男のロマン

ビクリ!と魔獣が瞬時にして警戒する。

しかし剣が飛んでくる様子は無い。


「なんで…!?」


ピュィ!ピュィイ!


再度、指笛を鳴らすも剣は飛んでこない。


「オッサン…何かしくじったか…!?」


魔獣が警戒して動きを止めたおかげで、多少は距離を取ることができた。

けれど剣が飛んでこない事が分かったのか、魔獣は俺に向き直る。

魔獣がそのまま俺に飛びかかろうとする直前…


ピュィイイイイ!!


もう一度俺が指笛を鳴らす。

当然、魔獣も動きを止めて、様子を伺う…

だがやはり今度も剣は飛んでこない。

もう剣は飛んでこない。

後は俺を八つ裂きにするだけだ。


「仕方ねえ!やってやるよ!!」


そこで俺はようやく肩に刺さっている短刀を引き抜いた。

ブシュっと吹き出た鮮血が辺りを赤く彩る。

そう、察しのいい皆様なら気付いていただろうが、この瞬間こそが本当の発射の瞬間だ。

短い指笛2回は待機、長い指笛1回が発射の合図になっている。

そして俺が肩の短刀を武器として手にしたその瞬間こそが…


ズ……パァン!!


低めに到達した剣が魔獣の片脚、膝から下を完全に切断した。


「アギイィイイイイ!!!!」


絶叫、声にならない大絶叫がその場に響き渡る。

一つ誤算があるとすればあまりに上手く決まった事で俺も油断してしまったことだ。

短刀を手放すタイミングが遅れてしまい、結果として呪われた剣によって手のひらを貫かれた上に、短刀も破壊されてしまったのだ。


「あぎいいいい!!」


似たような悲鳴を上げてしまうのも仕方あるまい。

なんせ俺の手はちょうど薬指と中指の間を縦に手首付近までパックリと割かれてしまったのだから。

骨をうまく避けてくれたものの、俺の手は見た感じまるでカニのハサミのように真ん中で分かれてしまっていた。


「くそう…上手くいったと思ったのに…ツイてねぇ…!」


服の袖をビリっと千切り、裂けた手に包帯替わりにグルグルと巻きつける。

マンガ等では簡単に服の袖を千切ったりしていたから軽い気持ちでやってみたのだが、現代の裁縫技術は素晴らしいようで、思いの外苦戦した事を付け加えておこう。


「予定外な事はあったが、これでヤツの機動力は激減したし、踏ん張りがきかなけりゃ攻撃だってまともにゃできないだろ…」


魔獣は戦意を喪失したのか千切れた足を押さえ、地面に座り込んだまま動く様子がない。

本当はあと一回くらいは呪いの剣ミサイル作戦をやりたかったのだが、トリガーである短刀が壊れてしまった事もあり実行は厳しいだろう。

となれば後は、このドラゴンの爪でとどめを刺すだけだ。


「うまくいったじゃねぇか」

「大丈夫か?その手…」


オッサンとジェノが駆け寄ってくる。


「あれでは倒せてないはずだけど…さすがにこれ以上やる事が嫌になったのか…」

「奴がそんなタマかよ」

「何か企んでいるだろうな…」

「なら今のうちに…」


俺達も魔獣の沈黙に不穏なものを感じ、攻めあぐねていたが…


「アアアアアアアアアアア!!!!」


突然の、そして今まで聞いたことのない魔獣の咆哮が轟く。

まさに耳を劈(つんざ)くというに相応しい不快なその咆哮は、聞く者達全てを震え上がらせる。


「なんだぁ!?」


魔獣は今も咆哮を上げ続けているが、その身体に徐々に変化が現れる。

まずは色だ、漆黒のその身体が薄っすらと赤く染まっていくのだ。

次に身体のサイズ、明らかに一回り、いやもっと大きくなっている…

ただ、重量を感じる大きさではないというか…ボコボコと幾つもの気体が身体の中で膨らんでいるようなというか…


「熱線か!?」


ジェノがそう言い身構えるも、俺の見解は違ったものだった。

だよな?これはアレだよな?現代知識があるなら絶対に分かるアレだ。


【自爆】ってやつだ。


勝つことが叶わないと知りながら、尚も相手を道連れにこの世を去ろうとする覚悟がある者達が最後の最後に取る手段。

己の命を引き換えに発動するその能力はまさに圧倒的な破壊力を誇り、周辺には草木さえ残らない。

場合によっては男のロマンであったりもする、自爆とはそういうものなのだ。


「あれはヤバいやつだ、熱線の比じゃない…」


まだ周囲には冒険者達や避難しきれなかった人間だっているだろう。

自爆の規模は分からないが最悪の場合、この町ごと消し飛ぶ程の…なんて事も有り得る。

下手すりゃ山の避難所だってどうなるか分からない。


「ジェノ!オッサン!もう時間がない!あれは本当にヤバいんだ!俺を信じてくれないか!?」


何を馬鹿な、と言いいたそうな表情の二人だ。

ぞりゃそうだ、いきなりこんな突拍子の無い事を言い出しても信じて貰えないだろう。

けれどその表情の意味は俺が思っていたそれとは違っていた。


「今更なぜジンを疑うんだ?ヤバいならどうする?発動前に仕留めればいいのか?」

「ここまで付き合わせやがって、責任取るっつっただろ!時間がねぇならさっさとしやがれ!」


二人は微塵も俺を疑っていなかった。

その事実に泣いちゃいそうになるけど今はそれどころではない。


「ふへへ」

「うわ!何で泣くんだ!?痛むのか?」

「きっもちわりぃなぁ…」


それどころではないのだが半笑いで泣いてしまった。

いかんいかん。


「オッサン、俺を出来るだけ高くあいつに向かって投げてくれないか」

「あ?」

「投げたら後は二人で、できるだけ遠くに避難してほしい」

「よっしゃ!じゃあとっととオサラバさせてもらうか!」

「何を言ってる!自分だけまた背負うつもりでは…」

「頼むよ、時間がないんだ、もし何かあったらジェノにしか後を託せない…」

「…………」

「ほれ、こう言ってんだ、行くぞ不幸姫」

「貴様…!」


ジェノをドンと押し退けてオッサンが俺に詰め寄る。


「高けりゃ高いほどいいのか?」

「勢いをつけたい、俺の落下時の衝撃は無視してくれていい」

「んなもん最初から考えてねえよ」

「ジェノを引きずってでもいいから避難させてくれると助かる」

「知らねえよ、死にたがりには関わらねえ主義でな」


俺をグッと掴んで力を込める。


「そういや大襲撃の時もお前をこうして投げ飛ばしたな」

「最低なオッサンだと思ったわあれは」

「俺は!まだ!オッサンじゃ!ねぇ!!」


「ねぇ!」のタイミングで思い切りぶん投げられる。

魔獣の体表は赤さを更に濃い物とし、ボコボコと沸騰でもしているかのように膨張を続けている。

オッサンの怪力はやはり凄い能力だ、俺はもう建物の三階ほどの高さに到達していた。

背中にくくりつけていたドラゴンの爪を外し、両手でしっかりと構える。

いつかのように体重が乗るようにドラゴンの爪に足をかけほぼ垂直に落下できるように調整する。

落ちた後の事なんざ考えない。


「これはあれだ…いける気がする」


一つ思いついた事がある。

俺のあの技は、空中でしか発動しないんじゃないか?

大襲撃で身に付いたのは投げられたからじゃないのか?

ならやってみよう、今こそ!!


「流っ 星っ 斬ーーー!!!!」


叫んだと同時に世界が回った。


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