魔獣の誕生

「ここから…出せ…」

「しぶといな、さすが優秀だっただけのことはある」


牢に投獄され、手足を鎖に繋がれた、元殺し屋だった男がゼエゼエと息苦しそうに言う。


「ここから出たら…真っ先に貴様らを殺すぞ」

「ここから出る時は、もうお前じゃなくなっているよ」

「どうかな…グル…貴様のその面を忘れる気はせんな…」

「お前が耐えるほど計画が進まんのだ、さっさと諦めてくれ」

「ガル…人間を魔獣に変異させる薬か…禁忌に手を出しやがって…」

「言ったろう、後がないと」


元殺し屋の身体は人間であった頃の3倍程のサイズになっており、腕や肩からは鋭い刃…男の愛用であった黒の小刀のような物が生えている。


「せいぜい暴れてくれよ…」

「グアアアアア!!!」

「お前一人魔獣にしたくらいでとは思ったが…その様子なら期待できそうだ、元が良かったんだろうな」


メキメキと変異を続ける男を見ながら、ほくそ笑む。


「後はお前を貧民街に放てば…」


今後の展開を想像する。

町の人間が仮に全滅しても構わない、ここを全て貴族街にしてしまえば…

そんな思考は牢からのバキンという音で中断される。


「あん?」


男の手足を繋いでいる鎖が弾け飛んでいた。


「ふふん、順調に…なんだ…?」


ゆっくりと男が、いや、すっかり魔獣に変わり果てたソレが立ち上がる。

目の光は失われ、先程より一回り程身体も大きくなったソレは、グルルと喉を鳴らしながら牢屋の格子に近付き…


「ふん、すぐ出してやるさ、そう焦るな…ようやく役に………」


ソレが腕をブンと横一文字に薙ぐ。

音もなく鉄で出来た格子が真っ二つに切断され、それと同時に目の前にいたクラークの頭部を胴体から切り離した。

ゴロゴロと笑みを浮かべたままの頭部が部屋の隅に転がる。


「グオオオオオオオ!!!!」


魔獣が咆哮を上げる。

それは長きに渡り繁栄を続けたモーリア邸の終末を、そしてこの町に最大の驚異が訪れる事を告げるものであった。






「ジン、来るぞ」


治癒所の部屋に飛び込んで来たジェノが開口一番そう告げる。


「嫌な気配が貴族街からずっと漂っていたんだが…動いたようだ」

「な…何が…?」

「モーリア邸が、貴族街が堕ちた」

「うん?全然話が見えないんだが…」

「予想の範疇を出ないがな…恐らく、モーリア邸はまだこの町の占領を諦めていなかったに違いない」

「うん、だろうね」

「そしてその為に、何か…邪悪な…存在をこの町に放とうとした…」

「うん」

「しかし思い通りにはいかなかった、逆にその邪悪な存在によって自らの首を締める事になった…」

「なんでそう思うの?」

「今貴族街で暴れている、見たこともない魔獣の存在だ、そいつの気配が以前から漂っていたものと同じなんだ」

「そいつを飼っていたと…?」

「わからんがな、気配が大きくなる前からモーリア邸にその気配があったのは事実だ」

「どうする…?」


チャキと剣を構えながらジェノは迷うことなく言い放つ。


「助ける」


これだから困る。

でもこうでなければ。


「自業自得と思う部分もあるがな、貴族街で働いている奴等全員を見捨てるのは…私の中の私が許してくれん」

「お供しましょう、身体もようやく治ってきた」


また【勇気の欠片】が俺を後押しする。

身体の傷は治ってきているが、少々こわばってきているのも確かだ。【破傷風】の症状が進んでいるのだろう。


「本音を言えば来てほしくないぞ」

「剣術も耐久力も上がってるんだ、微々たるもんだが力になれるだろ、囮にもなれるし」


【人身御供】の状態異常を思い出す。

魔獣をおびき寄せやすいってんならきっと俺を狙ってくれる事だろう。


「町の冒険者も異常に気付いて皆向かっている」

「案外見捨てる奴は少ないのかな…?」

「そうだな…火事場泥棒目当てのゴロツキもいそうではあるが…」


大襲撃の際に俺を魔獣の群れに投げ飛ばしたアイツらの顔を思い出す。


「会いたくないな」


また不幸な目に合いそうで苦笑いしてしまう。


「でもそれだけいるなら魔獣一匹くらい簡単なんじゃないのか?」

「どうかな…そんな簡単な魔獣なら貴族街の雇われ冒険者がとっくに止めているだろう」

「それもそうか…」

「私は先に行く、準備は怠るなよ!洞窟の件で懲りたろう?」

「ああ、懲り懲りだ、きちんと備えていく」

「うむ、ああそれと、こいつを」


ジェノが懐から何かを取り出しこちらに手渡す。


「上級ポーションだ、そいつを飲むほどの事があればすぐ退却するんだぞ」


いつかと同じセリフで俺に液体の入った瓶をくれる。


「爆発しない?」

「多分な」


フフンと意地悪そうな笑みを浮かべ、ジェノは部屋を後にする。


「ソルトさん!できるだけ多くの人を引き連れて避難してくださいよ!!」

「わかってるよ!アンタはどうせ止めても行くんだろうから…もう止めないけど…」

「ソルトさん達のような昔からここにいる人達が貴族に良い感情を持ってないのは分かってるけど…」

「何を気にしてんだい、そんなもんはいいんだよ!単純にアンタ心配なだけなんだから!バカかい!?」

「な!なんだよ!」

「【回復阻害】【治癒阻害】【解呪阻害】こいつらは本当にやっかいだけど…」


ポウとソルトさんの手が白く光り、温かい光を俺に翳(かざ)す。


「強化魔法阻害はないみたいだからね、弱いけどかけておくよ…」


身体に力が漲るような、自分が頑丈になったような、不思議な感覚が俺を包む。


「まだ死ぬんじゃないよ」

「まだって…」

「アンタの病気を治そうとバジとルビィもすぐ帰ってくるからね」

「そりゃそうだ」

「英雄譚でも語っておやり」

「今から新しい伝説も増えちゃうしな」


コツンと拳と拳を合わせる。


「後でね」

「後で」


治癒所を出た俺とソルトさんは、それぞれ逆方向に向かって走り出す。


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