第20話

「そうですか、残念ですね。

 いえ、そうじゃないかと思いました。」


「では、私はこれで失礼します。

 …お身体を大切に…。」


 綿津見は、

「良かったらお名前…。」

 女は頭一つ下げると、綿津見の息子がやって来る方向に背を向けて、砂浜を歩いて行った。

 一度も振り向かずに。


 しかし綿津見は、女の頬を伝う涙を見た。

 私も、一度も忘れた事は無かったよ。


「父さん、探したよ。

 どこ行ったかと思えば、ナンパしてるし。」


 息子が隣に並びながら、

「さっきの子はここの人なの?」

「さあ、どうだろう。」

「知り合いかと思ったよ、紹介してくれれば良かったのに。

 ねえ、美人だった?」

「そうだな、確かに美人だけど、お前の母さんには負けるな。」


「また始まった、父さんの自慢。

 俺の嫁さんは母さん以上、って言い出すんじゃないの?」

「お前には母さん以上の人を見つけて貰いたいんだよ。

 そんな人がいれば、の話だがな。」

「ハイハイ、ご馳走様。

 父さん、お茶でもご馳走すれば良かったのに。」


 綿津見は、残念そうにしている息子がこの浄土ヶ浜で、

「どこかでお会いした事はありませんか?」

 と、会話している姿を想像していた。


 私の碧よりも綺麗で、凛とした娘の美土里と息子。

 その時、こいつはどの道を選ぶだろう。

 夢の中の出来事と匂わせる程度に、私も手紙を残そうか。


 綿津見は、親父をここに連れて来てやれば良かった。

 私は有り難い事に、娘の美土里に会う事が出来た。

 妻の碧にも、二人の“みどり"にも感謝しなければならない。


「今日は、久しぶりに飲もう。」

「父さん、今日は調子良さそうだけど、大丈夫?」

「病は気からというだろう。

 懐かしい空気吸ったら、病気もどこかに飛んで行ったさ。

 まだまだお前には負けないぞ、それに…。」

「それに?」

「いや、飲みたい気分なんだ。」


 綿津見は、美土里と再会出来たお祝いに乾杯させてくれ。

 私の“みどり“達に乾杯だ。

 私の時代も終わりか、いよいよ幕引きだ、という言葉を飲み込んだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宿命の浄土 栗栖亜雅沙 @krsagscat

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画