第20話【軍議】
ルークは、カゲロウとの交渉が無事に成立した瞬間から、居ても立ってもいられなかった。
天狗族との同盟を実現させたという喜びが心の中で熱く広がるのを感じながらも、集落で待つ仲間たちに知らせなければという使命感が彼を突き動かしていた。
この知らせをいち早く皆に伝えるべく、ルークはカゲロウと共に集落へと急いだ。
集落へとたどり着いたルークは、少し荒い息を整え、集まった仲間たちの前に立った。そして、彼の隣にはカゲロウが立っている。
天狗族を代表する者がここにいるという事実が、言葉を超えた説得力を持って皆に伝わるのをルークは感じた。
ルークの報告を聞いたオーガたちは、その表情が次第に驚きに変わり、やがて喜びの声があちらこちらから湧き起こる様子に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
ルークが天狗族との同盟の成功を伝え、そして目の前にいるカゲロウを紹介すると、オーガたちの表情が一変した。
長く苦しい戦いに孤軍奮闘してきた彼らにとって、今この時がどれほどの救いであるかは一目で理解できた。
集落の空気が変わり、緊張の糸がほぐれるようにその場は和やかな雰囲気に包まれていく。
その目には、ルークへの称賛と感謝、そして彼がもたらした希望が映っていた。
その喜びも冷めやらぬ中で、次に現れたのはルークの弟たちと、彼の幼馴染であるティアだった。彼らもまた新たな報告を携えて戻ってきた。
ティアの瞳には疲れが滲みながらも、確かな誇りが宿っているのが見て取れた。彼女は、ゴブリンにいる人間の奴隷を解放することを条件に、人間の集落との同盟と勝ち取ることに成功していたのだ。
ゴブリンにいる集落の人間の奴隷は、隣にいる集落の人間出身だったものが多かったのと、ティアを知っている人が多く、交渉も容易に終わったのことだった。
そして、同行している人間集落の町長がその証明として姿を現したとき、オーガたちは一様に息を呑んだ。
長年隔てられてきた種族間の距離が、彼らの前で今まさに縮まっていく瞬間を目の当たりにし、感極まったオーガの幾人かが小さく歓声を上げる姿があった。
その後、驚きの表情が次第に喜びと感謝へと変わり、彼らの視線が一斉にルークへと向けられる。彼らは初めて真の感謝と尊敬の念を、ルークへと捧げたのだった。
だが、安堵するのもつかの間、ルークは再びその場の空気を引き締める決断を下した。戦況は刻一刻と進み、彼らにはもはや余裕などなかった。
時間は限られており、速やかに次の戦略を決める必要がある。彼は素早く軍議を開く意向を示し、関係者を集めるように指示を出した。
軍議の場として選ばれたのは、ルークの家の一室だった。そこに集まったのは、幼馴染のティア、彼の頼りになる弟たち、同盟を結んだ人間集落の町長、そして天狗族のカゲロウという少数精鋭の面々だ。
彼らは皆それぞれの使命を理解し、重責を背負いながらも、この場に集まることの意義を心に刻んでいた。静寂の中で、ルークを中心とした軍議が今まさに幕を開けようとしていた。
ルークは厳粛な面持ちで、目の前に集まった仲間たちへと戦略を伝え始めた。
「今回は短期決戦で終わらせるつもりだ。」
その声は硬く、全員の耳にしっかりと響く。
「この戦いの最低条件は、ゴブリンの軍師とゴブリンの長を打ち取ることにある。もし両者を半日以内に討てなければ、迷わず撤退する。」
短い沈黙が流れる。すぐさま緊張が走るのを感じながら、彼は続けた。オーガの戦える兵の内訳について説明し、守備として50名を残すため、戦地には550人の兵を投入すると話す。
また、同盟した人間たちが100人、天狗族が50人加勢する予定であると伝えた。これにより、各勢力が持つ戦力が明らかとなり、皆がそれぞれの役割をしっかりと意識し始めた。
そして、ルークは戦闘の場として決めた場所についても説明を加えた。ゴブリンの本拠地とオーガの集落の森の中間に位置する開けた場所で戦うという提案に、少しばかり戸惑いの色が浮かぶ者もいた。
すると、ルークの弟であるレンジが口を開き、疑念を表した。
「ルーク、こちらの数が少ないのにゴブリン相手に開けた場所で戦うなど、あまりに危険ではないではないか?」
レンジの声には一抹の不安と、率直な疑問が込められている。
「そもそも、森の中で奇襲を仕掛ける方が有利ではないかと思うのだが……それと、なぜ我々オーガ兵のみで戦う必要がある?
人間と天狗達と一緒に戦えばいいだろう...」
ルークは冷静に頷きながら、弟の疑問を受け止めた。次に言葉を慎重に選び、レンジの質問に答え始める。
「森の中で奇襲を仕掛けることが悪いわけではない。確かに、遮蔽物が多くこちらに有利な戦局が作れるだろう。しかし、森で戦う場合、問題がある。」
ルークは意を決して、弟たちと集まった者たちに鋭い視線を向けた。
「森の中では、ゴブリンの軍師と長を見失い、逃がしてしまう可能性がある。加えて、ゴブリン側の軍師もまた、私たちが森で奇襲をかけると読んでいるだろう。
奴らにとって、開けた場所での戦いは想定外だと考えられる。」
皆が静かにルークの言葉に耳を傾け、その意図を飲み込もうとする中、ルークはさらに重要な点について説明を続けた。
「オーガ兵のみで戦うのか?それにも理由がある。」
ルークは息を整えながら、慎重に説明を続けた。
「今回の勝機は、天狗族と人間との同盟がまだゴブリンに察知されていない点にある。ゴブリンたちにとって、俺たちが外部の勢力と手を組んでいるとは思っていないはずだ。そこが奴らの唯一の隙なんだ。」
彼はさらに言葉を続けた。
「もし、オーガ兵だけで戦っているように見せかければ、ゴブリンたちは通常通りの戦力で挑んでくるだろう。
そして、その隙をつくのが俺たちの狙いだ。オーガ兵のみを表舞台に立たせることで、敵の油断を誘い、最も効果的な瞬間に天狗族と人間の力を投入する。
そのときこそ、ゴブリンの指揮系統を崩壊させ、確実に軍師とゴブリンの長を討つ絶好の機会になるんだ。」
レンジはその説明を受け、兄の戦略がただ力で押し切るのではなく、相手の弱点を巧妙に突くものであることを理解し始めた。
その後、ルークは全員にそれぞれの動きについて詳しく説明し、カゲロウを中心に相談を重ねた。オーガの兵たちは最前線に立ち、戦闘が始まる合図となる。
皆が真剣な表情でその戦略に耳を傾け、時折疑問や改善案が飛び交う中、ルークは一つ一つに冷静に応じ、全員の理解と納得を得ていった。やがて、次第に夜が更け、深夜の静寂が会議の場を包み込んでいた。
暖炉の炎がゆらめく中、各自が準備に備えるため席を立つ頃には、ルークはどっしりとした決意を胸に抱き、全ての役割が互いに噛み合う確信を得ていた。
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