第4話 係長 VS オーク③
ケルちゃんを追ってオークの軍勢に突っ込んでいたんだが、いつしかケルちゃんの姿を見失ってしまった。
クソったれ。ニキビみたいに潰せば潰すほどオークの奴らが来るものだから、全員ふっ飛ばしていたらケルちゃんを追いかけるどころじゃなくなっちまったじゃねえか。
「おいゴラァ! クソチンピラども! 俺は平穏無事にケルを愛でていただけなのにいきなり攻撃してきやがって! テメェらと違って、こっちは正社員だぞ! 何なら係長だ! 厚生年金がどれだけ家計を圧迫しているかも知らねぇカスどもがよォ! 老後のことくらい考えて真面目に働けや!」
「お前が一番チンピラ臭せえよ」
俺は反社オークたちに中指を立てながら叫ぶと、オークの一人がドン引きしながらツッコミを入れた。
税金を納めていない癖に偉そうだな。
「貴様が……我の部下たちを葬った只人か」
他のオークより明らかに図体がデカく、装備も物騒でハーネスベルトの棘の量とかも多いオークが唐突に話しかけてきた。
もしかしたら、こいつはこのオークたちの中でも偉い奴かもしれない。
「異世界転生をしたばかりで事情はよく知らないけど、オークなら何十体もぶっ倒した。悪いけど、あんな物騒な奴ら、ケルちゃんに何するか分からないからね」
はぁ……。
俺はため息をついた。
俺の目の届くうちにケルちゃんがいるうちは安心していたが、どこにもいないと思うと不安が一層に強くなり、心臓が強く閉まるような思いだ。
「その、貴方は……」
俺の背後から、女の子の声がした。
振り返ると、彼女は鎖に縛られていた。
「えっと、大丈夫ですか?」
なんか心配になったので、俺は尋ねた。
「あの、えっと、大丈夫です……」
女の子は少し困ったように答えた。
いや、鎖で縛られているのだから、大丈夫じゃない気がする。
「えっと、鎖、解いてあげましょうか?」
「良いのですか……?」
「うん……まぁ、その代わり、一緒に俺のネコを探してくれません? 逃げ出しちゃって……こんな荒くれものたちがいる場所で1人にさせるのは本当に心苦しくて」
他のむさ苦しい奴らに比べれば、女の子なだけ随分と信頼できると思った俺は、彼女に交渉を試みる。
「それくらいなら……私にできることなら何でもします」
「うっし」
協力者を一人得た。
それだけで、少し心強く感じる。早速、俺は鎖を引きちぎって、彼女を解放した。
「……嘘。オークでもビクともしない鎖をいとも簡単に……」
「あんな正規雇用も受けていなさそうな荒くれものと一緒にしないでください。俺は係長なんでね」
なんちゃって珍走団みたいな連中と比べたら、正社員のほうが凄いに決まってる。
こいつらが夜な夜なストロングゼロを呑みながらマフラーの煩いバイクに乗りながら女とセックスしている間、俺はパソコンをカタカタしてきたんだ。
経験してきた社会が違うよ社会がぁ。
「コイツ! エルフを解き放ちやがった!」
すぐそばにいたオークが、大柄の斧を振りかざしながら、こちらに襲い掛かって来た。
しかし、俺は女の子を片手で抱きかかえつつ、それを躱し、そのままオークの顎に鉄パイプをアッパーカットのごとく叩きつけた。
