第33話【人間の集落】

 その日、ルークはティアやカゲロウたちと共に、オーガの集落にいる人間たちを解放し、人間の集落へと送るための準備をしていた。


 長きにわたり、オーガの集落で、不安のなか過ごしていた彼らは、出発の時が近づくにつれ、その目には希望と喜びの光が差し込んでいた。特にティアの妹たちは、これから向かう人間の集落での新しい生活に胸を膨らませている様子だった。


 森の中を進む一行は、穏やかな陽光ようこうが差し込む中で、一歩一歩確かな足取りで人間の集落へと歩を進めていた。カゲロウが慎重に辺りを見回し、他の天狗たちも護衛として付き添っているため、安心感がただよっていた。


 やがて人間の集落が視界に入ると、見覚えのある建物や道、そして遠くからこちらを見守っている人々の姿が見え始めた。オーガの集落から戻ってきた人々が現れると、待ちわびていた家族や友人たちは駆け寄り、再会を喜び合った。


 涙ながらに抱きしめ合う姿、微笑みを交わし合う様子が、集落全体に温かな空気を広げていた。ルークはその光景を眺めながら、深く息をつき、無事にここまで導けたことに胸をなでおろした。


 その後、ルークは集落の長に対して丁寧に挨拶をし、まず、オーガが今まで人間を奴隷として扱っていたこと、そしてさらっていたことを謝罪し、今後、オーガ・ゴブリンが人間を奴隷にすることを一切しない約束をした。


 長達もゴブリンにいる奴隷を解放してくれたこと、そしてオーガにいた人間達の健康状態は悪くなく、大きな傷を負っているものもいなかったため、そこまでひどいことはされていないと判断し、なんとか許してもらった。


 そして、改めて同盟の締結と援軍の派遣に対する感謝を改めて伝えた。そして、今後も協力関係を深めるために、さらに踏み込んだ提案を持ちかけた。


「もし今後も交流が深めて頂けるのであれば、物流の面でも協力していただけないでしょうか?」と、ルークは柔らかい口調で尋ねた。


 長老は興味深そうに彼を見つめ、腕を組んで考え込んだ。


「ほう、物流か。具体的には、どのようなものを想定しているのかな?」


 ルークは地図を広げ、オーガとゴブリンの住む集落付近の森について説明した。


「この森には、洞窟がいくつか点在しています。その洞窟からは質の高い鉄が採れるのです。また、豊富な木材もあります。そこで、鉄や木材を提供する代わりに、あなた方が製造されている防具と回復薬と物々交換をさせていただければと思います。」


 以前、カゲロウ達に人間の集落については、調査を行ってもらい、特産品や現在集落が欲しがっている物資を調査してもらった。


 現在、オーガ・ゴブリン達が持っている装備は武器も防具もレベルが低い。もし、可能であれば人間達が作成している装備全てが欲しいが、さすがに武器の提供は受けれてくれないだろう。せめて防具だけでも揃えられるようにしておきたい。


 長老はしばらく考え込み、そして満足そうに頷いた。


「それは非常に良い取引だと思う。人間の集落も、街を発展させるために木材や鉄が必要なのだ。こちらもその提案を受け入れよう。」


 こうして、オーガと人間の集落間で新たな物流の取り決めが成立し、双方にとって利益をもたらす協力関係が築かれることとなった。ルークは丁寧に礼を述べ、深々と頭を下げた。


 交渉が無事に終わった後、長老が少し気がかりな様子で口を開いた。


「ところで、ヘルガ王国のことについて、知っているだろうか?」


 ルークは眉を寄せながら答えた。


「ああ、ここから北の王国のことでしょうか?…。何か問題でも?」


 長老は静かにうなずきながら言葉を続けた。


「実は、オークがヘルガ王国の姫君をさらったという噂があるんだ。それにより、ヘルガ王国は姫君を救出するため、討伐隊を派遣する準備をしているらしい。」


 ルークはその話を聞いて、内心驚きつつも、冷静に情報を整理し始めた。


「その討伐隊の規模については、分かっているのでしょうか?」


「それが、どうやら大規模な部隊を派遣するのは難しいようだ。ヘルガ王国は魔王軍との戦いに力を割いている状態だからな」と長老は答えた。


 ルークは短く礼を述べ、「貴重な情報をありがとうございます。」と伝えた。その情報は今後の戦略にも役立つだろうと考えつつ、彼は再び深く頭を下げた。


 その時、不意にパアンという乾いた破裂音はれつおんが空気を裂いた。昔、どこかで聞いたことがあるような音に、ルークの胸がざわめいた。頭の中で記憶の断片だんぺんが浮かび、これは確か、テレビなどで聞いたことがある音に似ていることに気づいた。


 ルークはその場にいた人に尋ねた。「今の音は…何の音なんでしょうか?」


 すると、近くにいた青年が慣れた様子で答えた。


「ああ、それならこの集落に来た人間の一人が作った武器の音さ。彼が何か発明したらしく、たまにこんな音が鳴るんだ。もう皆、慣れたもんさ」


 ルークはその言葉に興味をそそられた。もしそれが自分が想像している技術に関係しているのなら、それを手に入れることで、戦において大きな利を得ることができるかもしれないと考えた。


 ルークはすぐに、その武器を作っている人物の居場所を教えてもらい、早速向かうことにした。


 案内役の青年が指し示したのは、集落の少し離れた端にある木造の小屋だった。建物の周りには、使用済みの鉄くずや道具が無造作に積み重なっていて、煙がうっすらと立ち上っている。どうやら、ここが目的の場所のようだ。


 ルークは深呼吸をしてから、ゆっくりと小屋のドアをノックした。すると、中から低い声が聞こえてきた。

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