足止め
「あっち!あっぢい!!ジェノ!!ジェノ無事か!?」
せっかくポーションで治った右腕をまた焼かれてしまった。
だが、前回に比べ熱線が散ったおかげで威力は落ちているようだった。
「無事だ!私の心配をしてる場合か!」
「無事ならいい!いってえ!けど死ぬほどじゃないから!」
「…すぐ戻るからな!!」
「たのんますよ!」
精一杯強がってジェノを見送る。
さて、あとはいかにコイツを足止めして…欲を言えばダメージも与えたい所だな。
ジェノの剣技と今の熱線が奴自身にも当たっていたおかげで相手のダメージも相当なものだ。
けど野生の生物がここまで獲物に執着するもんだろうか?先の大襲撃でも爆発を見て殆どの魔獣が逃げたらしいし…
自身に瀕死のダメージを負ってまで相手を仕留める事に執着するなんて…野生生物のやることとは到底思えなかった。
「やっぱりお前…アイツなんじゃねーのか…?」
俺に対する圧倒的な敵意に、こいつの身体から生えてる小刀のような棘。
俺には洞窟で対峙した殺し屋に思えて仕方なかったんだ。
「ゲギャギャ」
目の前の魔獣の顔は傷だらけで表情など判別できないし、言葉も発さない。
だが俺の今の言葉に明確に反応し、そして笑ったように見えた。
「だとしたらこれはリベンジマッチなわけだ、お互いに…」
かろうじて握れる程度の握力の右手で剣を握り、その上から左手で強く握る。
右手が焼け爛(ただ)れているせいでめちゃくちゃ痛いがそんな事を言ってる場合ではない。
じきにジェノがこいつを両断できるような伝説級の装備とか…いつかのような爆薬とか…
そんな都合のいいもんないかなー…
「ガァ!」
ブンと風を切りながら魔獣が腕を振り下ろす。
大振りの一撃だが、それでも俺には躱すのが精一杯だ。
「ジェノみたいに反撃出来たらかっこいいんだろうけど…ぐっふ!」
突き出された二撃目を腹部にくらい息が詰まる。
「げーっほ!ひゅー!ごっほ!くっそ!俺の剣術レベルも上がってるはずなのに!」
続く三撃目をなんとか剣でいなしながら少し距離を取るも、この状況から切り抜ける方法は思い浮かばない。
「それ以上やるってんなら俺も本気を…うげぁ!!」
そして言葉の通じない魔獣にはハッタリも通用しないわけで…
呑気に俺が喋った隙に距離を詰められて鋭い爪で太腿を抉られる。
「いってぇな!!この!くそ!!」
下がりながらブンブンと剣を振り回して威嚇するも、魔獣はどこ吹く風といった様子だ。
当たっても弾かれるだけの威力のない剣を気にしたりしない。
「だから油断する」
ただ振り回していた剣、しかし最後の一振りだけはわざとらしくならないように両手で、自分なりに精一杯の闘気を込めて…
キンッと小気味よい音がする。
いつか洞窟でも聞いたことのある音だ。
「ギャ…ガアアアアァ!!」
【剣戟】だ、洞窟でやりあった時に一度だけ発動した特殊能力。
剣を振った際に斬撃が飛んで相手を切りつける能力。
こいつはどうも普通の剣の一振りよりも威力があるらしく、油断丸出しの魔獣の頭部から胸部にかけて一筋の斬れ目がつく。
「久しぶりに食らった気分はどうだ?」
あれから何度も練習を重ね、5回に1回は発動できるようになっていた【剣戟】。
今回は発動してくれて本当によかった。
不運様、今回は見逃してくれてありがとうございます!
「グウウウウ!!」
けれどやっぱり致命傷には至らないばかりか、怒りを買ってしまったほうが大きかったようだ。
思い切り振りかぶった拳をそのまま怒りのままに突き出され、俺のか弱いガードではどうにもならず吹き飛ばされる。
「げっへ!」
潰れたカエルのような声を上げながら吹っ飛んだ俺は、そのまま建物の壁をぶち抜きながら民家に突っ込んだ。
「あぎやあああ!!」
グサッというかジャクッというかそんな耳に優しくない音が聞こえた直後に腹部にとてつもない痛みが走る。
どうやら民家にあったでかいフォークのような農具、名前はそのままピッチフォークと言うらしいが、そいつが俺の腹を穿いていた。
【剣戟】が発動した分の不運がこれだとしたらちょっとやりすぎじゃないですか…?