無事に、そのオークは失神したみたいに倒れこんだ。無事に倒れるってなんだ。
「コイツ……! 舐めやがって!」
続けざまに、オーク2体が少し離れたところから走ってくる。
俺は反撃をしようかと鉄パイプを構えて、襲ってくるオークの動きを窺っていた時、傍らにいた女の子が、魔法を唱えた。
「“
女の子が冷徹な声を響かせると、そのオークたちの上半身が爆破した。
「うぉっ、グロ……」
オークたちだったものの脚が、力を失って倒れた。
ちょっと前にプレス機に巻き込まれたタイミーさんみたいになってるなぁ。
「強いんだね、キミ」
「貴方ほどではないですけど……」
女の子は謙遜をしているのか、それとも困惑しているのか微妙なニュアンスで答えた。
「俺の名前は藤堂夢路。キミの名前は?」
「アイビー・ガーネットです」
アイビー……何かの花の名前だった気がするが、まぁそれはどうでもよい。
少し懸念するならば、彼女が使った魔法。対象2人に対して爆破させるような魔法について。
あんなもの、もし物理耐性無効で放ってきたら、溜まったものではない。
俺でも耐えきれるか微妙だし、なによりケルちゃんに当たってでもしたらその先は語ることすらできない。
魔法かぁ。やっぱりあるよね。
物騒だなぁ。
「実力は本物のようだな」
存在を忘れかけていたオークの王が、重い腰を上げて立ち上がったようだ。
「我らの同志を一瞬で屠るその動き、トウドウ・ユメジといったか。見事である」
巨大な金剛の斧を持ち上げながら、オークの王様が言う。
戦う気満々、という感じだが、俺からすれば勘弁してほしい話だ。
「見事と思うなら、俺の願いを一つ聞いてくれません?」
「なんだ。申してみろ」
「さっきも言いましたけど、この戦場に俺の愛ネコのケルが迷い込んだんです。オーク全軍に通達してください。彼女はただ迷い込んだだけだ。危害を加えず、見つけたらすぐに俺に連絡してください」
俺の社会人スマイルで話すのを、オークは何も言わず聞いていた。
「それが約束できるの出れば、俺はあなた方に危害は加えません。元は正当防衛だったことも、水に流しましょう。平和的に行きません? お互い、無用な争いはしたくないですよね?」
俺はできるだけ下手に出て、相手を威嚇しないよう柔和な言い方で提案をする。
しかし……。
「ふっ」
俺の真摯な願いを、心底馬鹿にするようにオークの王は笑い始めた。
「グハハハッ! 何を言うかと思えば、それは我らオークへの最大級の侮辱ではないか。我らオークも舐められたものよ!」
オークの王は何がおかしいのか、ずっと愉快に笑っている。
なんだコイツ。
「良いか、トウドウ・ユメジよ。
我らオークは生まれながらに武装民族。常に戦いを尊び、死ぬも生きるも闘いの誉れ。
そんな我らに、水に流す? 平和的に……そして何より、危害を加えないだと……?
まるで我らが貴様にどうあがいても勝てないかのような言い様……ッ!
これ以上の屈辱は、二度と味わったことはないわ!」
オークの王は頭真っ赤にし過ぎて、シワシワになった唐辛子みたいになっていた。
そして、耳を塞ぎたくなるような咆哮を放つ。
「たとえどれ程の実力者であろうとも、我らオークの誇りを汚すモノだけは許さぬ!
