第6話 係長とエルフ②
エルフの長老に自室に案内され、その通りに椅子に座った俺はコーヒーを頂いていた。
当然、砂糖もミルクもないブラック。社会人になってから、ブラックコーヒーの苦みに気づき、いつしかそれしか飲めなくなっていた。
「うまいな……!」
鼻の先から自然を感じる香りと、口に入れた瞬間に広がる切れ味のあるコク。これなら疲れていなくてもいくらでも行けそうだ。インスタントのような、強制的に苦みを与えてくる感じとはまた違う。
「……そうですね」
対して、紅茶を飲んでいるアイビーさんは、美味しいという割には複雑そうな表情をしている。
ちなみに、膝の上にはケルがお寝んねしている。そこ変われ。
「長老様……こちらの紅茶は、アーチ国のものですか?」
アイビーさんが尋ねる。
「違う」
長老は短くそう言った。
「……あの、アーチ国がなんなのかとか、エルフに何があったのか、何でオークと戦っていたのか、全く分かんないんですけど。
とりあえず、俺に色々と説明してもらってもいいですか? 異世界転生してきたばかりで、何が何だかさっぱりなんすけど」
とにもかくにも。
彼女たちの意味の分からない会話だけは避けたいと思い、俺は意を決して2人の間に入った。
「異世界転生…やっぱりこの世界とは違う世界から来たのだな?」
「ええまぁ。……いや、ちょっと待てよ? 俺は別にこの世界で生まれ変わった訳じゃないから、正確には異世界転移ですね」
「……」
長老は顎に生えた長い白髭を弄りながら、少し考えていた。
「まぁとにかく、俺としてはさっさと元の世界に戻りたいんですけど……。どうにかなりませんかね?」
正直なところ、俺の最優先事項は『無事に元の世界に戻れるのか?』である。
明日の朝5時に戻らないと、朝礼に間に合わない……というのもあるが、何よりケルちゃんを俺が勝手に持ち出したことが問題だ。
彼女は、藤堂家の家族だ。
だから、少しでも多くの時間を藤堂家……つまり俺の親父とオカンと過ごすべきである。
最悪なのは、ケルちゃんが一生この世界で生きていくことになること。
ケルのことを溺愛している両親たちを差し置いて、俺だけがこんな世界でケルと一生を過ごしていいはずがない。
「私が顔を知る限り、この千年の間に何度か、異世界転移者と顔を合わせた」
千年って……この爺さん、何歳だよ。
「最初は勇者リク。1000年前……魔王が全人類に宣戦布告し、呪いを振りまいていた時代に突如として現れ、仲間とともに世界を救った初代勇者である」
「王道ファンタジーって感じがしますね」
「2回目は勇者シズカ。800年前、女神が更迭されたことで世界が再び混沌に支配され、新たな魔王が現れたことで、女神・マリトゥワが派遣した勇者である。
ただ、闇の魔王があまりにも強大で敗北を喫し、その日から1年間、世界は闇に包まれたという」
「まだ800年前……これは話が長くなりそうですね」
「そして現れたのが、勇者ダビド・アレハンドロ・モレノ・ビジャレアル。謎の言語を喋るため、その言葉のほとんどが解読不可能だが、ナナワツィンと呼ばれる神を信仰し、皮膚病の子どもたち100人を火炙りにする儀式を行い、再び世界に光を灯した英雄である」
「なにそれめっちゃ怖い」
何モンだよ勇者ダビド。
てか絶対に日本人名じゃないあたり、外人だろうけど……。
「そして、それから200年ごとに魔王が復活するたびに、この世界では勇者とよばれる異世界の者が現れるようになった」
「……もしかして、俺、勇者なの?」
待て待て待て。
了承もないのに勝手に業務を追加されるのは慣れたもんだが、異世界転生は聞いてないぞ。
「ユメジさん、あの高名な勇者様だったのですね……ならあの強さも納得です」
アイビーさんは納得したようなことをいうが、俺は勇者になった覚えはない。
「だが、それは違うと思う。
では聞くが、お主、女神には会ったか?」
「いや、無いっすね。そもそも、この世界がピンチだろうと、ケルちゃんを連れてこんな帰れるかもわからない世界に来るわけないでしょう」
もし話し合いの場所を経由してたら、いの先にケルだけは元の家庭に戻すように言うし、従わなかったら女神だろうとブッ殺してやるところだ。
「だろうな。普通の転生者……勇者は、『女神に会い、能力を与えられ、使命をもって魔王を倒す存在』だ。
であるなら、この世界に移転してこの世界に対して無知、ということはあり得ないのだ」
「つまり、俺の転移はこの世界にとってイレギュラー、ってことですか?」
「まぁ、私が知っている範囲でいうなら、そうなるな」
……。
エルフの長老は、ずいぶんと知った風に言った。
