか?」
「ケンリしょ~? ンだそりゃ。ここは俺たちの縄張りなんだから、俺たちのモンだ。文句あんのか?」
「申し訳ないんですけど、俺たち金がないんで、後にしてもらっていいですか?」
「じゃあオンナ置いていケ!」
チビデブは発情期みたいな顔で、俺の背後にいるケルちゃんを指差す。
「……」
後ろにいるアイビーさんが、黙って俺の服を掴んだ。
「は?」
「は? でもねぇよ馬鹿が。金がねェんじゃ、代わりになるもん差し出せばいいだけの話だろ。
そこの女だ! 黙って出せやゴラァ……!」
ノッポ男が激高し始めてすぐ……。
彼の額に穴が開き、瞳孔を見開いたまま倒れた。
「ハっ?」
チビデブの方は、何が起こったのかも分からず、相方が倒れるのを見送っている。
「シケた弾丸使ってんなぁ……」
俺は、こいつらが奇襲して来た時に掴んだままだった弾丸を、指ではじいてノッポ男に額を撃ち抜いた。
握ってみると分かるが、劣悪な材質だ。
派遣社員の血肉を使ってでも品質を保証するレグギャヴァギュギャ株式会社では到底考えられない。
「コノっ!」
チビデブは懐からリボルバー式の銃を取り出す。
見るからに、古い型式である。
パンッ! と発砲音が鳴り響く。
「今の、普通に外れてたよ」
おそらく、動揺や怒りから、標準がちゃんと定まっていなかったのだろう。
弾丸は俺のいない方向にまっすぐ進んでいったので、俺はそれをヒョイとキャッチした。
「返すよ」
俺はダーツの要領で、弾丸をチビデブに投げ返す。
すると、チビデブの胸に弾丸の穴が開く。
「うっし、ブルや」
チビデブが倒れるのを見て、俺は小さくガッツポーズをした。
「コイツらが銀狼衆ってやつですか?」
「おそらくですが……」
やっぱり烏合の衆という感じだ。
武器も現代に比べれば貧弱、狙撃も早撃ちの腕も大したことはない。俺の元先輩だったらモーションを視認した瞬間には弾丸を発射している。
オークと比べて力が強いわけでもない。
コイツら程度なら、何の脅威でもないな……。
と、気が許した瞬間。
パパンッ、と2発の発砲音が鳴り響いた。
「!」
1発は俺の斜め後方の木陰、2発目は俺のすぐ左側面にある木の上からの狙撃。
俺は咄嗟に、ケルちゃんを抱えているアイビーさんを突き飛ばした。
「きゃっ……!」
突然のことに、アイビーさんは驚いて尻もちを付く。
「痛っ……」
後方からの弾丸が左肩に直撃し、左側面からの弾丸が俺の右腕を掠る。
右前腕の肉が抉れるヒリヒリした痛みを感じる間もなく、俺がハンドガンを取り出して反撃しようとしたところ……。
俺の背中に、ナイフが突き刺さった。
「ユメジさん!?」
アイビーさんが、血の気を引いたように俺の名前を呼ぶ。
「油断した……」
やらかし。
俺の背中には、コートを着て素顔の見えない男が、俺にナイフを突き刺していた。
目の前の敵をあっさり倒せたから、完全に油断していたところに2方向からの狙撃……それをギリギリで躱したところで、背後からの強襲。
銀狼衆……こいつらはオークのように力が強いわけではないし、武装労基などの現代兵よりはずっと銃の腕はヘボだが、気配の消し方や闇討ち、強襲などの能力はズバ抜けている……。
「ニイちゃん強いねぇ~。でも、俺たちは盗賊だぜ? 1人いたら100人に囲まれてると思った方がいいなァ」
ゴキブリかよ。
背後のフード男は無駄に高い声で俺を煽った。
「ジュウの弾を掴んだのは驚いたが、お前はこれでお終いだ。
このナイフには、毒を仕込んでる。オークでさえ1滴ですぐ痺れて動けなくなる代物だ」
マジかよ……。
まんまと、術中にハマったわけか。俺はタワケか。
俺たちはもうこの山の中腹くらいには進んでいるわけで、そこらに銀狼衆が潜んでいてもおかしくない。例え俺たちが只人2人、弱そうなカモに思えたとしても、下っ端2人にすべてを任せるなんてことはしないとは。随分と慎重な奴らだ。
