脱出

そこは洞窟の底にあってなぜかボンヤリと明るかった。

どこからか外の光でも入るのだろうか?だとしたら案外脱出は簡単かもしれない。

暫らく闇の中で戦っていた事もあり、視界は随分ときくようになっていた。

顔も身体もズタズタのボロボロだったが。


「手探りで進まなくなっていいのはありがたいけどね…」


とはいえ早くここから脱出しなければ、いつ俺の力が尽きるか分からない。

町の事も心配だ。


「落ちてきた所を登る事は…無理だなこりゃ…」


自分が落下してきた穴を見やるも、登れるような角度ではなかった。

むしろ見れば見るほど、よくここを落下してきて生きてたなと思うような形状である。

その穴の上からかすかにカラカラと音が聞こえる。


「遅ぇって…ほんと…」


音の正体に気付き、少々その場で待機すると、カランカランと音を鳴らしながら呪われた剣が落ちてきた。

それを拾い上げながらひとりごちる。


「それでもまぁ…ずっとついてきてくれるのはありがたいね…」


剣を杖替わりにしながら歩き出す。

一歩進むごとに身体中が悲鳴を上げるが、まぁ生きてる証拠って事で…


「方角もわからんし…伸びてる先に向かうしかないか…」


歩きながらフト思った事がある。

それは特殊能力【勇気の欠片】についてだ。

先程、殴られながら思った「俺に人なんて殺せるわけがない」ってのが切っ掛けなんだが…

そもそもこんなに俺はアクティブだっただろうか?


まずは先の大襲撃。

確かに親しい人が苦しむのは見たくなかったし、理不尽な力に屈したくなかったというのは本音だ。そこに嘘はない。

けれど、日本のいちサラリーマンであった俺が、しかも直前に魔獣に殺されかけた俺がだぞ…?

あんな大群の魔獣に立ち向かおうと思うだろうか?

投げ飛ばされたついでに魔獣に一撃くれてやろうと思うだろうか?

答えは当然、否だ。


今回の事にしてもそうだ、凶暴な魔獣が出ると知っていたこの場所になぜ一人で来ようと思ったのか?

そして、俺の命を狙ったあの男。

あいつとも戦おうとしていた、事なかれ主義の日本人である俺がそんな行動を取るだろうか?


「死ににいく様なもんだ」


そう呟いてゾクッと身震いする。

思うに【勇気の欠片】とは読んで字の如く、俺を奮い立たせてくれる能力なんじゃなかろうか…

普段なら躊躇してしまう事や怖気づいてしまう事…そんな事でも感情のままに行動に起こせるだけの勇気を与えてくれる能力。

それが【勇気の欠片】の能力ではないのか?


「お前…すげーけど…それは危なっかしいぜー?」


杖替わりにしている剣に向かって声をかける。

そうなのだ、とても凄い能力には違いない。

戦いにおいて、怯えずに一歩踏み出せる事がどれほど有利に働くだろうか?

それだけで九死に一生を得る事だってままあるだろう。

ただ、それはある程度戦える実力がある場合に限る…

俺のように貧弱な奴に勇気だけあったところで…それは「無謀」とか「蛮勇」と言うやつに他ならない。


「じゃあ鍛えろって話なんだけどさ…」


更に俺には不運や悲運といった不幸が付き纏う。

今の俺を見てもらえば分かるように、勇気を出して挑んだ結果がこのザマだ。

果たして俺はこの能力と上手く付き合っていけるのだろうか…

というよりも【破傷風】を治す事ができなければ、能力もへったくれもない。

残された時間もそうあるわけではないし…ああ…なんだろう…この寒気は…冷たい風が俺の頬を撫でる。


風?……風だ…


寒気の正体は風だ、いやまぁ他にもあるんだろうが…とにかく今は風が吹いている事が大事だ!

つまりどこかに外に繋がっている場所があるって事だ!

おお、一気に身体に力が戻ってきたような気がする。

踏み出す足にも力が入るようだ。


風は前方から感じる。

洞窟は細くなっているが確実にこの先に何かがある事が分かる。

なんならヒューヒューという風の音さえ……あぁ、違うわ、これは俺の喉から聞こえる息切れの音だわ。

つまんねー事言ってんじゃねーよって?そう怒るなよ、俺も大変なんだ。


「ん…行き止まり…?」


岩壁に阻まれる。

だが間違いなく風は前方から吹いている。

手探りで辺りを探ってみると、足元に人間一人がようやく通れそうな穴が開いていた。


「こいつか…」


かがんでゴソゴソと強引に身体をねじこむ。

岩肌が傷口に当たり痛い事この上ない…


「いてて…でも間違いない…この先だ…」


ズルズルと匍匐前進で進む。

かなり先に見えていた光が少しずつ近付いてきて…


「やったーーーー!脱出………あれ?」


抜けた先は妙に明るいが、だが今までと同じように岩肌に囲まれた洞窟だった。


「うっそだろ…」


見渡すと、そこはやけに広い小部屋のようになっており、松明が数本壁に設置されている。

明るいのはそれのおかげなのだが、一つ洞窟には不釣り合いな物を見つける。


「扉…?」


そう、誰がどう見ても扉としか思えない代物がそこにはあった。

これまで人の手が入った形跡がまるでなかったにも関わらず、その扉は銀の装飾が眩しく、埃一つついていなかった。


「まぁ…行くしか…ないよな?」


扉の取手を引くと、ゴゴゴ…と重低音を響かせながら扉が開く。

鍵でもかかっているかと思ったが杞憂だったようだ。

扉の先は、闇に覆われていた。

近くの松明を一本手に取り、慎重に一本を踏み出す。


「風はどっから…きてたんだ?」


そういえばさっきまで吹いていた風を感じない、引き返すべきかと思った瞬間…

ゴゴゴと開いていた扉が勝手に閉じてしまった。


「ああああああああ!!駄目だって!!あああ!!よくない!!よくないよ!!!これ!!」


叫んだ時にはもう遅かった。

完全に扉が閉まり、それと同時にボン、ボンと辺りの松明に火が灯る。

どういう仕掛けなのかは理解できないが、どんどん部屋が明るくなってくるのはなかなか壮観だ…


「広っ…まさか山の中の洞窟にこんな空間があったなんて……あった………なんて…………」


かなりの広さがある場所だ。

ボン、ボンと松明は更に奥まで点火していく。

ボン、ボッ、ボッ、ボン…

その空間の奥まで松明に火が灯り、全ての松明が点火した時…


「ツイて…なさすぎや……しませんかね?」


その部屋の奥にバカでかい龍のような魔獣がいるのが見えたのだった。


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