第2ラウンド

少々時間は遡る。


「へっ!あんなバケモンと戦ってられるか!命がいくつあっても足りねぇ」


それはいつかのゴロツキ、大襲撃の際にジンを魔獣の群れに放り込んだ男。

今回もドサクサで金品を奪うか、手柄を立てるつもりで来たのだが、思いの外相手が強大すぎた。


「ったく!ツイてねぇ!」


角を曲がると胸元にドスンという衝撃があった。


「いてて、おら!気をつけやがれ!」

「そっちこそ!ん?」

「なんだ?小僧…………あ!」

「アンタ!俺を放り投げた奴!」

「お前はあん時の!テメェ英雄だなんだ言われてチヤホヤされてるらしいじゃねぇか!」

「不本意な上に全然チヤホヤされてねえ!!」

「チッ、まぁいい、俺は退散するぜお前はまたバケモンの足止めでもしてくれんのか?」

「そのつもりだよ」

「そんなズタズタの腕でか?」

「……まぁそうなる」

「……ケッ!勝手にしろや物好きが」

「あ、ちょっと待って!」


俺はある提案を持ちかける。


「お前が囮になって俺が仕留めるだぁ?」

「そう、それなら明日からアンタが英雄だ!ガッポガッポだぞ」

「ガッポガッポねぇ…だが駄目だ、お前が信用できねえ!前の恨みを晴らそうって魂胆かもしれねえからな!」

「アンタの怪力とコソコソ気付かれずに逃げるその特技を見込んでんだって!」

「コソコソは余計だ!!」

「俺は【人身御供】持ちだからな、奴の意識を引き付ける事はできるハズなんだ…」

「へっ、お可哀想なこって」

「奴の意識が俺に向かないようならそのまま逃げてくれて構わない!だから頼むよ!」


自分を投げ飛ばした男に対して懇願する。


「アンタの怪力なら発射前の奴の口を閉じる事も簡単だろ?ワニが有名だけど…生き物の口は閉じようとする力より開けようとする力の方が弱いし…多分」

「知らねえよ!んなもん!多分てなんだ!」

「強さにも色々あるけど、今はアンタのその単純な力強さが活躍するんだよ!多分…」

「多分って言うんじゃねぇ!」


暫しの逡巡…


「避難はしてるがよ…この町にゃ…俺のカーチャンも住んでんだ…」


バチンと平手で自分の頬を叩き…


「いいか!やべえと思ったら俺ぁすぐ退散すっからな!」

「かっけえなオッサン!」

「オッサンじゃねぇ!」


二人で魔獣の元へ駆けつける。

魔獣の口から熱線が発射されるも、冒険者達はそれをうまくかわしているようだった。


「なるほど、あれをアイツの口ん中で暴発させようって事だな」

「そう、次の発射の時に俺が奴の気を引くから…オッサンはコッソリ奴の下から顎を突き上げて欲しい」

「俺が失敗したらどうなる?」

「そん時は俺があれに貫かれるだけさ」

「ケッ、それも面白そうだがな」


コソコソとオッサンが魔獣に向かって近づく。

時に大胆に、時にヒッソリと、確実に距離を詰める姿は予想以上である。

あれは本当に才能だわ、【隠密】みたいな特殊能力じゃないのかあれ?

しかし、近くで見ると本当に凶悪な魔獣だな…

腕とか肩のトゲトゲなんかまるで剣みたいだし…


「なんだろう…なんか既視感…気のせいか…」

「オオオオオオオオ!!!」


来る!