流石に物分かりが良すぎるのではないか、とも思ったが、それは年の功なのだろうか。
「じゃあ、論点を戻しますけど、俺が元の世界に帰る方法、ってのは、貴方には見当もつかないってことですか?」
「私は知らない。けれど、情報は提供できるだろう」
「情報とは?」
「アーチ国の武器」
そう言われて、真っ先に思い付いたのはハンドガンだった。
「これですか?」
俺は会社で支給されたハンドガンを懐から取り出し、机に置いた。
「……」
その傍らで、アイビーさんの表情が険しくなったのを感じた。
しかし、他人の感情の機微なんぞ気にしていたら話が進まないので、気にせず話を続けた。
「こっちの、レグギャヴァキャヴュギャ製の鉄パイプかもしれませんが」
ついでに、弊社の鉄パイプも見せておく。
「その、ハンドガンと呼ばれた武器のことだ」
エルフの長はレグギャヴァキャヴュギャ製の鉄パイプにあまり興味がないみたいだ。
営業したい気持ちが芽生えたが、流石にそれは優先度が低いから諦めた。
「念のため聞いておくが、その武器はどこで入手した」
「会社支給品です」
実際は購入費の一部を給料で負担した。
いや、全額の一部を毎月一定額差し引かれ、ついでに利息もあった気がする。
まぁいいや。
「5年前……アーチ村という小さな集落で、クンシィ・ワンクという天才科学者を名乗るものが、科学と呼ばれる技術で村を発展させ、最終的にはこの世界で最高峰の神秘の種族、エルフの集落と戦争し、打ち勝った。
そのクンシィという人物が生み出した技術の中に、鉄の塊を高速で射出する技術があり、そしてその道具はそのハンドガンにソックリだ。
もう一度、聞く。その武器は、どこで入手した」
なるほど、大体の話が読めてきた。
「俺がいた世界の、日本という国で入手しました。決して、クンシィという人物を経由していません」
「そうか」
何となく、このエルフの長が言いたいことが分かって来た。
そして、クンシィ・ワンクルが発展させたというアーチ国のことも、だいたいは。
「あの……ユメジさんは、アーチ国の人じゃないのですね……?」
「まぁそうですね。全く関係がない、と言うと少し違いますが、少なくともクンシィという人物には会ったことがないはずです」
「そうですか……」
アイビーさんの反応を見て、俺の確信は強くなる。
なるほど、エルフとアーチ国のことも何となく察したぞ。
「えっと、確認したいことはいくつかありますが……まず、今、この世界に魔王は復活しましたか?」
「いない」
エルフの長は端的に答える。
必要以上のことは喋らない主義なキャラクターなのだろうか。
「じゃあ、クンシィ・ワンクルが生まれてから、魔王は復活しましたか?」
「魔王は、ここ100年くらい復活していないはずです。最後に現れたのは、刃の魔王ですが、勇者コロイドによって討伐されました」
「正確には、121年前に勇者コロイドによって刃の魔王は討伐され、それから今まで魔王は現れてない」
唐突に、横やりを入れてきたアイビーさん。
それに補足するようにエルフの長が解説した。
「で、あれば……。もしかしたら、クンシィ・ワンクルという人物も、俺と同じようにイレギュラーな異世界転移をして現れた可能性がある、ということですね?」
「……! それって……」
アイビーさんは何となく、状況を察したようだ。
「この世界は、『異世界転移者は女神が派遣するものです』。
けれど、俺は違う。『女神が検閲していないイレギュラーな異世界転移者』でしたが…俺と同じように、イレギュラーな異世界転移をした人がいる。
その根拠となるのは、俺の世界で流通している、銃と呼ばれる武器。
クンシィ・ワンクルはそれを使ってエルフを滅ぼしたわけですが……それに共通する武器である銃を持った存在の俺は、クンシィ・ワンクルと同じような境遇の存在です。
長老さん、つまりそういうことを言いたいんですね?」
「そうだな。
これまで女神が派遣した勇者たちは、日本やアメリカなどの国からやって来た、というような記録が残っている。お主の口からも、日本という国でハンドガンを入手したという言葉が出てきた。
つまり、異世界転移者は同じ世界からやって来たが、夢路とクンシィ・ワンクルも同じ国からやってきた可能性がかなり高い」
ダビド・アレハンドロ・モレノ・ビジャレアルは別世界から来ただろうがな。
「つまり、クンシィ・ワンクルという人物は、俺と同じような境遇だから、何かしらこの世界から帰れる情報を持っている可能性が高い、ということですね?」
「この世界から帰る方法、については分からない。
ただ、私は情報を提供しただけだ」
なるほど、エルフの長老的にはこれ以上の情報に責任を負いたくないらしい。
