一発
走り出す。
向かうは北の御屋敷が並ぶ貴族街だ。
一体何があったのかも分からないが、放って置くと貴族だけではない、町の罪のない人々にまで犠牲が出てしまうかもしれない。
「これやっぱり俺の不幸体質が巻き起こしてしまってるんじゃ…」
勘弁してくれ、俺だけの不幸ならともかく周囲を巻き込むのはいい気分じゃない。
いやいや、やめよう!今そんな事言ったってどうしようもない、それっぽかったら今後この町を出よう、そうしよう。
この町は城下町といえばいいのだろうか、貴族街が北に小高く見上げるような形で存在しており、その下に商店や民家があるといった構造になっている。
遠くからでもどっちに貴族街があるのか一目で分かるようになっているのだ。
「なんだありゃ」
遠目でも分かるほど異様な存在が目に映る。
貴族の御屋敷の屋根にいるソイツは真っ黒な身体をしており、その身体からは幾本もの棘?のような物が突き出ている。
かなりの切れ味なのだろう、ブンと腕を振るだけで近くの建物がスパっと切れている。
「しかもでっけえ…」
姿形は人間のような二足歩行なのだが、サイズがそれの比ではなかった。
大襲撃の時に見た鬼でも俺を片手で掴む程デカかったのだが、そいつは更にその倍ほどの体躯をしていた。
「オオオオオオオオ!!!!」
「あ、こっち向いた…え…!?」
同時刻
高級感のある壺や絵画もろとも壁や柱が粉々に砕け散る。
だが家の主人であるモーリア卿はとうに黒い魔獣によってその生を止められていたので、屋敷の破壊を嘆く者はもういない。
使用人や護衛といった面々も、我先にと逃げ出すばかりだ。
果敢にも挑んだ数人の死体を踏みつけながら、黒い魔獣は外に出る。
「グルルル…」
人間であった時の記憶も理性も既に無い。
ただ今は憎しみの感情にのみ従い、その感情のまま破壊を繰り返す。
外に出て感じたのは憎い憎いアイツの気配…アイツが誰かも分からないし、なぜアイツが憎いのかも分からない、ただアイツに対する憎しみだけはハッキリと覚えている。
屋根に上り、周囲を見渡す。
視力も人間だった時とは比べ物にならないようだ、町の隅々まで見渡す事が出来る。
「グルオオオ!!!!」
見つけた。
身体が弾けるような感覚と共に咆哮を上げると、身体の奥底から何かが溢れてくるのが分かる。
この力の流動をアイツにぶつけてやろう、アイツに俺の憎しみをそのままぶつけてやろう!
「オオオオオオオオ!!!!」
ゴウっと魔獣の口から一筋の光が発射される。
その光は全てを貫き、一切勢いを緩める事無く目標に到達した。
「何が…」
肩から腕にかけての感覚がない。
魔獣の姿を確認した、そこまでは問題ない。
その魔獣が大きく叫んだと思ったら…轟音と共に俺の右半身を光が包み、それが過ぎ去った後…俺の右肩から右腕はグズグズに崩れていた。
「いっっぎゃあああああ!!!」
一瞬遅れてとんでもない痛みがやってくる。
これは【痛覚倍化】がなかったとしても耐えられない痛みだろう。
「これも【人身御供】か!?明らかに俺狙われてんじゃねーか…」
咄嗟に近くの建物の影に隠れる。
さっきの咆哮がもう一発きたら隠れていても無駄なのだが…
「グビ、グビ………ぶっはあ!」
隠れながら貰ったポーションを飲み干す。
よかった本当に爆薬ではなかったようだ、グズグズの腕に力が戻るのが分かる。
「それでも腕は…いぎぎ……【回復阻害】め…ツイてねぇ…戦う前からポーションがなくなっちまった…!」
ソルトさんの強化魔法があってこれか…失敗したな…ラグナさんにも力貸して貰うんだった…
でもまさか人間同士の争いであんなん出てくるとは思わないじゃんか…
あれにだったらラグナさんも有りだろ…くそ…やっちまった…
「俺にできること…あるかこれ?」
心が萎えていくのが自分でも分かる。
【勇気の欠片】も所詮は欠片、本物の勇気には遠く及ばないんだろうか。
ちょっと前まで一般人だったのに、戦った事すらなかったのに…何度目かの言い訳が頭をよぎる。
「バカ言え」
なけなしの根性を振り絞る。
「せめて一発お返ししてやらにゃあ…」
ニギニギと腕が多少なり動くようになった事を確認して俺は行動を開始する。
「なんだこいつぁ!!」
「全く剣が通らねぇ!まるで身体全部が刃物だぜ!!」
「矢も弾かれるだけだ!」
「魔法は若干効きますね!でもダメージというほどでは…」
「っく!動きはさほど俊敏ではないが…!」
魔獣にたどり着いた冒険者達が叫ぶ。
「くるぞ!!」
誰かがそう叫んだ次の瞬間、あの咆哮と共に辺りが熱線で焼き払われる。
「こいつがこええ!当たったら一発でオシャカだ!」
「さっきの町への一発を見てなかったらやばかったな…」
一発当たって耐えた男がいるのだが、それはまぁ置いておこう。
魔獣は群がる冒険者達を憎しみのまま相手取る。
「こいつの棘もまるで剣だぜ」
「硬いくせに靭(しな)やかって反則くせーな!」
「無駄口叩いてないで一発でも入れろ!」
「おい!あの筋肉バカどこいった!?」
「逃げたんだろ、そういう奴等だ」
だが冒険者もただの力自慢ではない。
相手を分析し、冷静に、確実に一撃を重ねる。
素早い動きでチョコマカとうっとおしい…
こいつらの攻撃なんざ痛くも痒くもないが…ただ邪魔で仕方ない…
さっさとアイツを殺したいのに…
気配は感じる!こんな奴等の相手をしてる場合じゃないというのに!
「オオオオオオオオ!!!」
吹き飛ばしてやる!さっきよりも憎しみを込めて!辺り一帯を…………
「おい!化け物!!こっちだこのやろーー!!」
この気配!この声!!アイツ!!アイツだ!!
待っていたぞ!!お前にこの憎しみを!!
「今だオッサン!!!」
「俺はまだオッサンじゃねぇ!!」
なんだこいつ!いつのまに下に!
アイツに!気を取られすぎたのか!?
「癖の悪ぃ口は閉じてろバケモン!」
ぐむう!駄目だ!止められん!!咆哮を!!
このままでは!!
暴発する!!
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