第17話【天狗との邂逅】

 険しい山道を少し進んでいると、突然、ルークとリサの周囲に何か異様な気配が漂い始めた。空気が急に緊張したように、静寂せいじゃくが訪れる。


 ルークはその変化を敏感に感じ取り、リサと視線を交わした。


「何かが……来る。」


 リサも同じように感じたのか、表情が引き締まる。そして、山の木々の間から現れたのは、人間に似ているが、明らかに異質な存在だった。


 彼らは赤い天狗の仮面をつけており、その背中には大きな黒い羽が生えていた。服装は和装のようなものに身を包んでおり、どこかおごそかな雰囲気を漂わせている。


「天狗……か?」


 ルークは思わずそう呟いた。リサも驚いた表情で天狗たちを見つめている。


 天狗の仮面をかぶった者たちは何も言わず、ただ静かにルークたちを見つめていた。そして、その中の一人が前に出て、冷静な口調で告げた。


「頭が待っている。ついてこい。」


 その言葉に、ルークは少し困惑した。まだ何も話していない。用件を伝える前に、すでにこちらの意図を察しているような態度だった。


「……えっと、まだ話が……」


 ルークが要件を言おうと口を開いた瞬間、別の天狗がその言葉を遮った。


「分かっている。」


 その短い言葉に、さらに混乱するルーク。彼らはすでにこちらの目的を理解しているというのだろうか?だが、どうやって?ルークは思考を巡らせたが、答えは出てこない。


 まだ何も説明していないにもかかわらず、この反応はどうも腑に落ちない。


「どうする?」


 リサが小声で問いかけてきた。彼女の目には警戒心が宿っているが、それ以上に冷静さを失っていない。


 ルークは一瞬考え、そしてリサと視線を合わせた後、軽く頷いた。ここで無理に逆らうのは得策ではないだろう。


 天狗たちの真意はまだ分からないが、少なくとも今のところ敵対的な態度は見せていない。


「分かった。案内してくれ。」


 ルークは天狗たちにそう答えた。


 天狗たちは無言のまま再び動き出し、ルークたちを案内する形で歩き始めた。道の先には、天狗の頭が待っているという。


 ルークとリサは、天狗たちに促されて歩き始めた。山道は険しく、足元に転がる岩や木の根が進路を阻む。


 風が木々を揺らし、周囲の静寂に時折かすかな葉擦れの音が混じるだけだった。


 天狗の仮面を被った者たちは、自分達を無言で導いていく。


 この先に何があるんだ……?


 ルークは内心の不安を押し隠しながらも、リサと目を合わせた。彼女もまた、緊張しているようだが、冷静さを保っている。


 これまでの彼女との関係を思い出し、彼女がここにいることが少しだけ心強く感じられた。


 やがて、目の前に大きな洞窟が現れた。洞窟の入口は広く、黒々とした開口部が彼らを飲み込むかのように口を開いていた。


 天狗たちは無言のまま、洞窟の中へと進んでいく。


 ルークもそれに続くが、洞窟の中は外と同じく冷たい空気が流れ、石の壁が冷たく光っていた。


「ここは……?」


 ルークは周囲を見回した。中は明らかに長い間使われていない様子で、生活感がほとんどない。


 天狗たちが普段からここで生活しているわけではないことは一目瞭然だった。


 それでも、洞窟の奥へ進むと、壁に灯された火がチラチラと揺れ、薄暗い空間をかすかに照らしていた。


 洞窟の奥に進むと、やがて広い空間に辿り着いた。そこには、他の天狗たちとは異なる雰囲気を持つ、一人の男が座っていた。


 男は、昔の戦の陣中でよく見られたような小さな折りたたみ式の椅子に静かに腰掛けていた。


 だが、その姿は威厳があり、まるで戦の指揮官が陣中で戦略を練るかのように、背筋を伸ばし、鋭い目でこちらを見つめている。


 その小さな椅子は簡素でありながらも、彼の落ち着いた態度と重厚なオーラが相まって、周囲に静けさと緊張感を漂わせていた。


 また、男は他の者たちが赤い仮面をつけている中、ひときわ目立つ白い天狗の仮面をつけている。その姿はどこか威厳を感じさせ、ルークは思わず息を飲んだ。


「貴方が……この天狗たちの長でしょうか?」


 ルークは自然と口をついた。白い仮面の男は静かに頷き、低く深い声で応じた。


「そうだ。私はこの天狗たちの長だ。貴殿たちがここへ来た理由は既に知っている。


 ゴブリンとの戦争を終わらせるため、我々天狗や人間たちと同盟を結びたいのだろう。」


 その言葉に、ルークは驚きを隠せなかった。まだ何も話していないのに、自分達の目的がすでに知られていることに困惑したのだ。


 しかし、すぐに冷静さを取り戻し、状況を整理しようとした。


「どうして……知っているのでしょうか?オーガの集落で、貴方達の天狗の姿を見たことはないのですが……」


 疑問を抱いたルークは、無意識にステータスの鑑定を行った。白い仮面の男のステータスが瞬時に目の前に浮かび上がる。


 そこには「変身」のスキルが記されていた。それを見たルークは、すぐに納得した。


「我々天狗は、この地周辺の情報を集めている。特に貴殿たちオーガ・ゴブリン・オークや、周辺の人間たちについては、常に監視してきた。事情もよく知っている。」


「なるほど……事情は全てご存じなんですね。ただ、改めて事象を説明させて頂きます。私の名前はルーク。


 両親はゴブリンの裏切りにより命を落とし、今は父親に変わり、自分がオーガの頭です。


 今回はゴブリンとの戦いに備え、同盟を結び、共にゴブリンを討つ力を貸してほしいのです。」


 ルークは自分の置かれた立場と願いを伝えた。天狗の長は静かに彼の言葉を聞き、しばらくの沈黙の後、口を開いた。


「その前に話がある。貴殿がどこまでこの先を見ているのか、知りたい。同盟を結ぶかについては、その後だ。」

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