第10話【奴隷】

 まず、ルークは弟たちと共に、人間の奴隷たちが生活している場所へ向かっていた。まずは、彼らの中に戦力として使える者がどれだけいるのかを確認することだった。


 いざというとき、兵士としての役割を果たせる者が必要だ。オーガの集落が防衛に適していない今、少しでも戦力を増やすことは重要だった。


 弟のレンジが口を開いた。「ルーク、奴隷は150人ほどがこの集落で暮らしている。主に家事や農業に従事させているが、戦える者は50人もいないと思う……。」


 ルークはその言葉を聞きながら、心のなかで思案しあんした。50人という数は多くはない。しかも、家事や農業を行う者たちであれば、即戦力として期待するのは難しいかもしれない。しかし、今の状況では少しでも可能性があるなら、その全てを活かすべきだ。


 歩きながら、ルークはふと、魔物と魔族の違いについて弟たちに尋ねた。まだ異世界の事情には疎いため、この違いをしっかりと理解しておく必要があると感じていた。


 弟のナルカが説明を始めた。


「兄さんが記憶喪失のことですので、改めて説明しますが、魔物と魔族は似て非なるものです。魔物は理性を持たず、言葉も通じない獣のような存在。


主に本能で動き、暴れ回るだけの存在です。一方で、我々オーガのように、理性を持ち言葉を話す存在は魔族と呼ばれています。魔族には様々な種族がいて、我々以外にも他の種族が存在します。」


 ルークはその説明に頷いた。魔物と魔族の違いは大きい。理性を持たない敵と戦うのと、言葉を交わせる相手と戦うのでは、戦術や交渉の手法が大きく異なる。


 ルーク達が奴隷たちの居住区に到着すると、そこには広大な畑と簡素な家々が並んでいた。人々は黙々と作業に励んでいたが、彼らの目には明らかな疲れが見えた。


 奴隷であるがゆえに、彼らは自由を奪われた立場にあるが、オーガたちが人間に似た種族であるため、過酷な扱いを受けているわけではなかった。それでも、奴隷としての生活は決して楽ではない。


 ルーク達は奴隷たちの間を歩きながら、彼らの体格や雰囲気を観察した。中には体格の良い男たちもいたが、大半は農作業に適した者たちばかりだった。戦士としての訓練を積んでいるような者は見当たらない。


「この中で、戦えそうな者はいるか?」


 ルークは弟たちに尋ねた。


「数名は昔、戦士だったと聞いたことがあるが、長い間農業に従事しているため、今では戦いの勘は鈍っているだろう。だが、いざとなれば役に立つかもしれないな。」


 弟のレンジが答えた。


「それにしても…」


ルークはふと思い出したように口を開いた。


「我々が人間を奴隷にしているのは、どのような経緯で始まったんだ?」


 その質問にレンジが答えた。


「人間とは、何千年も戦ってきた歴史があるが、少なからず交流もあった。商人と認められた者には、暗黙のルールが存在する。魔族も人間も、その商人に対して手を出さないんだ。それが長い間の慣習だ。」


「その商人たちから奴隷を購入したり、時には集落の人間を攫って奴隷にしている。我々オーガは人間に似ているため、奴隷への扱いは比較的穏やかだが、他の魔族はもっと酷い扱いをする者もいる。彼らにとって奴隷は単なる労働力、あるいは娯楽の道具に過ぎないからな。」


 ルークはその言葉に、複雑な感情を抱いた。オーガたちは他の魔族と比べれば、人間に対する扱いが良いと言える。


 しかし、それでも奴隷が存在する事実に変わりはない。そして、その奴隷たちを今、彼は戦力として数えなければならない状況に立たされているのだ。


「分かった。まずは、彼らの中で戦えそうな者たちを集めてみよう。それから、他の戦力も考えなければならないからな。」


 ルークは冷静に指示を出し、状況を把握しようと努めた。


 奴隷たちを見回していたルークの視線が、ふと一人の女性に留まった。彼女は他の奴隷たちと同じように黙々と農作業をしていたが、その姿は明らかに異彩を放っていた。


 陽に焼けた肌に、艶やかに流れる黒髪が肩のあたりで結わえられている。少し乱れた衣服の下には、鍛え上げられた筋肉がうかがえるが、それは荒々しいものではなく、しなやかで洗練された力強さを感じさせた。


 彼女の顔立ちは端正たんせいで、彫りの深い瞳はまるで周囲の喧騒を超越したような冷静さと、どこか厳しさを宿していた。


 背筋はまっすぐに伸び、動き一つ一つに無駄がない。その姿は、ただの農作業をしているはずなのに、まるで戦場で指揮を執る武将のような堂々たるたたずまいを感じさせた。


 彼女の立ち姿からは、過去にどれほど多くの戦を経験し、どれだけの兵を指揮してきたのかを物語るような威圧感が漂っていた。


 ルークは無言のまま、彼女を見つめ続けた。どこかで彼女の存在が気になり始め、無意識に「神の鑑定士」を発動させた。何か特別なものがあるのではないかという予感が、彼を突き動かしたのだ。


 その瞬間、ルークの視界に彼女の詳細なステータスが鮮明に浮かび上がった。彼の目は驚きに見開かれ、息を呑む。


 名前:アルファード・ムスール・ティア

 種族:人間

 職業:元将軍


 ステータス:

 力:A

 魔力:B

 防御力:B

 魔防力:B

 忠誠心:C

 スキル:ファイアストーム、明鏡止水めいきょうしすい


 ルークは内心、信じられないほどの衝撃を受けた。思わず身体が硬直し、心臓が激しく鼓動する。視線はレイナのステータスから離せず、その数字の意味を咀嚼するように、頭の中で繰り返し確認する。

元将軍…?奴隷として農作業をしているこの女性が?


 彼女の姿が頭の中で急激に変わっていく。たった今までは、ただの奴隷、鍛えられた身体を持つ異様な女性程度にしか見ていなかった。


しかし、この圧倒的なステータスは、それを完全に覆すものだった。「力:A」「魔力:B」――これらの数値は、彼が今まで見たどの戦士よりも高い。普通の人間が持つはずのないレベルだ。


 自分が異世界に転生してきたことを理解しているとはいえ、目の前の現実がまるで夢のように感じられる。奴隷として扱われている彼女が、かつて数多の戦場を駆け抜けた将軍だったという事実が、どうしても頭に入らない。


 その威圧感、無駄のない動作、冷静さを宿した瞳――それらがすべて今、彼女の過去と結びついた。全身が急に熱を帯びるような感覚に包まれる。


 彼女はただの奴隷じゃない。まさに戦士、それも指揮官の中の指揮官だ…。


「なんでこんな場所に…」そう呟きながら、彼はティアを再び見た。彼女の背中にどれほどの重荷が、どれだけの歴史が詰まっているのか想像もできない。


 戦場を駆け抜け、兵を率い、幾多の戦を制してきたであろう人物が、今はただの奴隷としてここにいる。その事実が頭の中で鳴り響き、彼の思考を埋め尽くす。


「どうすれば…彼女を生かせるか?」


 ルークは深く考え込む。彼女をこのまま奴隷として使い続けるには、あまりにも惜しい存在だ。この戦いを優位に進めるための鍵――それが今、彼の目の前にいる。

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