冒険者達の攻撃に腹を立てたのか、魔獣が咆哮を上げる。


「おい!化け物!!こっちだこのやろーー!!」


そう叫んで俺はダッと魔獣の前に姿を現す。

それに気付いた魔獣の反応は明らかだった、明らかに俺を見ているし、明らかに俺に対して憎しみのようなものを感じる。


「俺なんかしました…?」


そして当然のように俺目掛けて魔獣が熱線を吐き出そうとする…が…


「今だオッサン!!!」

「俺はまだオッサンじゃねえ!」


既に魔獣の下に到達していたオッサンが、思い切り身体ごと魔獣の顎を突き上げる。

魔獣の意識が完全にこっちに向いていたおかげかそれは驚くほどスンナリ決まった。


「癖の悪ぃ口は閉じてろバケモン!」


魔獣の熱線は既に発射体勢に入っており…

見事に魔獣の口の中でエネルギーが暴発したのである。

その際に魔獣の口から漏れた熱線が俺の耳をジュっと焼いてくれたのだが、それくらいは我慢するとしよう。


「おらーーー!!どうだこんちくしょう!!」

「筋肉バカがやりやがった!」

「やったぜオッサン!!」


ドシャっと魔獣が両膝をついて崩れ落ちる。

その顎は千切れかけブランとぶら下がっており、顔にも決して浅くない裂傷が多数ある。


「ふはは!おら!どうだ!俺が!やったんだ!ぞ!」


小物の見本のように魔獣をゲシゲシと蹴りながらオッサンが大層喜んでいる。

見ていて気分のいいものではないが、まぁ嬉しい気持ちは分かるのでそっとしておこう…


「ジン!」

「ジェノ!よかった無事で!」


タタっとジェノが駆けてくる。


「【人身御供】で気を引いての暴発か、随分とまぁ思い切った奴と手を組んだんだな…」

「うまくいって何よりだ、もうポーションなかったし」

「その怪我…上級ポーションを使ってもそこまでダメージが残るって事は…相当な攻撃か?」

「まぁ【回復阻害】のせいもあるかもしれないけど…あの熱線は本当にヤバいやつだ」

「あれをくらったのか!?」


あれ?ジェノさん?なんか化け物を見る目で僕の事見てません?


「本当に………えらく頑丈になったんだな…」

「いや!ほら!ソルトさんに強化魔法もかけてもらったから!」

「そうか、うん、そうだな」


おかしいな…俺…ピンチを救ったはずなのに…


「アイツは一体…………」


ギュン!!

そこまで言った所で俺の横を何かがとんでもないスピードで横切った。

ガシャア!!とその何かが突き当たりの建物にぶつかってゴロゴロと転がる。

そこでようやくその物体が先程まで大喜びしていたオッサンである事が分かった。


「オッサン!!!」

「がっは…なんだおい…話が違うじゃねぇか…」


よかった生きてる。

しかし、オッサンがぶっ飛んでくるという事は…


「オゴゴオオ…!」


声になっていない声を上げながら魔獣が立ち上がった。

千切れかけた顎を自分でむしり取ると、無造作に投げ捨てる。


「頑丈さではいい勝負だ」


ジェノがそう言って臨戦態勢に戻る。


「皆!!奴の頭部を狙え!負傷しているあそこなら刃も通るはずだ!!」

「おおぉ!!!」


シュン!と風を切り、飛んできた矢が魔獣の頭に刺さる。

ダメージは間違いなくある、あるのだが魔獣はもう矢も、冒険者達もそして自身へのダメージさえも気に留めていない。

魔獣の焼け付くような紅い目に映るのは、憎しみの対象であるジンのみであった。


「なんか……俺めっちゃ見られてません?」

「まずい、【人身御供】か!?」


勿論【人身御供】の能力も影響していた。

けれど今、魔獣を突き動かすは憎しみ。

ジンのせいで、紛い物の英雄のせいで人間としての人生を強制的に閉じられてしまった憎しみ。

記憶はない、ただ本能が訴えかける。

殺せ、こいつを殺せ、と。


「グルオオオ!!!!」


バキンと自身の肩の刃をへし折り、それを手にする。


「その黒い小刀みたいな棘…まさかな…」


洞窟でつかなかった決着。

インターバルを挟み、第2ラウンドが始まった。

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