第32話 【ミッションクリア】

 数日前のこと、天狗族のカゲロウたちがゴブリンの集落に赴いた。かつてのゴブリンの長 ヘール との交渉で約束した通り、ゴブリンの集落にいる人間の奴隷達を、人間の集落に送り届けるためだった。


 ルークはその場に立ち会えなかったが、後で聞いた話によれば、カゲロウ達が無事に人間の集落に送り届けると、集落にいる人間たちは涙を流しながら家族や友人との再会を果たし、喜んだという。


 ゴブリンの集落にいた人間たちは、長い別離の果ての再会に胸をふるわせ、彼らを救い出してくれたことに、心からの感謝を示したとのことだった。


 その後、カゲロウがルークのいるオーガの集落へと戻ってきた。カゲロウの表情には決意が浮かんでいた。ルークが声をかける前に、カゲロウは深々と頭を下げ、静かに言った。


「ルーク様、私たち天狗族は、同盟ではなく、貴殿の配下にしていただきたい。」


 ルークはその言葉に少し驚いた。カゲロウは続けた。


「貴殿のもと、諜報ちょうほう部隊として、配下に加えて頂きたい。貴殿の指揮のもとであれば、いかなる困難も乗り越えられると思っている。また、今回戦ったことで、天狗族も狙われる可能性があるため、貴殿の配下として戦っていきたい。」


 ルークは彼の真剣な眼差しに答えるべく、深くうなずいた。そして、自然と笑みが浮かび、しっかりと手を差し出した。


「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いします。カゲロウ殿。」


 その瞬間、カゲロウはふっと微笑みを浮かべ、すっと顔を上げると言った。


「配下になった以上、今後は私に敬語を使わないでいただきたい」


 その言葉にルークは少し困惑し、眉をひそめたが、カゲロウの意思の強さを感じ取って、渋々ながら了承したのだった。


 それから、戦後処理に取り掛かったルークは、これまでの防衛地点を見直し、今後の備えとして新たな砦の建設を命じることにした。


 具体的には、人間とオーガの集落の間、そしてオーガとゴブリンの集落の間にそれぞれ砦を築くこととした。人間達とはこの戦で同盟を結んだものの、奴隷を解放したら、解消となる。また、ゴブリンもすぐに裏切って攻めてくる可能性だってある。よって、防衛体制を築いていくのは急務だろう。


 夜が更け、戦後処理に一区切りがつき、ようやく自室に戻ったルークは、深く息をつき、しばしの安らぎを得ようとした。そのとき、突然、彼の頭の中に淡い音が響いた。


「ミッション達成しました。味方のスキルが変更出来るようになりました。また、鑑定スキルもレベルアップしました。」


 その知らせに、ルークはすぐさま「神の経験値 ミッション」の画面を開いた。そこには「ゴブリンとの争い解決ミッション」が完了と表示され、新たにスキルを変更する機能が追加されているのが確認できた。


 興味を惹かれたルークは、自分のスキルを試しに変更しようとしたが、どうやら自分自身のスキルには手を加えることはできないようだった。


 少しがっかりしたものの、仲間たちのスキルを強化できる可能性に目を向け、これがもたらす利点について考え始めた。


 また、鑑定スキルがレベルアップしたことを喜び、その効果を確かめてみるため、ふと階下にいる幼馴染のリサを鑑定してみることを思い立った。


 静かに階段を下りると、台所で夕食の準備をしているリサの後ろ姿が目に入った。彼女の肩にかかる髪が、揺れるたびにやさしい光に反射し、穏やかな雰囲気を漂わせていた。ルークはそっと彼女に目を向け、鑑定の力を集中させた。


 名前:リサ

 種族:オーガ

 年齢:18歳

 職業:魔法使い

 ランク:1

 統率:C

 力:F

 魔法力:D

 防御力:D

 魔防力:C

 忠誠心:S

 スキル:ファイアーボール


 彼女のステータスを確認していると、これまでには見られなかった「ランク」や「統率」という項目が表示されていることに気づいた。


 ランクが何を意味するのかまではわからなかったが、「統率」のステータスに関しては、今後新たな部隊を設立しようと考えていたルークにとっては参考になるものだった。


 リサは夕食の支度をしながらも、ルークの視線に気づいて、少し頬を赤らめた。


「…ルーク、どうかしたの?そんなに見つめて?」


「いや、なんでもない。ただ…その…ありがとう、いつも助けてくれて」


 突然の感謝の言葉にリサは少し戸惑いながらも、微笑んで返事をした。


 リサは、手に持っていた木の匙を少し握り直しながら、柔らかい笑顔をルークに向けた。彼のいつもとは違う感謝の言葉が、少し心に響いたのだろう。彼女の頬が赤みを帯びたまま、静かな声で応えた。


「…私ができることなんて、本当に少しだけ。でも、ルークがそう言ってくれると、頑張って良かったって思えるよ」


 ルークも少し照れたように視線をそらしながら、軽くうなずいた。リサのささやかな献身が、彼にとってどれだけ大きな支えとなっているかは、言葉ではうまく表現できないほどだった。けれど、その思いを何とか伝えたい気持ちも、胸の奥でふつふつと湧き上がっていた。


 少しの沈黙が流れた後、リサが静かに口を開いた。


「それにしても、今日は本当に色々あったね。…カゲロウさんたちも仲間になったし、次はこの集落にいる人間さんたちを送り届けないとね。」


 ルークはうなずきながら、少し前の出来事を少しずつ思い返した。ゴブリンの脅威を取り除くために、天狗族や人間の集落との連携を果たしたこと。そして彼らが、オーガとしての立場を超えて協力を誓った瞬間が、今でも鮮明に記憶に刻まれている。


「そうだな。これで少しは落ち着いたけれど、今後のことも考えないといけないんだ」


 リサは、ルークの言葉に真剣に耳を傾けながら、再び視線を合わせた。その瞳には、ルークに対する信頼と、彼が進もうとする道を支えたいという強い意志が宿っていた。


「…ルークが決めた道なら、私はそれについていくよ。いつだって、あなたの力になりたいから」


 その真っ直ぐな言葉に、ルークの胸が温かさで満たされた。言葉にできない思いが伝わってくるようで、彼は静かに微笑んで頷いた。

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