第7話 異世界DQN
バッカスの研究は大まかにあっちの世界にあるものを引き寄せる──召喚と言うもので俺が求めているこの世界にあるものを送るものとは真逆だった。
だが全く無駄というわけではなく、人を引き寄せる魔法陣を確立させることができれば、送ることもできないことではないらしい。
ちなみにすでにあるミーム王国にある勇者召喚は現在の技術体系とは全く別のものでまず解読ができず、形だけを似せたものを用意しても機能しない謎の代物であるようだ。
バッカス曰く、神が魔法陣というガワだけ用意して奇跡を用意したとしか思えないとのことだ。
現状で言うと俺に取れる道は地道に研究を進めながら他に転移を研究している研究者を当たて情報を集めるか、紛失した古代のテクノロジーを求めて、モンスターの巣窟となっているダンジョンをそう当たりすることくらいだろう。
後者はある保証がないことを考えれば前者でコツコツやるのが無難だな。
「早く! 早く!」
長い金髪を揺らしてエルフの少女が串焼きの屋台の元に走っていく。
初日に会った時に少年の格好をしていたために性別を誤認していたエリアだ。
あの日はバッカスが腰をやっていて、エリアだけで外に買い物に行くしかなく、ロクデナシに襲われる確率を下げるために変装していたということらしい。
「コレ! 離れるんじゃない!」
「チッ! 邪魔なガキだな! 金も払えねえくせに俺の前に並んでんじゃねえ!」
バッカスが声を上げると単独で並んだエリアを見知らぬおっさんが蹴飛ばそうとし始めたので移動して両者の間に足を差し込む。
「で! いってええええ! 足に鉄仕込んでやがるなテメエ!」
かなり力を込めて蹴ったようで足を摩って苦悶の声を上げると逆上して殴りかかってきたので拳を掴んで止める。
「離せや! テメエ!」
「乱暴なことをしないと約束できるのなら離します」
拳を戻そうとして体を動かして、どうにもできないと悟るとステータス差があると悟ったらしく大人しくなってきた。
「……わかったよ。離してくれよ」
拳から手を離すと男を踵を返して元来た道を戻っていく。
子供相手でも全力キックをかます。
相変わらず最悪だなこの世界は。
「松吉よ、大丈夫か!? 足は?」
「大丈夫です。体だけは頑丈ですので」
「ごめんなさい……」
バッカスが心配して声をかけてくるとエリアが涙ぐみながら謝ってきた。
あのおっさんがカスなだけでエリアは悪くないのだが。
「別にエリアさんに非はないので気にしなくていいですよ。順番が回ってきたみたいですし行きましょう」
昼飯を買い食いしてバッカスの工房に戻ると、研究についての講釈を受ける。
「飲み込みが早いの。儂が趣味で研究しとった一分野でしかないとはいえ、一週間で全て伝授できるとは思うとらんかったわ」
「バッカスさんのわかりやすい指導のおかげですよ」
「ふ、抜かすわい!」
割とお世辞なしで言ったつもりだったが、バッカスは冗談だと思ったようで笑い飛ばすと神妙な顔をし始めた。
「のう……、このままここで居を構える気はないか? お主が来てから町のトラブルが減って皆よく笑うようになったし、何よりエリアがお主を痛く気に入っておっての」
ここに住むか……。
バッカスたちのような温厚な人たちはこの世界ではごく少数だし、悪くはないが元の世界に帰還するのは数年来の悲願だからな。
「すまんな。お主は異世界転移の方法を求めて旅をしとるというのに。今のはジジイの世迷言じゃ。忘れとくれ。それより今日はエリアの誕生日じゃ。儂は今からケーキを取ってくる。裏口から行ってくるから悟られんようにエリアの注意を引いてくれ」
「わかりました」
今日はエリアの誕生日なのか。
こっちにも気取れないようにする文化があるとは。
どこまでこっちと同じかわからないがバッカスがプレゼントを渡したら、俺も何か適当に見繕って渡しとくか。
アイテムボックスに見た目がいいだけで特に何も使えないものとか入ってるし。
正面から出て魔法を使って泡を作ったりして遊んでいたエリアの前でアイテムボックスからアイテムを取り出してエセマジックを披露し注意を引く。
バッカスがバレないようにそそくさと早足で移動するのを見送るとマジックで使った昔に薬草と間違えてとった草をエリアに渡して工房に戻る。
おそらくこれでバッカスがケーキを受け取りに行ったことはバレてないだろう。
あとは戻ってくるタイミングに出てて注意を引くだけだ。
今日俺は大分変な奴だと思うが、エリアは割と物事をありのまま受け入れるどっしり構っているタイプなので大丈夫だろう。
習得した魔法陣の確認をしているとそろそろかなと思う時間になったので外に出てエリアの注意を引きにいく。
立ち往生させてたらあれだなと思っていたが幸いなことにバッカスの姿がまだ見えない。
「何の音?」
少し早すぎたかと思うと何かが木にぶつかりながら近づいてくる音が聞こえてきた。
俺とエリアが音源の方をじっと見つめると赤い人が近づいくるのが見えた。
「に、逃げろ……」
全身赤染めで悪趣味だなと思うとバッカスの声が聞こえて、それが全身を切り刻まれたバッカスだと気づいた。
よく見ると肘から先はなく、真っ赤な顔は鼻と耳と皮が切り落とされ、肉が丸見えだ。
明らかに拷問されている。
「本当ゾンビみてえで面白え〜! このジジイ! クソ雑魚のチーちゃんお久〜! チーちゃんのところに行こうと思ったらちょうど一緒にいるって情報にあったジジイがいてさあ! このジジイ、敵わねえとわかると必死にお前らがいるのと逆方向に逃げようとすんだよ! こっちは場所知ってんのに馬鹿すぎてマジ笑い死ぬ! 面白えからこっちまで斬ってぶっ飛ばしてやりつつ来たわ! まあゴールに着いちゃったしジジイの首飛ばすか! チーちゃん、お前は許してくださいって懇願させつつ手足もいで殺してやるから待っててね〜!!」
後ろからバカ笑いをしつつ三人の女を連れたもう一人の異界の勇者──土岐陽気がバッカスを拷問した様子を心底可笑しそうに語る。
こいつの仕業のようだ。
心の底から殺意が湧いた。
「殺すぞお前」
「ッ!!」
「「「きゃあああああ!!」」」
土岐がバッカスの首を白い剣で飛ばそうするのと同時に「威圧」を掛けて本心をそのまま溢す。
土岐の動きが止まり、一瞬震え、女たちとエリアが恐慌に陥って逃げていくとメガネが自動で回復したらしくバッカスの傷が消えた。
逃げていないところを見ると土岐は「威圧」にかかっておらず、素でビビったようだ。
格下だと思っている俺にビビらされたことに腹を立てたのか、バッカスから俺に向き直ると土岐は顔を真っ赤にし怒鳴り始めた。
「死んだぞ! テメエエ! 隠キャ野郎!!」
───
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