何より、土地勘があるというのは予想以上に厄介だ。狙撃ポイントも、絶妙に考えられている。 俺は感心しながら、木の上にいる盗賊にハンドガンを向けて撃ち殺した。
「……見くびってた。もしものことに備え、イレギュラーな事態を想定していたってのは、やっぱり盗賊とかシークみたいな職業らしい闘いだなぁ」
「お褒めの言葉と受け取るぜ。今転がってるのは下っ端だが、それでもジュウの弾を手で掴むとはな……。どこぞの武人か?」
「いや、ただの係長だよ。キミらとは違って社団法人の組織に属する正社員だ」
話のついでに、俺の背後で狙撃してきた奴も、ハンドガンで撃ち殺す。パンッ! という乾いた音が響いた。
「カカリチョウ? 良く分かんねぇが……。
なぁ……お前……少し聞いていいか?」
「はい」
「俺、このナイフには毒があるって言ったよな?」
「はい」
「オークでさえ1滴ですぐ痺れて動けなくなる代物だ、ってのも言ったよな」
「はい」
「……なんで、何ともないように会話をしてるし、何なら隠れていた俺の仲間を殺してるんだ……? 動けなくなるはずだろ……?」
「いや、毒が効かなかったから」
俺は背後のフード男の顔面にハンドガンを突き立て、そのまま発砲して頭を吹き飛ばした。
「……もういないか?」
発砲音が鎮まり、静かになったその場の様子を探るが、それらしい気配はない。
今度こそ、全員倒したか?
夜逃げをしたタイミーさんを捕縛したことは何度かあるが、それは素人の話であり、プロの盗賊が潜んでいるかどうかまでは流石に自信がない……。
「アイビーさん、確かにこの山、けっこう面倒くさそうです。
さっさと抜けだしましょう」
この場に盗賊が潜んでいるのかどうか。
分からないことを延々と疑心暗鬼になっても仕方ないので、さっさと切り替えてこの山を超えることを優先した方がいい。
「は、はい……ご、ごめんなさい、その、足が抜けちゃって……」
アイビーさんは、尻もちをついたまま立ち上がれないようだった。
「手を貸しますよ、ほら」
「あ、ありがとうございます……」
俺はアイビーさんに手を差し伸べると、彼女はそれを掴んだ。そのまま腕を引き寄せ、彼女が立ち上がるのを支える。
「……あれ?」
「どうしました?」
立ち上がったアイビーさんの姿を見て、俺は疑念がよぎった。
「ケルちゃん、どこ?」
さっきまでアイビーさんの胸に包まれていたケルちゃんの姿が。
目の前には。
ない。
「あ、あちらにいます!」
アイビーさんがいち早くケルちゃんを見つけると、俺の後ろに向けて指を差す。
そこには、銃声やら暴力やらに怯えてビックリした様子のケルちゃんがいた。
「ケルちゃん! ここにはお前のことを劣情を催しながら舌なめずりとかしちゃう悪い大人がいっぱいいるんだ! 俺のもとから離れるんじゃあない!」
俺が心臓が締め付けられる思いをしながらケルちゃんの元へと駆けていくと……。
「待ってください! ユメジさんはただでさえケルさんに嫌われているのですから、そんなに近寄ったら……!」
アイビーさんが失礼なことを言うと、ケルは俺の姿を見て一目散に逃げだしてしまった。
流石にこれはアイビーさんが悪い。
急に大きな声を出すから、ケルちゃんが血だらけだけどよく見ればワックスとか良い感じにセットしてあるダンディなスマイルを見て逃げ出してしまった。
俺のスマイルはダンディなので逃げ出すはずもないのだが、アイビーさんが急に大きな声を出すから逃げ出してしまった。
「ケルちゃん!!!!!!!!」
ケルちゃんは草木が茂る山道に向けて、そそくさと駆けていく。
俺もそれを追って、草むらに突入する。
「お、お待ちください! ユメジさまー!」
遅れて、アイビーさんが俺についてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます