第5話 係長とエルフ①
「オークたちが……全滅してしまいました……」
その場は、オークの武器がそこらに散らばり、闘いの跡で地面はクレーターのように凸凹している。バズーカなどの火器も使ったせいか、草木は燃えて、灰が舞い上がっていた。
そんな中、アイビーさんが目を見開いた様子でオークの死骸の山を眺めていた。
俺のケルを胸元に抱きしめるようにして見せつけやがって。この泥棒ネコが。
「こ、このや、ろ……われ、らを……ば、カに……」
足元で倒れていたオークが俺の足を掴む。
「邪魔」
俺はムカついたのでオークの頭を踏み潰す。
すると、その頭から血しぶきが噴射され、俺の顔に付着した。
思えば、これほどの大軍を相手にしたのは半年前振りだろうか。あの時は、確か労基が武装蜂起して弊社を取り囲んだったか。
単純な戦闘能力なら労基よりオークの方が強いのだろうが、重火器で武装していない分、オークたちのほうが随分とやりやすい。
弊社の内部告発もないし、係長や部長クラスの格上の強者もいないしね。
まぁそんなことは気にせず、俺はニコニコ笑顔でケルちゃんを抱えるアイビーさんに向かっていき……。
「ケルちゃーん💖💖💖
無事で何よりだよ!😆😆😆
他の女の胸に飛び込んでいったのは傷ついたけど😭 まぁそれも許すよ!👍
とりあえずカスのオークは全員ぶっ倒したから😏😏😏
今から撫でるね👋👋」
俺はこれまでの確執は男の俺が許してやるべきと思って、笑ってケルに手を差し伸べる。
「……怖い」
アイビーさんが俺の顔が近づいていくのを見て、何か呟いていた。
怖いと聞こえたが、顔にオークの血がついていたのは女の子にとってあんまり良くないか、と思って顔の血を拭いた。
「……この人が、エルフを滅ぼしたアーチ国の人?」
アイビーさんが何か意味不明なことを言っている。
だけど、良く分かんないので無視して俺はケルを撫でようと手を差し伸べた。
しかし、それでもケルは警戒心強めの顔で俺を拒否し、ネコパンチで俺の手を跳ねのける。
「……」
1回ネコパンチされたのがなんなんだ。
これは拒否でなく、ツンデレである。
気品が高いシンガプーラだ。そう易々と頭を撫でさせてくれるはずがない。
もう一度、俺はケルちゃんの頭を撫でようとすると……。
ネコパンチされた。
もう1回……ネコパンチを気にせず手を差し伸べたら、噛まれた。
2,3回、ネコパンチを連打されて、本気で嫌な顔をしながら、ついに爪を立てて引っ掻き始めた。
「俺の人生ほんとゴミ」
ついに人差し指から血が流れてきた。
俺の涙でこの異世界が水没してしまうかもしれない。
ノアの箱舟を用意してくれ。
泣き崩れる俺を見て、ケルはそっぽを向き、アイビーさんは緊張した雰囲気を解いて、微笑んで呟いた。
「そんなわけ、無いですよね」
俺からケルを奪った女が何かを言っている。
そんなことはどうでもいい。もう、世界のすべてがどうでもいいので、1人で狭い空間で泣きたい。
俺が泣き崩れていたその時、唐突に、背後に人影が現れた。
「これは……何があったのだ……」
それは若い青年の声だった。
俺が何だと思って振り返ると、背の高い青年エルフと、若い金髪エルフ、その間に挟まるように白髪白髭の老人エルフがいた。
「アイビー殿! ご無事でしたか!」
若い女がアイビーを見るなり、歓喜の声を響かせた。
「アイビー。ここで、何があった」
老人エルフが重い口を開けてアイビーに尋ねる。
「長老様。この方が私を助けてくださったのです」
アイビーさんが俺を紹介する。
「ども」
とりあえず、アイビーさんがケルを抱いている以上、下手に刺激をしてエルフとの戦闘になるのはマズい。
そう考えた俺は、軽い会釈を長老さんに向けた。
「その者が……しかし、彼は只人のようだが……」
長老が怪訝な様子をしていたので、俺は少しお節介にも愛想良く横やりを入れてみた。
「はは。何を言っているのですか。男なんて棒切れ振り回して発射するだけでいいんですよ。ハッハッハ!」
昭和世代の老人には、こういった類の下ネタはウケる。
そう思い、俺は鉄パイプとハンドガンを見せびらかすと……。
「それは……!」
「アーチ国の武器!」
隣にいた平成世代のエルフ2人が、血相を変えた。
まるで親の仇のように激高し、魔法を唱えた。
「
「
エルフの青年と若い女が魔法を唱えると、空に巨大な氷の塊が現れ、更に地面が揺れたと思えば大地が隆起して竜の形となり、俺を飲み込んだ。
「待って! その方は敵ではありません!」
アイビーさんが訴えるが、青年エルフと若い女エルフの怒りは静まらない。
「アーチ国のものは、一人残らず殲滅してくれる!」
2人の怒りは相当に強いものらしい。
まるで、俺の周辺一片を消し炭にするほどの氷と大地の魔法が放たれる。
俺は思わずケルちゃんとアイビーさんが無事なのかを確認したが、アイビーさんが咄嗟に飛行の魔法でも使ったのか、その場から避難できたみたいだ。良かった。
「我らがエルフを虐殺した罪、その身で償え!」
「我らがエルフを侮辱した罪、その身で償え!」
青年エルフと若い女エルフが口を揃えてそう言うと、大地のドラゴンと上空の氷が衝突し、大きな衝撃波を起こした。
