第30話【祝勝】

 オーガの集落へ戻ったルーク一行は、兵士ではない人間やオーガたちを解散させ、それぞれの家族の元に戻るよう指示を出した。


 集落に残るのは、戦士として戦いに参加した人間、オーガ、そして天狗の兵士たちだ。彼らの顔には、戦場での緊張感から解き放たれた安堵と勝利の喜びが浮かんでいる。


 勝利を祝うため、オーガたちが既に用意していた祝勝会がすぐに開かれた。夜空の下、焚き火がぼんやりと燃え上がり、その炎に照らされた食卓が広がる。


 大皿に盛られた料理や飲み物が並べられ、戦いの傷も癒えぬままだが、兵士たちは徐々に宴の雰囲気に身を任せていった。


 最初は、種族間の壁があり、会話もぎこちないものだった。だが、時が経つにつれて、人間とオーガ、天狗の戦士たちは少しずつ打ち解けていく。杯を交わし、笑い声が響き始める。


 互いに戦場を戦い抜いた仲間として、種族の違いを超えて、絆が生まれつつあったのだ。


 ルークもまた、さまざまなオーガ達・天狗達から話しかけられ、感謝の言葉を受ける。「貴方がいてくれて本当に良かった」「命を預けてよかった」——


 そんな言葉を聞くたびに、本来であれば嬉しい気分になるはずだったが、そうではなかった。彼は心のなかでやりきれない気持ちがどこにあったのだ。


 ルークは静けさを求め、夜風にあたりに行くと告げて席を立った。宴の騒がしさから少し離れ、夜の静寂に包まれた場所へと歩を進めた。冷たい夜風が頬を撫で、戦いの疲れが少しずつ彼の体を包んでいく。


 しばらく空を見上げていると、ふと足音が聞こえた。振り返ると、そこに立っていたのはカゲロウだった。彼は軽く微笑みながら言った。


「こんなところで何をしている。皆、貴殿を待っているぞ」


 ルークはしばらく黙ったまま、再び空を見上げる。そして、ゆっくりと口を開いた。


「今回の戦いで、少なくとも50の死者が出ました……。」


 その言葉にカゲロウが静かに頷き、彼を促すように視線を向けると、ルークは続けた。


「自分の作戦で誰かが命を落とすことになるのは分かっていましたが。それでも、実際に遺体を目の当たりにすると、どうしてもやりきれない気持ちになるんです……。」


 言葉を絞り出すように語るルークに、カゲロウは温かい眼差しを向けながら、一拍置いてから返した。


「その思いこそが、貴殿を優れた指導者にしているのだろう。だからこそ、皆が貴殿を頼りにしている。誇っていい。」


 ルークはそれに頷きつつも、重く息を吐いた。


「それでも……。戦で命を失ったものたちの家族が、彼らの遺体と対面して泣き崩れる姿を見たとき、どうしても自分の胸にわだかまりがあるんです……。


 本当は誰も死なないようなはかりごとがあったんじゃないかと……。」


 ルークの顔には、戦の勝利を喜ぶ以上に、命を預かる者としての重責が刻まれていた。誰もが戦に挑む以上、覚悟をしている。しかし、その覚悟を超えた感情がルークを苦しめていた。


 カゲロウはルークの言葉を黙って受け止め、しばらく無言のままだった。やがて彼は、静かに語り出す。


「初めて貴殿と会話したとき、孟子の言葉を引用したときから、貴殿が転生者であり、以前は学のある者だとは思っていた。しかし、まだ実戦経験はまだ無かったようだな……。」


 カゲロウは一瞬、遠くを見つめるように視線を宙にさまよわせた。そして、自分が思うことを言葉に乗せてゆっくりと話し始めた。


「戦というものは、いつだって命が失われる場所だ。戦場で命を落とす者も多く、見送る者もまた、悲しみを抱えている。


 しかし…それでも、前に進み続けるしかない。亡くなった者たちの分まで、前を向かなければならない。」


 カゲロウの言葉に、ルークは静かにうなずいた。


「私もかつて、ある人物に仕えていた。その方も、若くして高い地位につき、まだ幼いながらも皆を率いて戦場で戦った。


 戦場で仲間が倒れても、悲しみに呑まれず、とにかく前へ進むような方だった。


 そして、私に教えてくださったのだ。前へ進むことが、亡くなった者たちへの何よりの弔いなのだと。」


 彼の声にはどこか懐かしさが滲み、ルークはその感情の裏にある深い敬意と愛情を感じ取った。その瞬間、彼の脳裏に浮かんだのは一人の誰もが知る人物であった。


「その方は……もしや……松平元信殿(現:徳川家康)でしょうか?」ルークは思わず声に出していた。


 カゲロウは驚いたように目を見開き、やがて深くうなずく。


「やはり気づいておられたか......。


 そうだ、貴殿は殿によく似ているのだ。殿も、決して実戦経験が豊富なわけではなかったが、寝る間も惜しんで学を大切にし、そして戦場に出るときは情報を第一とし、多様なはかりごとを用いて戦ってきた。貴殿の戦い方は殿に似ている。」


 カゲロウの瞳には敬愛の念が宿り、その表情にはかつての主への深い想いが浮かんでいた。それを聞いたルークの胸には、じわじわと嬉しさと勇気が広がっていく。


「カゲロウ殿、いや本田正信ほんだまさのぶ殿が私にそのようなことを言ってくれるとは、光栄の極みです。」


 ルークの顔には自然と笑みがこぼれた。


 その言葉に、カゲロウの表情が一瞬驚きに変わる。


「…貴殿、私のことも知っておるのか?一体、どこの生まれの者なのだ?」


 ルークは深い呼吸をしてから、静かに答えた。


「私は……貴殿の数百年後から来た者です」


 カゲロウは驚きに目を見張り、やがて口元に微笑を浮かべた。


「なるほど……そうか。我々が生きた時代から数百年後も、私や殿の名が知られているとは嬉しい限りだ」


 その言葉にルークも笑みを返し、二人はしばらくの間、何も言わずに夜空を見上げていた。夜は更け、星々はさらに輝きを増し、静寂の中で二人の絆が強まっていくのを感じた。

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