第10話

 女性は、濃いブルーのワンピースを着て、パンプスは脱いで砂浜を歩いていました。

「あの、くっ靴が濡れますよ。」

 やっとの言葉でした。


 その背中が振り向くと、古風で端正な顔立ちに思わずときめきました。

 彼女は微笑みながら、

「ありがとうございます。

 宜しかったらお茶を一緒にいかがですか?」


 彼女の声は私の耳を甘くくすぐり、腑抜けの様な私は、それで昼飯も未だという事に気付きました。


「車で移動しますが、それでも宜しいかしら?」

 彼女は細くて、守ってあげたい印象なのに、しっかりとした母親の目をしています。

 その視線を受けると、まるで海を漂う様な、不思議な錯覚を覚えました。


 誘われるまま歩き出した私は、彼女は地元の人なんだろうか、その心を読む様に、

「私はここで生まれました。

 しばらく離れてはいましたが、思い出の場所に相応しいわ。」

 

 彼女の思い出に軽く嫉妬しながら、無意識に運転席に座り、案内を頼みました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る