第4話【現在の状況】

 ルークはリサから受けた説明の断片だんぺんを頭の中で何度も反芻はんすうしながら、自分の置かれた状況を理解しようと試みていた。彼は深く息をつき、ゆっくりと目を閉じる。


 まぶたの裏で脈打つ不安と、体中を走るにぶい痛みが、彼の混乱をさらにかき立てる。目の前に広がるこの異質な光景に対して、彼の思考はまだ完全には追いついていなかった。


 恐らく自分がいた世界とは全く違う――その現実が徐々に彼の意識に浸透していく。


 冷たく静かな空気が肌に触れるたびに、彼は今、自分がいた世界とは異なる場所にいるのだという感覚を強く感じ取っていた。


 改めてリサからの話を聞き、やはり自分がいた世界とは別の異世界にいることが分かった。この世界は壮絶な戦いの歴史があり、1000年以上もの間、人間と魔王の間で長い戦争を続けている。


 人間側には「勇者」と呼ばれる存在が複数いて、その一人一人が魔王軍に対抗しているとのことだ。だが、それでも魔王軍は圧倒的な力を誇り、6人の支配者たちが頂点に君臨する魔王とともに、この世界の半分を支配している。


 だが、最近になって、勇者の数が増えたことにより、現在は魔王軍とは均衡状態にあり、互角の激しい攻防が繰り広げられているとのことだ。


 そして、オーガ族の現状――それは彼の心に重くのしかかる現実だった。オーガ族は力を持つ魔王軍の一員ですらなく、弱い種族とされ、他の魔族や近隣の人間たちとの小競り合いを繰り返す毎日。


 リサの言葉に込められた嘆きが、彼の胸に響いた。特にオーガ族の領土に隣接するゴブリンとの争いは絶えず、彼らとの小競り合いが、今や日常の一部になっており、最近は特に苛烈に攻撃を受けているようだ。


 ゴブリンはオーガ族にとって、その存在が常に圧力をかけ続ける身近な脅威きょういになっている。


 ルークはその事実に眉をひそめ、体の力が抜けるのを感じた。リサから「あなたはオーガ族のかしらなのよ」と告げられた言葉が、耳の奥で響き続けていた。


 しかし、その責任の重さを実感するには、まだ時間が必要だった。自分がこの場所で何をしているのか、この現実がこれからどのように展開されていくのか、彼にはまだ全貌ぜんぼうが見えていなかった。


 ゴブリンとの戦いで自分が傷を負った――その事実もリサから教えられた。だが、戦いの記憶は一切残っていない。彼の脳裏のうりに残るのは、ただ体中に広がる痛みと戦いから逃げ延びたという漠然ばくぜんとした感覚だけだった。


 撤退てったいしなければ命を失っていた――その事実が、ルークの胸中に微かな恐怖を刻む。ゴブリンがオーガ族にとって絶え間ない脅威きょういであり、日常の中で身近に存在していることが、彼の心に不安と焦燥しょうそうを生じさせた。


本当に俺が、オーガ族の頭なのか…? 自分の立場を理解しようとするも、その重責じゅうせきが全身にのしかかってくる感覚があった。


 自分はこの場にいるはずがない。転生する前の直樹なおきとしての記憶が、現実と交錯 こうさくする。自分が果たすべき役割――それは、今までの人生とは全く異なるもので、未知なる領域だった。


 圧倒される現実と、理解できない状況の間で、ルークは自分の中でわき起こる様々な感情を整理しようと、目を閉じた。


 しかし、その不安定な感情の中でも、彼は徐々に現実を受け入れざるを得なかった。自分がオーガ族の頭としての立場にあること、そしてこの世界で戦う運命にあること――それが否応なく彼の胸中きょうちゅうに浸透し始めていたのだ。

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