第34話 【職人】
「何の用だ?」
中から現れたのは、職人のような風貌をした初老の男性だった。灰色の髪が短く刈り込まれ、鍛え上げられた腕が肌色の袂から覗いている。
「あの、先ほど聞こえた音について少し伺いたいんです。何かの武器を試しているのではと思いまして。」
ルークが尋ねると、男性は少し驚いた様子を見せつつも微笑んだ。
「ほう、興味があるのか?なら中に入れ。」
促されるままに家の中に足を踏み入れると、空気中に独特の焦げたような臭いが立ち込めていた。煙硝のような香りが鼻を刺し、何か燃やした後の残り香が充満している。
部屋の中央には大きな作業台があり、その上には木製のストックに長い金属の筒が取り付けられた、見慣れない形の武器が置かれている。戦国時代の火縄銃によく似ているが、いくらか改造が施されているのがわかる。
「…これは何ですか?」
ルークが武器を指差して尋ねると、男性はにやりと笑いながら答えた。
「これは“鉄砲”というやつだ。まあ、まだ完成には至ってないがな。」
「鉄砲……ですか…。国内で流通しているのでしょうか?」
ルークの疑問に、男性は首を振る。
「いや、こんなものを作っているのは俺だけだ。集落の皆も誰も興味はもたねえ。変な奴だと思われているよ。」
「なるほど…。では、どうやって使うんですか?」
ルークが興味津々でさらに問うと、男性は武器を持ち上げ、手元の部品を指し示しながら説明を始めた。
「これはな、鉄で作った弾を使うんだが、こいつを発射するには自分の魔力を込めて引き金を引くんだ。魔力が火薬の役割を果たす、ってところだな。」
その言葉にルークは驚きを隠せなかった。火縄銃のように見えるが、こちらの世界に適応するために魔力を使った改造が施されているのだ。この発想に感嘆しながらも、彼の視線は職人の鋭い眼差しと交わった。
「ところで、あなたのお名前をお聞かせ願えますか?」
「俺の名か…変な名を思われるかもしれんが…金兵衛という……。」
その瞬間、カゲロウの表情が一変し、驚愕の色が浮かんだ。
「金兵衛…?まさか、貴殿は八板金兵衛殿ではないか?」
職人――金兵衛は目を見開き、カゲロウを見返した。
「おっ、俺の名前を知ってるのか?お前も同郷か?」
カゲロウは深く頷き、少し得意げに答えた。
「ああ、私は以前松平家に仕えていた者でな、鉄砲を作った名を殿から耳にしたことがある。」
金兵衛はそれを聞き、大喜びで両手を広げる。
「そうか、同郷の者と出会えるなんて初めてだ!この異世界でお前に会えたのは、何かの縁ってやつかもしれねぇな。」
ルークも驚きとともに、彼の存在を再確認した。八板金兵衛――日本の戦国時代において初めて鉄砲を国内で製造したとされる職人。だが、彼の姿は普通の人間のままで、異世界での長い歳月を感じさせるような風貌ではない。
「貴殿は…以前の世界で死んでこの世界に来たのでしょうか?」
金兵衛は少し首をかしげて答えた。
「いや、そんなことはねぇ。ある日、家で鉄砲を作っていて外に出たら、気づけばどでかい城の中にいたんだ。それで国王ってのがいてな、すぐに追い出されたが。」
彼の体験談を聞き、ルークは考え込む。この世界に来る方法は一つではなく、金兵衛のように突然「転移」される場合もあるのか。異世界からの転生とは異なる新しい可能性に思いを巡らせた。
「金兵衛殿、その銃の威力をお見せいただくことは可能でしょうか?」
ルークが興味深く尋ねると、金兵衛は自信満々に頷いた。
「おう、任せとけ。見たこともないものを見せてやるよ。」
金兵衛は銃を手に取り、部屋の奥に備えられていた標的用の木製の板に向かって銃口を構えた。そして、自らの魔力を銃に込めるように集中し、ゆっくりと引き金を引く。
「パアン!」
再び響いたのはあの音。だが、今度は目前でその音が鳴り響き、銃口から放たれた弾が勢いよく標的を貫通した。金属製の板にぽっかりと空いた穴が、銃の威力を物語っている。
「…これは凄い。」
ルークが思わず感嘆の声を漏らすと、金兵衛は得意げに笑った。
「だろう?この銃は、魔力さえあれば誰でも使えるんだ。火縄銃とは違って、燃やす火薬もいらねぇから、どこでも撃てる。
だが今の状態だと、3発うったら、筒が壊れちまうんだ。だからもっと強度な鉄と木材を集めてるんだが....なかなか見つからねぇんだ....。」
ルークは金属製の標的に開いた小さな穴を眺めつつ、心の中で次の一手を考えていた。この異世界で戦いを有利に進めるためには、この「銃」という武器が大きな役割を果たすことになるかもしれない。
だが、金兵衛殿がただ一人で作り続けるだけでは到底足りない。ふと目の前の金兵衛殿に視線を移し、決意を込めて口を開いた。
「金兵衛殿、ひとつ提案があるんだが…」
「ん?なんだ?」
金兵衛は興味深げに顔を上げる。ルークは静かに一息つくと、丁寧に切り出した。
「是非オーガの集落に来て鉄砲を作っていただけないか。私たちの集落には広大な森があり、質の高い木材が手に入る。さらに、鉄鉱石も豊富で、良質な金属が得られる。…何よりも、あなたの技術を尊重し、報酬もしっかりお支払いするつもりだ。」
一瞬の沈黙が流れた後、金兵衛の目が再び輝きを増した。
「ほぉ、それはなんとも魅力的な話じゃねえか!」
金兵衛の口元に嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「まさに俺が欲しかったものが、全部揃ってるじゃねえか!」
彼の顔は喜びに満ちていて、まるで少年のようだった。目の前で嬉々として興奮する金兵衛を見て、ルークも思わず微笑んだ。金兵衛は手元の銃を握りしめながら勢いよく立ち上がり、大きく頷いた。
「よし!そいつぁ決まりだ!ちょっと待ってろ、俺は今すぐ長のところに行って許可を貰ってくる!」
金兵衛はそう叫ぶと、ルークの返答を待つ間もなく、勢いよく家を飛び出していった。ルークとカゲロウ、そしてティアは唖然としながらも、彼の背中を見送った。
ルークはふと静かな家の中に残された静寂に戻り、温かい気持ちが胸に広がるのを感じていた。未知の異世界で、また一人の頼もしい仲間を得ることができた。金兵衛の存在が、今後の戦いにどれほどの力をもたらしてくれるかを考えると、期待が膨らんでくる。
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