第7話 係長とエルフ③

 さて。

 エルフの長老に必要な情報は貰ったということで、俺は早速、アーチ国とやらにクンシィ・ワンクルと会いに行くことを決意する。


「そういえば、アーチ国ってどこにあるんですか?」


 俺は長老の家を出て、アーチ国がどの辺にあるのかを尋ねた。


「アーチ国はここから北西に50km進んだ方にある」


 50km……だいたい岡崎から名古屋に行くくらいの距離か。

 まっすぐ走っていけば、まぁ1時間もかからないだろうが……。


「歩いて1日かかるかどうかという距離ですね」


 懸念事項と言うのは悪いが、アイビーさんもついてくる気満々だ。

 この人、自足で法定速度以上に走れるのかなぁ……。と思っていたが、徒歩で旅するつもりなので、男としては歩幅を合わせなければいけない。

 デートではないけれど、男は女の子の歩幅に合わせて移動しなきゃいけないわけだし……。


「心配はない。馬を貸す」


 そう言って、長老は杖を出し、空にそれを軽く振って見せた。


 すると、空から白い毛の馬が飛んできた。


「葦毛の馬だーッ!」


 初雪のような白い毛並みを持つ馬を見て、俺は興奮が抑えきれなかった。

 競走馬は学生の頃にちょくちょく見てきたが、濁り一つない純白の毛並みはソダシを見た時以来か……。近くで見ると目元もクリっとしていて女の子みたいだ。


「近くで見てもいいですか!?」


「もう近いところにいるだろう」


 エルフの長が呆れたようにそう言う。

 これもう肯定ってことで良いよな。


「ウヘヘッ……可愛いねキミ……。毛並みサラサラじゃァん……。ウィヒヒッ……。牝馬ちゃんかなぁ? 良ければボクと一緒に中京競馬場を一緒に並走しなぁい? ギュヒヒッ、一緒にローズステークス競い合おうねぇ……」


 俺は気さくな挨拶をしながら、その葦毛ちゃんの躰を頬摺りする。

 葦毛ちゃんはなんか険しい表情をしていたが、触られることに抵抗しないなら合法だ。


「ちょっとお股を確認させてもらうね(^_-)-☆ 

 ボクは牡馬でも全然イけるけど、牝馬ちゃんだったら色々とアレだしねぇ(*´ω`*) 

 最近はセクハラとかうるさいし(*´з`)

 お股はちゃんと確認しておきたいんだ(⋈◍>◡<◍)。✧♡……」


 そう言って、俺が葦毛ちゃんの後ろに回って肛門の下を覗き込むと……。


 顔面に、葦毛ちゃんの後蹴りがさく裂した。


 ※馬は大変繊細な動物の為、不用意に近づいたり触ろうとする行為はお控えください。


「ギャアアアッ!」


「ユメジ様!?」


 葦毛ちゃんの後蹴りで10m近く吹き飛んだ俺に、ビックリして様子を確認しに来るアイビーさん。


「大丈夫ですか!?」


「ウェヒヒッ! だ、だいじょうブイ……!」


 俺は顔面に直撃した後蹴りのせいで、鼻時を流しながら、アイビーさんに辛うじてブイサインを送る。

 そして、声を振り絞って言う。


「だ、男性器、確認できず……」


 これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 薄れゆく意識の中で、俺は使命を果たした。


 ※馬は大変繊細な動物の為、ふざけた行為はお控えください。


「へへっ……」


「もう……変な人……」


 俺が笑うと、アイビーさんも呆れたように呟いた。

 彼女の胸には、最愛のケルちゃんの姿があった。


 俺はケルちゃんに向けて、ウィンクをして見せる。

 ケルちゃんは、汚物から目をそらす様にそっぽを向いた。


 おっと。嫉妬かい? ケルちゃん。

 他の女にウツツを抜かす俺を見て、嫉妬心が芽生えちゃったカナ?


 ふっ、デキる男はそういう絡め手も忘れない、これこそが係長の手腕である。


「長老様」


「なんだ」


「やっぱり、私、この人がアーチ国の武器を持っていても、どうしても憎きクンシィ・ワンクルと同じ只人だとは思えないのです」


「……どうしてだ?」


「だって、こんな面白い人が、悪いことするはずないでしょう?」


 アイビーさんがおかしそうに笑った。

 俺は意識が朦朧としているので、その意味は分からないが、まぁ大したことではないだろう。


 人の形をしたモノには、興味がない。


☆☆☆


「オーッ! すげぇ! 本当に芦毛ちゃん飛んでるー!」


 エルフの長が貸してくれた芦毛ちゃんが、キャビンを引いて空を飛んでいる。

 まるで普通の馬が地面を蹴って走るように、芦毛ちゃんは空を蹴って空を飛んでいるのだ、興奮を隠せるはずがない。


 俺は感動のあまり、馬車の窓から顔を出して外の景色を覗いている。


「この子はペガサスの一種なので、空も飛べるんです。神話の生き物なので私も見るのは初めてですね」


「へーっ! そんな凄い子だったんだ! さすがの俺も空を飛んで移動なんてできないし……すごいな牝馬ちゃん!」


 俺はキャビンの窓から芦毛ちゃんに手を振る。

 芦毛ちゃんはビクッと、寒気を感じたように体を震わせていた。


 お空の上は寒そうだし、心配だ。

 

「楽しそうですね、ユメジ様」


「そりゃあそうでしょ! 馬は元々好きだったけど、こんな間近で見れた上に空まで飛んでるんだぞ!? こんなの見たことない!」


「神話の動物はまだまだたくさんいますよ。グリフォンやケンタウロス、海にだってマーメイドやアスピドケロン……きっと、素晴らしい神秘たちがユメジさんを歓迎してくれるでしょうね」


