第19話【交渉2】

「貴殿の理想については理解した。人間と魔族が共存し、争いのない平和な未来を築こうというその考え、それは確かに誰もが望む理想だ。


美しく聞こえるし、耳障りもいい。だが、そんな理想だけでこの世界を変えられると思われているのか?」


彼は少し間をおき、言葉をさらに重ねた。


「貴殿の理想は確かに素晴らしいが、私が知りたいのはもっと根本的なことだ。貴殿が本当に何をしたいのか、何を目指しているのか。単に平和を求めているだけの男なのか......それとも、この世界で何かもっと大きな野望を抱いているのか......」


カゲロウの声には、強い挑発が込められていた。それは、単なる理想論ではこの世界を変えることができないと知る者の言葉だった。彼はルークが言葉に隠している本心を暴こうとしていた。


「綺麗ごとを言っているだけでは、戦場で生き残れない。それに、魔族も人間も、そんな甘い考えだけで従わせることはできない。私は、君が本当は何を考えているのか知りたい。君の理想の先に、何を見据えているのかを聞きたい。」


その言葉には、鋭い知性と、過去の経験からくる警戒心が滲んでいた。カゲロウはルークの言葉の裏にある、本当の動機を引き出そうとしているのだ。


ルークはカゲロウの言葉を聞き、しばし沈黙した。彼の言葉は正論であり、同時にルーク自身が考えていたことでもあった。ただの理想論では、この世界で何も変えることはできない。


平和の追求という綺麗ごとだけでは、戦火の中にいる魔族も人間も、決して自分に従うことはないだろう。


ルークは深く息を吸い、脳をフル回転させた。自分が本当に望んでいることは何なのか。「神の経験値けいけんち ミッション」のために世界平和を望んではいるが、この異世界はまるで戦国時代に似ている。


無秩序で、力が支配する世界。理想を語るだけでは、何も成し遂げられない。だが、力を持ち、知恵を駆使すれば――天下を取ることだってできるかもしれない。


(自分が本当にしたいこと......それは.......)


この疑問が頭をよぎるたびに、心の奥底に眠っていた欲望がはっきりと浮かび上がってくる。そうだ、自分この異世界でただ生き延びるだけでは満足できない。


戦乱に満ちたこの世界で、ただの平和を願うことは甘すぎる。本当のところ、自分はこの戦国時代のような世界で、力と知恵を駆使くしして頂点に立ちたいんだ。天下を取り、全てを掌握し、この地に自分の名を刻みたい。


ただの理想ではなく、自分の中に確かな野心がある――この世界で、天下をとり、魔族と人間が共存できる秩序ちつじょを築くことこそが、自分の本当の望みなのだ。


ルークの頭を巡り始めたとき、カゲロウのステータス、旗に描かれた家紋、そして「鷹匠」という職業が改めて、すべて繋がっているのではないかと考え始めた。普通の天狗とは異なる存在感を放つカゲロウ。


可能性は限りなく低いが、歴史に精通せいつうするルークはある一つの仮説に思い当たった。もしかすると、この男は相当な戦国好きのオタクか、いや、もしかしたら本物の......なのか?


もし、そうであれば、この人を説得できる可能性はある....


ルークは深く息を吸い、静かに口を開いた。


「正直に話します。私が目指すのは、ただ平和を築くことだけではありません。もっと大きな野望があります。私は......この世界で天下を取りたいのです。」


その瞬間、カゲロウの目が微かに動いたが、冷静な表情は変わらなかった。ルークはそのまま続けた。 


「『天時は地利に如かず、地利は人和に如かず』私が尊敬している孟子という方の言葉があります。これは、どれだけ良い時期や地理的条件が揃っていても、最も重要なのは人々の心のつながりだという意味です。


人々そして魔族が心を一つにして協力し合うことで、初めて困難な状況を乗り越えることができる。私はその心を掴むことで、この世界を変えるつもりです。


力だけで支配するのではなく、皆が自ら共に生きたいと思うような世界を作り上げる必要があります。真の平和と繁栄は、ただの支配によってではなく、自発的に協力することで初めて得られるからです。


だが、そのためには貴方の力が必要です。私一人では到底この理想を実現することはできません。貴方のような存在が必要なのです。」


ルークの真摯しんしな言葉が静寂を破り、カゲロウは沈黙の中で思索を続けていた。もし、彼が本物であれば、かつて仕えた誰かの影が、重なっているかもしれない。その昔、理想を掲げた主君の姿を思い出しているのかもしれない。


しばらくして、カゲロウは口を開いた。


「…いいだろう。貴殿の本心を聞き、賭けてみる価値はあると思った。ただし、覚えておいて欲しい、この道は決して容易ではない。それでも進むというのなら、協力させて頂こう。」


ルークはその言葉に安堵の息をつきながら、同時にこれからの厳しい道のりを強く意識していた。カゲロウの承諾を得たことで、新たな道が開かれたが、そこには数多くの困難が待ち受けているだろう。


その様子を見つめるリサは、ルークの横で小さく息をついた。彼の言葉がカゲロウの心に届いたことを知り、彼女の心も安堵に包まれた。


「ルーク、あなたは本当にすごいわ。やっぱり、信じてよかった。」


彼女の心の中に流れる安心感は、彼の成長を確信するものだった。


ルークを改めてカゲロウを見つめる。

カゲロウがもし.........もし本物だったらとても心強い味方になる。


本多ほんだ弥八郎正信やはちろうまさのぶ......あの徳川家康に参謀さんぼうとしていた仕えていた戦国時代でも指折りの軍略家だ。

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