こういう言い方をあえて徹底する辺り、自分は貴方の望む情報は提出できないが、知っている限りで話すので間違っていても責めないでほしい、という意思の表れに違いない。
こういう言葉遣いをする奴は、タイミーさんによくいる。
ムカついたので武装労基が攻めてきた時、あえて前線に送ってやったなぁ。全員死んだけど。
「あの……ユメジさん」
「なんでしょうか」
唐突に、アイビーさんが俺に話しかけてきた。
膝の上に乗せているケルちゃんは、すやすやと眠っている。羨ましい。チキショウ、そこ代われ。
「もしかして……ユメジさんは、クンシィ・ワンクルを殺すために、この世界に来たのでしょうか……?」
「ん……?」
何を聞いていたんだこの娘は。
俺は勇者という役割を与えられた訳でもなく、この世界に迷い込んでしまっただけだ。
クンシィ・ワンクルという人物も同じような境遇である、という話の流れだったはずだが……。
いやいやいや。
勝手に異世界転移されて、勝手にどこの誰かも知らん男を殺す責務を押し付けないでくれ。
「……ちなみに、クンシィ・ワンクルがいるアーチ国とエルフの間に、何があったのですか? 戦争があったとは聞きましたが」
「5年前に、アーチ村とエルフの集落で戦争が起こり、アーチ村はこの世界でも禁忌とされている神秘殺しの鉱石で武器を作り、エルフの集落を滅ぼした。
……アイビーの両親は、その集落にこそいなかったが、アーチ国の武器を持った山賊に殺され、その死体を人間に売られた。エルフの死体を食えば不老不死になるという眉唾の伝説を信じた貴族にな」
「……」
俺は何を言えばいいのか、微妙に反応に困ったので、黙ってアイビーさんと目を見つめ合った。
「神秘殺しは、この世のものとは思えない邪悪な狂気です。神秘を持つものは、悉くがその毒にやられ、全て凌辱されました」
「……えっと、その神秘を持つもの、と言うのは?」
「神秘とは、魔法を撃つためのエネルギーのようなものだ。エルフは勿論、魔物と呼ばれるモノや先のオークやゴブリン、只人であっても魔法使いならば神秘を宿している。
神秘殺しは、その神秘が強いほど強烈に蝕む毒となる。神秘の民族であるエルフであれば……その苦しみは表現しようがない」
なるほど。神秘殺しってのは魔法使いとか魔物とか、とにかくファンタジー的なものにクリティカルヒットするアイテムって訳か。
そんなものをマインクラフトしたアーチ国は、それで最強魔法使いのエルフを攻撃したと。
「今日のオークとの戦いでも、オークたちが神秘殺しで武装していなければ、私一人でもオークの軍勢を片付けられたんです」
「……ん? オークも神秘殺しは毒になるんじゃないですか?」
「神秘殺しの含有量を下げれば、オークでも武器にし得る。
先ほども言ったが、神秘が強いほど神秘殺しは強く効果を発揮する。つまり、オークにとってはさほど効果を発揮しない程度の神秘殺しが、エルフにとっては致命傷になりえるのだ」
「なるほど……解説ありがとうございます」
この世界に無知で申し訳ありません。
でも、解説がないと話についていけないんっすよ。打合せとかで、こういう疑問を晴らさずそのまま通して面倒くさいことになったことは数知れず。そんな社会人のサガである。
「きっと、ユメジさんは悪鬼羅刹のクンシィ・ワンクルを打倒すべく現れた、勇者様のようなものではないかと……私は思うのです。
だって、そうでもなければ異世界の転移、という事象に説明がつきません」
いやいやいや。
京都人のトラック運転手に轢かれたからですよ。
京都人の運転がいかに悪鬼羅刹かを知らない異世界人のアイビーさんの言葉に、返す言葉を失いつつ、エルフの長にヘルプを向けると……。
目をそらされた。
こんにゃろ、見て見ぬふりしてやがる。
「ユメジ様……どうか、私たちエルフをお救い下さい……」
アイビーさんは深々と頭を下げて懇願した。
……こういう時に様呼びしてくるんじゃあない。コンカフェとかで重宝しそうな性格しおって。
「……とりあえず、クンシィ・ワンクルに会いに行きます。どんな人物か確かめた上でその後のことを検討させていただくという形でよろしいでしょうか」
俺としては、必要以上に責任を負いたくないので、曖昧な言葉を返すしかなかった。
「ありがとうございます……ユメジ様。共に、エルフの屈辱を晴らしましょう……!」
しかし、アイビーさんはこれを肯定と捉えたらしい。
どうしよう。
今からでも否定しておかないと、後々面倒くさいことになりそうだなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます