第16話【天狗の集落へ向かう道中】

 翌日ルークは大広間の中央に立ち、オーガたちの真剣な視線を受け止めながら、静かに口を開いた。


 天狗族や人間との交渉が失敗した場合、他に選択肢はほとんど残されていない。


 無駄な戦いを続ければ、彼らの命も、そしてオーガ一族全体の存続も危ぶまれる。それを回避するためには、降伏という厳しい決断をしなければならないのだ。


「これから、天狗族と人間と同盟を結んで、援軍を出してもらうようにする。もし交渉がうまくいかなかった場合、俺たちは……降伏しに行く。」


 その言葉が静まり返った大広間に重く響いた。彼は周囲の顔を一人ひとり見渡し、目の前に立つ仲間たちがこの現実をどう受け止めているのかを見極めようとしていた。


 オーガたちは不安と戸惑とまどいが混ざった表情を浮かべつつも、誰一人として反論する者はいなかった。


 ルークは自分の拳を強く握りしめ、決意のこもった視線で皆を見つめた。これは覚悟のいる決断だった。しかし、オーガたちの生き残りを考えると、それしかないと感じていたのだ。


「俺たちは交渉に全力を尽くすつもりだ。だが、それでもうまくいかなかった場合、無意味な戦いで命を失うよりも、この地を守るために降伏という選択を取る。


 その時は俺たちが先頭に立ち、責任を果たす。だから、同盟の成立に備え、どんな時でもすぐに戦える準備をして欲しい。」


 オーガたちは静かにうなずき、ルークの言葉を重く受け止めた。彼らもまた、この戦いの行方が決して簡単なものではないことを理解していた。


 戦うだけがすべてではなく、生き延びるための手段も必要だと感じ始めていたのだ。


 もし、自分の両親やリサの両親が生きていたのであれば、ゴブリンと戦える選択肢が増えるであろう。しかし、先の戦いで殺されてしまったため、力のある人材、指揮を出来る人材がほとんどいない。だから今の選択が最善であると考えている。


 ルークはその場の緊張を感じながらも、次の段階へ進む準備を整えた。









 馬の蹄が草を踏む音だけが静かな森の中に響く。ルークとリサは、天狗族の集落を目指して山道を進んでいた。


 天高く伸びる木々の間からこぼれる陽の光が道を照らし、冷たい風が顔を撫でる。この静かな

 道のりが、次の交渉が持つ重みを一層感じさせる。


 大広間での会議が終わった後、すぐにルーク達は天狗族との交渉に向かうため、馬を走らせていた。


「この道を進んであと6時間くらいで、天狗族の集落に到着するはず。」


 リサが静かに口を開いた。ルークは少し前を見つめながら頷いた。


「そうか……弟たちとティアさんも、今頃人間の集落に向かっているはずだな。」


 弟たちとティアさんは人間の集落へ向かい、交渉を進めるために馬で移動中だ。


 幸い、天狗族の集落も人間の集落もオーガの集落から同じぐらいの距離のため、馬で6時間もあれば到着するとのこと。


 ルークはリサと共に馬で天狗の集落へ向かっている最中、彼女からこの世界について色々と教えてもらっていた。


 自分の記憶には残っていないが、彼が転生後に持つ両親についての話や、この世界の基本的な概念についてだ。


「ルークのご両親は本当に素晴らしい方々だったのよ」


 リサが静かに語り始める。


「ルークのお父様とお母様は、オーガ族のリーダーとして誰からも尊敬されていた。優しくて、公平で、でもすごく強かったの。


 そして戦場でも常に先頭に立って、オーガの未来を守るために全力を尽くしていたの。」


 ルークはその言葉を聞き、胸の奥で少し複雑な感情を覚えた。自分には記憶がない、けれども他者の話を通して、両親の偉大さが伝わってくる。


 それが、自分にとってどれだけの意味を持つのかはまだ分からなかったが、少なくともオーガの一族にとって両親が重要な存在だったことは理解できた。


「あと、スキルってのも、ちょっと不思議だよな。俺も、何となくは分かるけど……」


 とルークが呟くと、リサは軽く笑いながら説明を続けた。


「スキルはこの世界でとても重要なものよ。基本的に、スキルは天使の加護によって付与される特殊な能力なの。


 戦いで役に立つものもあれば、治癒や生活に関するものまでいろいろある。人間、魔物、魔族関係なく、スキルを持っていることがあるの。」


 ルークは、リサの言葉を聞きながら自分のスキル「神の鑑定士かんていし」と「神の経験値けいけんち」を思い浮かべた。それらも、天使の加護と何か関係があるのだろうか。


 だが、「神」という名前がついているため、「天使」とはまた違ったスキルなのか。


 話が進むうちに、リサはこの世界のさらに複雑な側面についても語り始めた。


「この辺りの集落、ゴブリンも含めて、実は全て魔人ヌードラスの領土なんだけど……」


「ヌードラス?」ルークはその名前に反応し、彼女に視線を向けた。


「そう、ヌードラス。彼は強力な魔人の一人で、この領土一帯は彼の支配下にあるんだけど、彼自身は領土の運営にはほとんど興味を持っていないの。


 だから、私たち魔族同士で領土争いをしても、彼が咎めることはないわ。事実上、自分たちでどうにかするしかないってことね。」


「じゃあ今後のことを考えると、ヌードラスと直接話をして、オーガの領土を管理してもらうように説得するものありなんじゃないか。」


 リサは驚いた表情で彼を見つめた。


「ヌードラスと直接交渉?…そんなこと、考えたこともなかったわ。彼は恐れられている存在だから、皆が避けているのよ。


 だけど、もし成功すれば、領土争いそのものが無くなるかもしれないね。」


 ルークは頷きながら、考えを巡らせた。ヌードラスと直接交渉できれば、ゴブリンや他の魔族との争いを抑えることができるかもしれない。


 今回のゴブリンとの戦いでは時間がないため、対話は難しいが、今後のことを考えると、ヌードラスとの対話は有効な選択肢かもしれないという思いが浮かんだ。


 リサと雑談しているうちに、天狗族が住んでいると言われている山に到着した。

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