 アイビーさんが笑顔のまま語っている。

 彼女の言う動物たちは、日本では創作上の存在として語られていたファンタジー動物たちだ。

 当然、俺は見たこともないし、本当にいるなんて思いもしなかった。


 この世界は、随分と広いんだなぁ。


「良いなぁ。いつか見てみたいもんだ」


「ふふっ。会えるといいですね」


 俺が想像に頭を膨らませていると、アイビーさんは穏やかな表情で笑った。

 

「ユメジさんなら、神秘の生物たちにも好かれると思いますよ」


「そうかな? だと良いんだけどなぁ……。ね、ケルちゃん」


 そう言って、俺はキャビンの室内で、木箱の上で背筋を伸ばしている様子のケルちゃんに目をやった。

 ケルちゃんは俺の視線なんか気にも留めず、虚空の空を見ていた。


 いわゆる、無視、という奴だ。


「え、えっと……それよりも、今後の方針を話し合いませんか?」


「ん? あー、そうだね。確か、葦毛ちゃんはアーチ国にまでは流石に行けないんだっけ」


「はい。ペガサスである葦毛ちゃんさんも進むのには限界があります」


 葦毛ちゃんさんってなんやねんと思いつつ。

 俺たちがキャビンに乗り込み、アーチ国に向かう前に、エルフの長から、アーチ国に行くことに対する問題について聞いていた。


「神秘殺しの毒が国外周辺に蔓延しているんだっけ」


「はい。アーチ国付近は、エルフとの大戦があり、今もその時に使われた神秘殺しの毒が国外周辺に蔓延している状況下にあります。

 なので、葦毛ちゃんさんはキソガ山前までしか進めないでしょう」


「キソガ山……でもそこさえ超えられればすぐにアーチ国なんだよね。

 問題は、アイビーさんのことだけど……」


 アイビーさんはエルフである。

 当然、神秘殺しの毒はクリティカルヒットするわけで、それが充満する場所に入れるはずもない。


「そこは問題ありません。長老様に、必要なアイテムは頂きました」


 そう言って、アイビーさんはポケットから透明の宝石を取り出し、それを握って砕いた。


 すると、その中心から光の塊が広がっていき、彼女を包む。


「うぉ……」


 魔法のアイテムの効果だろうか。

 眩く光る輝きはしばらくアイビーさんを包み込んでいたが、次第にその塊はまばらに散らばって行き、しだいに光に包まれていたアイビーさんの姿が現れていく。


「イメチェンしたのかな?」


 アイビーさんの長く伸びた神秘的な銀髪は黒く変色し、紫に近い色に変わっている。

 よく見れば、エルフの特徴である長く尖った耳も、普通の耳になっていて、雰囲気もどこか普通の女の子、という感じが強くなっている。


「これは、只人になる魔法です。普通ならこんな魔法、使う機会なんてありませんでしたが……只人であるからこそ、神秘殺しの毒が効かない体質になれます」


 黒に近い髪色になってエルフ耳がなくなるだけで、ファンタジーから現代的な少女になった感じがする。

 それでも整った顔つきな辺り、元が良いのだろうか。


「それで神秘殺しは何とかなるんだね」


「はい。この状態の私は、存在のほとんどが只人と同じレベルの神秘しかありません。ただ……神秘がない分、魔法もほとんど撃てない、無力な状態ではあるのですが……」


 アイビーさんは力不足を悔いるように答えた。


「んまぁ、山を越える体力さえあれば大丈夫でしょう」


「……少し不安なことが」


「なに?」


「キソガ山には、銀狼衆という山賊が陣取っているのです。

 彼らはエルフとアーチ国との戦争にて、アーチ国側に付き、エルフを虐殺したり、奴隷にしたりする悪行を行った者たちです」


「なるほど、オークとどっちが厄介です?」


「単純な比較は難しいですね……。なにせ、今回は銀狼衆の巣を抜けるわけですから……地の利はあちらにあります。単純な戦闘なら、オークの方が強いですけど……」


 確かに、土地勘がある相手の方が色々厄介かもしれない。


「でも巧くやりすごして、何事もなく山を抜けれるかもしれないですよね?」


「……大変申し上げにくいのですが、ユメジさんにそれができるとはとても思えなくて」


 失礼な。

 これでも社会に揉まれて係長にまで上り詰めた男だぞ。


 俺が放つ営業の絶技で修羅場をいくつ抜けてきたと思っている。 


「でも、そんな物騒なところなら、何よりケルちゃんが心配だ。キソガ山ではしっかりと胸に抱きしめて移動しなきゃいけないな。

 ネッ、ケルちゃん」


 俺がケルちゃんに声をかけると、彼女はそっぽを向いた。


「おいおいケルちゃん。俺を守れるのはこの場でただ1人、俺だけなんだよ? ツンデレも良いけど、物騒な異世界なんだ。お前の居場所は俺の胸の中しかないんだよ?」


 そう言って俺がケルに近づいて抱きしめようとすると……。

 

 ケルはササッ、と素早い動きで俺の手を躱し、そのままアイビーさんの背後に隠れた。


 まるで、悪漢から逃げ出すような勢いではないか。


「……」


「そ、その……ケルちゃんは私が抱っこしていきますね」


 アイビーさんは怯えるケルちゃんを抱きかかえた。

 

 なんでこの子には懐いているんだよ。

 入社式の時に、人事によって学生の頃にもっとも打ち込んできたプリンセスコネクト!Re:Diveのデータを問答無用でアンインストールされた時と同じくらいの喪失感に包まれた。

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