「いっでえぇえ…なんだよもう…いでえよぉ…ごほ…ほらぁ…また内臓いっちゃってるじゃんかー…しかもこの農具めちゃ錆びてるし…手入れしようよー…」
咳き込みながら真っ赤な血を吐き出す。
赤い血は大丈夫なんだっけ?でもいくら耐久力が高いとはいえさすがにこれはまずいやつと分かる。
とにかくこのままでは死んでしまうので一刻も早くジェノと合流するか、道具屋でポーションでも手に入れないと…
この刺さってるやつ…抜いたら駄目なんだよな?出血が酷くなるんだよな?とは言えこんなもん引きずりながらじゃ何もできないしな…抜くか…でも抜いたら痛いだろうな…
なかなか決心がつかないまま痛すぎる身体を引きずって外に出ようとした俺を待ち構えていたのは当然アイツだった。
「ゲァ!!」
サッカーボールのように思い切り蹴り飛ばされた俺は、またしても民家の壁を突き抜けてふっ飛ばされる。
その衝撃で俺の腹のフォークの柄はボキリと折れ、鉄の部分だけが腹に残っている状態だった。
横に裂けたりしなかっただけマシと思いたいけれど、もう全身全部が痛すぎてもうどこがどう痛いのか分からない状態だ。
上も下もわからない状態で地面に落下した衝撃を味わう。
「ゲッホ…おお…もう…」
目の前の景色がグワングワンと揺れまくる中、俺を追ってきた魔獣に再度蹴り飛ばされる。
一際大きな衝撃と共に空中に投げ出される感覚。
そして落下…硬い地面にぶつかる覚悟をしたが…想像していた衝撃が来る事はなく…
「お前…こんなになってまでやる事かよ…」
俺を受け止めてくれた、ゴロツキのオッサンがそう呟く。
「オッサン…ポーションとか持ってない?」
「俺がさっき道具屋でかっぱらって来た残りでよけりゃやるよ」
それを聞いてなんとか首の皮一枚、一命を取り留めた事を悟り、安堵の息を漏らす。
「まだ逃げねぇのか?」
「もうちょいだけな…」
腹のフォークをズボッと抜くと鋭い痛みが全身を襲う。
「いっ…がああ…くっそう…」
慌ててグビッとオッサンから貰ったポーションを飲み干すと、若干ではあるが身体に力が戻る。
腹部や大腿部の出血や腕の熱傷もわずかではあるが回復したような気がする。
痛みは殆ど引いておらず、全身痛いままではあるが。
「ポーション飲んでもそんだけしか回復しねーのか」
「【回復阻害】ってのがあるんだと…」
「ツイてねぇなお前も」
「胃袋破れてポーション飲めなくなったら終わるかも…」
「ポーションがどうこうの前に死んでるだろそりゃ…」
俺を追ってきた魔獣がオッサンの姿を見て警戒の色を強める。
「しつけえ野郎だ」
「向こうもかなりボロボロのハズなんだけどね…他の冒険者達は?」
「散り散りになっちまったり、負傷者の手当てに当たったりでどこにどいつがいるかもわかんねぇな」
「なんでこう戦力外だけが対峙するハメになるかなぁ…」
「俺ぁ戦力外ってわけじゃなくてだな…」
「わかってるよ、戦略的撤退だろ?」
「…ケッ」
ジリジリと魔獣との距離が詰まる中、おっさんと軽口を叩きあう。
たとえ相手がオッサンであっても、この状況にあってはとても有り難い。
一人で戦っていると不安や恐怖に押しつぶされそうになるのだが、誰かが近くにいるだけで俺の中の【勇気の欠片】がボウと燃えるのが分かるのだ。
「作戦は?あんだけボロボロで粘ってたんだ、何かあるんだろ?」
「ジェノがきっと何とかしてくれるからそれまで耐える!」
「っかーー!人任せかよ!とんでもねぇな!」
「アンタが言うなよ!」
パンっと両手を打ち鳴らし、気合を入れ直す。
剣はどこかに落としてしまったらしい、きっと今もズルズルと俺の元に向かって来てはいるだろうが、あてにはできない。
先程自分の腹から引き抜いたフォークの先端を拾い上げ、構える。
「おらーーー!こっちゃまだピンピンしてんぞーー!雑魚助がーー!」
魔獣の潰れかけの片眼がギラリと光る。
あぁ言うんじゃなかったかな…
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