密談

「金は返す!まだ奴はこの町にいるんだろう!?」

「落ち着け、まあ水でも飲め…」


グイっとコップの水を飲み干す。

それはあの洞窟でジンの命を狙った殺し屋であった。


「あれほどこの業界は信用が第一だと言っていたのに…」

「あの崩落で生き延びるはずが…いや、だとしてもアイツはただの雑魚だ!英雄でもなんでもねぇ!アンタらの驚異になるはずがねぇ!」

「じゃあその雑魚一人片付けられないお前は何だ…?」

「グッ…」

「ただの雑魚がドラゴンを従わせて帰ってくる事ができるのか?」

「それは…」

「仮に雑魚だったとして…ドラゴンを従わせた男が英雄に相応しくないと思うのか!?祭り上げられるには十分すぎるだろう!」

「ならもう一度…」

「こちらはお前に大金払い、お前はそれを受け取った」

「だから金は返すと言ってるだろう!」

「子供の使いじゃないんだ…駄目でした、返します、ハイそうですかとはいかないだろう?」

「………御尤(ごもっとも)………ならどうする?」

「使えぬ犬は殺処分されるものじゃないか?」

「犬も噛み付くぞ」

「まぁそう吠えるな…お前にはもう一働きしてもらうつもりなんでな…」

「もう一働き…?」

「お前にしては迂闊だったな、よほど興奮していたのか…気を許してくれていたのか…」


ツツ…と机の上のコップの淵を指でなぞる。


「まさか…!」

「毒ではない、まぁ決して身体に良い物でもないだろうが…」

「何を飲ませた…」

「もう一働きしてもらうと言ったろう」


殺し屋の男が小刀を構えるも、目の前の男は愉快そうに笑う。

ひとしきり笑った後、表情を一変させ、クラークと名乗ったその男は言った。


「俺も、お前も、もう後がないんだよ」






夜の帳が降り、俺は町の外の森にいた。


「お主も食うか?」


こんがりと焼けた肉を差し出しながらラグナさんが尋ねる。


「いや…いいですよ…」

「ふむ、人間は焼けた肉のほうがいいというから焼いてやったのに」

「だって…それ何の肉ですか?」

「キマイラって言ったかな」

「食えんの…?」

「我が実際に食っとるだろうが」

「そらアンタは何でも食えるでしょうよ」


エゲツない鋭さの牙で骨ごとボリボリと肉を食う姿を見て、改めてドラゴンの凄さを知る。


「身体は治ったのか?その節はスマンかったな!」

「全然悪いと思ってないやつじゃないですか」

「思っとる!思っとる!」

「まぁ何とか、皆のおかげでこうして生きてますよ」

「人間の割にえらく頑丈な奴だ、それでこれからどうするつもりだ?」

「どうするとは?」

「人間同士の事情はよくわからんが、命を狙われておるんだろう?」

「ええ、恐らくは…まぁ…」

「我が吹き飛ばしてやろうか?」

「何言ってるんですか…」

「我はな…」


ポツリとラグナさんが話し始める。


「あの結界に閉じ込められ、200年の間色々な事を考えたよ、人間に復讐するべきかやめるべきか…ここを出てもまたいつかは追われるかもしれないなら、いっそ滅ぼしてしまったほうがいいのではないかと」

「物騒ですね…」

「だがあの日お主が現れて、我を恐れず…いやまぁちょっとは恐れていたが、むしろ好奇の目で見ていたな」

「あの時は失礼を…」

「クカカ、だが好奇と畏怖は別物だ、お主は我を何というか…恐れるのではなく敬愛するような態度だったな」

「ドラゴンに憧れがあったもので…」


目を細め、じっとこちらを見つめる。


「命を狙うだけではない、こういう人間もいるのかと思い知らされたよ」

「………」

「簡単なものだ、それだけで我の復讐心が霧散していくのが分かった」

「俺は特殊かもしれませんよ?」

「だろうな、今後も我を狙う人間は現れ続けるだろう。勿論そういった連中は塵へ返すつもりだが」

「ええ…」

「ただお主の存在は、人間とドラゴンでさえ分かり合う事ができるようになる、そう思わせてくれる存在なのだ」

「持ち上げすぎですって!」

「我の力が必要ならば力を貸そう、人間の友よ」


ヤバい泣きそうだ。


「燃やしてしまった詫びもあるしな!」


ドラゴンも照れ隠しをするんだなーと思った。


「ありがとうございます、その時は必ず頼りますよ」

「……人間同士の争いは人間同士でというわけか?」

「そうですね、どんな奴であれ…できるだけ死人は少ないほうがいい…」

「甘いのぉ」

「人間ってそういうとこあるんですよ」

「ならせめてこいつを持って行け」

「?」


バキンと音を鳴らし、ラグナさんが自身の爪を折る。

それをこちらに手渡しながら続ける。


「龍族の爪は強力な武器の素材になるらしい、我の爪ならさぞ強力な物になるだろう」

「いいんですか?」

「煎じれば薬にもなるらしいが…なんにせよ素材として売るだけでもまとまった金になるだろう、どうせまた生える、好きに使うといい」

「じゃあお言葉に甘えて…」


そう言ってラグナさんはバサリと翼をはためかせる。


「また空の散歩も付き合ってくれ」

「激遅スピードでお願いしますよ!」


飛んでいくラグナさんを見送り、俺は近いうちに訪れるであろう戦いに身震いするのだった。

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