トウドウユメジ! 貴様の屍は塵一つ残ると思うなよ!」
「あっそ。じゃあ死ねや」
俺はハンドガンでオークの眉間を打ち抜いた。
「えっ?」
「はっ……?」
武器を構え、今にも襲い掛かろうとしていたオークの王……つまりはオーキング……ウォーキングは、訳も分からない様子で、意識を失う。
その場が静まり返る中、ウォーキングの思い体が地面に倒れる大きな音が響いた。
絶命したウォーキングの額には、弾丸が貫いた穴の痕がある。
ウォーキングの額にある銃創を見て、脂肪を確信した俺がハンドガンをしまうと、王将を失った駒たちは慌てふためいたように叫び始めた。
「う、そ、だろ!?」
「我らが王が……!」
「こんなこと、こんなことがあって良いのかよ!?」
尊びとか誉れだとか偉そうなことを言っていた割に、戸惑いが隠せない様子のオーク軍たち。
反社会的な組織というだけでムカつくし、ビジネス上の建前すら尊重せず闘いがどうとかなんとか馬鹿なことを言い始めたので突発的で殺したが、これだけ全体の士気が下がるのであれば、少しはやってよかったと思える。
「これは……アーチ国の武器……」
そんなオークたちと同様に、静かにしていたアイビーさんは、俺のハンドガンに何か見覚えがあるようだった。
「……あら?」
そんなアイビーさんは、視線の先に何かを見つけたのか、首を傾げる様子を見せながら、ふと呟いていた。
俺も気になって彼女の見ている方を見て見ると……。
ケルちゃんがいた。
「ケルちゅぁん!?」
スタイリッシュな体躯に、短い毛並み、まるでスイムのアスリートみたいな存在感を持つこの子ネコは、異世界にいようと見間違いをするわけがない。
ケルちゃんだ。
そんなケルちゃんは、オークたちの軍勢相手に随分とコりたしたのか、さっきまではオークの群れに突っ込んでいたのにも拘らず、今ではこちらに向かって走ってくるようだった。
「ケルちゃん! やっと俺の元に来てくれるのか!」
これまでの粗相は水に流そう。
ケルちゃんを抱いたまま、ショットガンをぶっ放した俺が悪いんだ。
でも、ケルちゃんはそんな俺を許し、このオークの群れの中で、一筋だけある愛の道しるべを辿って俺のまでやって来た。
おいで。ケルちゃん。
俺の胸に、飛び込んできなさい。
俺は、それを拒まないから……。
と、俺が手を広げてケルを迎えると、ケルは俺に向かって飛び掛かり、そのまま頭を踏み台にして飛び去って行った。
「あへ……?」
頭を踏み蹴られて、為すすべもなく倒れる俺。
俺は膝をつき、跪き、力細い呼吸と共に振り返ると……。
「おや……この子がケルちゃんでしょうか……」
「ンニャァ」
俺を踏み台にして、ケルちゃんは後の女のもとへ駆けていき、胸に飛び込んだようだ。
え?
「ふふっ、お転婆さんですね」
わんぱくにアイビーさんに懐いているケル。
「は?」
おかしいだろ。
なんで異世界に来て心細いはずのケルが、真っ先に飛び込む先が俺以外の女なんだ?
「う、うぅ……。なんでだよぉ。俺、頑張ってケルを追いかけて、たくさんオークも倒したのにぃ……」
俺は愕然とし、膝をついて項垂れた。
ケルのために必死に走り回った末、俺の愛する者は他所の女の元に飛びついて、今もイチャイチャとしている。
NTRだろこんなん。
「おい、何だか分かんねぇけど、あの男が倒れたぞ!」
俺が項垂れているのを見て、オークの1人が歓喜の声を上げた。
すると、釣られて他のオークも次第にザワザワと騒ぎ始める。
「やるなら今がチャンスだ」
「王が討たれた今、アイツを倒したやつが次の王だ!」
「どけっ! 俺が仕留めてやる」
オークの奴らが何を盛り上がっているのか、俺に向かって突進し始めた。
「うるせぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええ!!???!??!??!!?!??!!!!!!!」
俺はロケットランチャーを四方八方にブッ放した。
「俺は今、NTRで脳が破壊され出るんだ! それを笑うやつは誰であろうと許さねぇ!!!!」
「ひっ!?」
ロケットランチャーの余波を喰らっただけで、ギリギリ生きていたオークが何か声を上げた。
「オイてめぇ!!!?! 何笑ってんだゴラァ!!!!?!?!」
とにかく俺はそいつの顔が気に入らなくて、メンチを切った。
「お、怯えただけです……!」
「嘘つけ! 顔を05-30Tにして笑いがやがって……ッ!!!?? ん!??!! 殺す!!??!!??! ん!!?!!?? 殺すけむ?!???!??!!!? 殺する!!!!!!!!」
3分後。
オークの軍勢は壊滅した。
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