第11話【元将軍ティアとの会話】

 ルークは奴隷たちを確認した後、どうしても気になっていた元将軍ティアと二人で話をしたいという思いを抱いていた。


 彼女の異様なステータスを見た以上、ただの奴隷としてこのまま放置するわけにはいかない。彼女の背負った過去や能力には、まだ解き明かされていない重大な秘密があるはずだ。


 そして出来るのであれば、この戦いで、部下を率いる立場として、彼女も参加して欲しい。


 夜が更け、周囲が静まり返った頃、ルークは奴隷たちの居住区きょじゅうくへと向かった。奴隷たちが眠りに就き、集落の火が弱々しく揺れる中、ルークはひっそりとティアを呼び出すことにした。


 星空の下、彼女が現れると、薄暗うすぐらい月明かりに照らされたその姿がはっきりと浮かび上がる。頬にうっすらと泥がついており、乱れた髪は彼女の長い日々の過酷さを物語っていた。


 しかし、その瞳には鋭い光が残っている。それは戦場を駆け抜けた者の目だ。


「何かお話があるとお聞きし、お伺いしたのですが.......」


 ティアの声は低く、落ち着いていたが、どこか緊張感が漂っていた。


 ルークは少し緊張しながらも、彼女をじっと見つめ返す。話しかける前に少し戸惑ったが、意を決して口を開いた。


「ティアさん、実は君のことが気になっている。君が元将軍だったという事実について…」


 その言葉を聞いた瞬間、ティアの顔は驚きに凍りついた。彼女の強い表情が崩れ、目が大きく見開かれる。彼女の手が無意識に拳を握りしめるのがわかるほど、驚いているようだ。


「なぜ…そのことを……」


 彼女の声はかすかに震えていた。


 ルークはじっと彼女を見つめ、表情をゆるめずに続けた。


「自分には相手を鑑定出来るスキルがある。君のステータスを見たところ、元将軍と記されていた。そして、君がこの集落の奴隷の中にいるとは思えないほどの力を持っていることも知っている。」


 ティアはしばらく言葉を発することができなかった。まるで、自分の過去が突然あばかれたことに対する戸惑とまどいと恐怖が、彼女の心を打ちのめしているかのようだった。


 ルークはティアが驚いている様子を見て、穏やかに口を開いた。


「君が過去に何があったのか、それを知りたい。君のような人がここにいる理由を理解したい。もう大騒ぎになっていて知っているだろうが、近いうちにゴブリンと戦うことになる。


 自分はこの状況を打開するために、君の力が必要だと感じている。そして、そのためには、まず君がどんな道を歩んできたのかを知りたい。」


 彼の言葉は真摯で、強い意志を感じさせた。ティアの過去に対する興味だけでなく、その力をどう生かすか、そして彼女自身をどう守るべきかを考えていることが、彼の静かな声に込められていた。


 ティアはその言葉を聞き、しばらくの間、無言でルークを見つめた。彼の目には真剣な光が宿っており、彼女の過去を単なる好奇心で聞いているわけではないと感じ取ることができた。


 彼女は一瞬視線をらし、苦悩くのうの表情を浮かべながら、くちびるをかみしめていた。そして、ついに覚悟を決めたかのように、深いため息をつき、静かに話し始めた。


「…分かりました。お話しします。」


「私はかつて、アーモンド王国という人間の国で将軍を務めておりました。」


「王に忠誠ちゅうせいを誓い、その身を捧げていました。しかし、私は平民の出身だったため、貴族たちからはねたまれ、さげすまれていました。私がどれだけ戦場での勝利を重ねようとも、彼らにとって私はただの『身分の低い者』でした。」


 ルークはその言葉を聞き、ティアの辛さを感じ取った。彼女がどれだけの努力をして将軍の位まで登り詰めたのかが、容易に想像できた。だが、それと同時に彼女がどれだけ孤独だったのか、背負ってきたものの重さが伝わってきた。


「ある日、王の暗殺未遂がありました。」


「私はその時、すべてを失いました。貴族たちは私が王を殺そうとしたと、でっち上げの罪を着せ、裁判すら開かれることなく、彼らの計画通りに私は罪を負わされました。正義も何もない、ただ権力を持つ者たちの手によって…」


 ティアの言葉が途切れ、彼女は震える手で顔をおおった。その肩は かすかかに震えていた。ルークは言葉を失い、ただ彼女の横に立っていることしかできなかった。


 無実の罪で将軍の座を奪われた彼女の無念さ、そして何もできなかった自分自身への怒り。それが彼女の心を今もなおむしばんでいるのだろう。


「その後、妹たち三人と一緒に、この集落へ奴隷として売られました。」


 ティアは苦しそうに言葉続けた。


「私は国を....そして妹たちを守りたかっただけなのに......。私の無力さがすべての原因です…」


 彼女は拳を強く握りしめ、その目には涙がにじんでいたが、必死に堪えているのがわかった。彼女の強固な外見とは裏腹うらはらに、その心には深い傷が残されていることが見て取れた。


「貴族たちは私を完全に消し去りたかったのでしょう。だからこそ、誰にも知られないよう、私がいる国と大きく離れたオーガに奴隷として売り飛ばされたのです。」


 ルークはその話に胸を締め付けられるような思いを感じていた。ティアがどれほどの苦しみを抱えながら生きてきたのか、その一端を知っただけで、彼は言葉が出なかった。


 無実の罪で奴隷にされた彼女の背負ってきた過去は、到底想像もつかないほどの重さだった。


「ティアさん…」


 ルークは静かに彼女の名を呼んだ。それだけしか言えなかった。だが、彼の心の中では、この強さと苦しみを持つ彼女をどうすれば助けられるのか、その答えを探していた。

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