ドゴォッ! という轟音と共に、凄まじい余波が周辺を襲い、戦場の跡地を薙ぎ払う。バズーカのせいで燃えた草木も消火されている。これはこれで良かったような気がする。
いや、しかし。
魔法というものは、恐ろしいものだ。
衝突すればナゴヤドームくらいなら粉々にできそうな氷の塊を作り、大地を竜に模って襲い掛からせる。
普通なら、死んでいるところである。
「落ち着いてください、その人は私を救って下さった方です!」
アイビーさんが、衝撃波に身を揺らしながらも何とかその場で浮遊しながら叫ぶ。
ケルちゃんもちゃんと抱えてくれているみたいで何よりだ。
「何をしているのだ?」
エルフの長がエルフ二人に尋ねた。
「長老様! こいつは我らが同胞を虐殺した者です!」
「エルフの高貴な魂を汚した罪、許してはおけません!」
どうやら、この若きエルフたちにとって不快な行動をとってしまったらしい。
迷惑な話だ。
俺はここに来てまだ30分も経っていないにもかかわらず、オークやらエルフやらに襲われている。
俺が何したんだって言うんだよ。
ちょっとムカついてきたので、俺は2人のエルフが魔法を披露している背後を強襲し、青年の方の頭を地面に叩きつけ、若い女の方にハンドガンを向けた。
「!?」
「なっ!?」
氷やら大地やらの魔法を撃っている間に、俺はとっくに隙を見て逃げ出していて、エルフの背後に隠れていた。
そんなことは露知らず、俺を打倒したと思い込んでいたらしい二人は、いきなり強襲されて驚いているようだった。
「んっとー」
俺は次に語るべき言葉を少し考える。
「まず、アーチ国ってのが何かは知りませんけど、俺のハンドガンを見て何かを確信したなら、異世界でも分かりますよね? この武器は貴方たちが魔法を放つより早く攻撃できます。少なくとも、この距離なら」
おそらくだけれど、最初のエルフとの会話。
俺が鉄パイプとハンドガンを見せた段階で、何かをこの若者エルフたちの琴線に触れたようだった。
で、あれば。
ただの鉄の棒よりも特徴的なハンドガンを見て、何かを感じたとみるのが当然であり、ハンドガンの性能を知っている可能性が高い。
そして、この世界の魔法という技術。
2,3度見た限りだが、強い魔法には相応のチャージ時間が必要だと思われる。
魔法を撃とうとする瞬間は目元が微妙に動き、躰も微妙に震える。
だから、もし少なくともこいつらが抵抗するなら、目元を見つつ、そいつの体を抑え、様子を窺えばいい。
「コイツ……!
俺に頭を掴まれている青年エルフが魔法を放とうとする素振りを見せたので、掴んだ髪をシェイクしつつ地面に叩きつける。
「ぐぁっ!?」
すると、青年は魔法を放つ間もなく、気絶した。
やっぱり、魔法を撃つのに少しラグがあるのは間違いないようだし、何より魔法を放つ前に妨害をすれば阻止できるみたいだ。
おそらく、脳の指令で魔法を撃つのかな?
なるほど、魔法についての基礎知識はだいぶついてきた気がする。
わざわざ実践してくれてありがとうと言いたいが、当の青年エルフは気絶していた。
「大丈夫?」
俺は青年エルフに声をかけるが、彼は完全に気絶していた。
俺の先輩も上司も、自分の仕事が忙しすぎてまともに業務の見本を見せてくれた覚えはなく、何となく見て覚えろで育ってきた俺にとっては、わざわざ魔法を披露してくれたことはこれ以上にない情報開示だったが、感謝をすることすら許してくれない様子だ。
「ふむ」
そんな様子を見てエルフの長老は一言息を漏らし、
「なるほど。これが彼が話していた男か」
そう言って、長老は小柄な身長より大きな杖をコツン、と地面を叩いた。
「心配するな。これ以上、私たちはあなたに危害を加えない」
そう言われて安心しかける俺。
すると、俺の周囲の世界はまるでタイルが一つ一つ変わっていくように、変容していった。
「何これ」
俺が困惑している中、アイビーさんがそれに答えるように呟いた。
「長老様の……空間移転魔法……初めて見ました」
「場所を移動する魔法なんすかね?」
魔法の経験の少ない俺にとっては何もかもが新体験だ。
タイルの模様が変わっていくに連れて、その場は木造建築の室内に変わっていく。
木の机、椅子、薪の暖炉……ファンタジー世界らしく電子機器類は全くない田舎のリビングという感じだ。
ちなみに、俺が倒した青年と、大地の魔法だかを撃った女エルフの二人はどこかに消えていった。
「……どこ?」
「わ、分かりません……」
俺が横目でアイビーさんに聞いてみるが、彼女でもこのリビングがどこなのかはわからないようだ。
「私の部屋」
何だか、この長老の雰囲気が微妙に変わったような……。
気のせいだろうか。
「さて、長い話をしよう。コーヒーと紅茶、どちらが好きかな?」
長老が指を振ると、キッチンのケトルが急に沸騰した。
淹れたい時にすぐにお茶を入れれるなんて便利だなぁ。
それにしても、この世界、コーヒーとか紅茶ってあるんだ。
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