落下
「何を企んでいるかは知らんが…」
男の振り下ろした小刀は俺の腕に刺さり、俺は剣を手放してしまう。
間髪入れずに落とした剣を男が蹴り飛ばす。
カランカランと遠くに剣が転がっていくのがその音で分かった。
「君の武器は一本だけのようなのでな、俺は最後まで油断はしない。」
「くそが、御名答だわ…」
「英雄…と呼ぶには値しないな」
「英雄を名乗ったつもりもないからね…」
「恨むなら、弱い自分を恨むんだな」
トドメの時間だ。相手が最後の一撃を繰り出そうと息を吸い込む。
「投擲武器ではトドメを刺すには心許ないよな、それは分かる」
俺は今、倒れて仰向けの状態だ。
つまり背中を壁につけていた時と同じ、背後から俺を襲う事はできない。
更に言えば、小刀で倒れた人間を刺そうとした場合、確実に中腰かしゃがみ込む必要がある。
狙ってくる場所は、腹、心臓、首、のどこかだろう…足を刺してトドメを刺す奴なんかいないハズだ。
という事はだ、敵は今、俺の上半身のすぐ近くに、回避行動をとりにくい体勢でいる可能性が高いという事だ。
「貴様……何を!?」
武器も持たない満身創痍の弱者。
後はそいつにトドメを刺すだけだ。
油断、とまではいかなくともピリピリ張り詰めるような警戒はしていないに決まっている。
「呪われた装備は外す事ができないんだよ!」
「なんだと!?」
「こい!剣よ!!」
……
………
…………
来なかった。
いや、正確には来ようとはしていた。
カラ…カラとゆっくりゆっくり近付いてくるような音がする。
「嘘だろ…」
俺の想像ではもっとシュポーーーンと飛んできて、俺の手に収まる予定だったんだけど…
それでこう、飛んできた剣の勢いのままこう遠心力で薙ぎ払えば相手にダメージを与えられるはずだったんだけど…
「全然だわ…」
むしろトドメを刺そうとしていた相手の怒りをかってしまったようだ。
「貴様は!一体!!何がしたいんだ!!」
もう姿を隠そうともせず馬乗りになって俺を殴りつける。
俺の顔面を拳で、時に小刀の柄で、しこたま殴る。
彼はきっと小馬鹿にされたような気分なのだろう。
「口だけの詐欺師が!どうやって町中を欺いた!?」
バカ言え、欺くも何もこっちも被害者なんだよ…
くそ、パンチも重いわ…
ドゴっと殴られる度に後頭部まで地面に打ち付ける。
こりゃヤバい…意識が飛びそうだ…
出血だってかなりのもんだ…
つーかさ、ついこないだまで一般人だった俺がさ、仮に剣を使えたとしても人殺しができたとは思えないんだよなぁ…
ガッ!ボガッ!ガキッ!
闇の中、俺を殴る音だけが反響する。
徐々に痛みも感じなくなってきてるのは、ドーパミンだかアドレナリンだかが出てるせいなのか…
それとも、もう終わりが近いからなのか…
顔を庇う事すらもうできなくなっている。
ドゴ!ゴキッ!……バギャン!!
何かが砕ける音がした。
初めは俺の頭蓋骨かと思ったがどうやら違うようだ。
ピキッ…ミシミシミシ…
音は俺の背後から聞こえる。
俺は倒れているはずだから、地面からそれは聞こえている事になるな。
「くっ!崩落か!」
男がそう言って俺の身体から離れる。
どうも俺が殴られる度に打ち付けていた後頭部付近の地盤が、メキメキと割れ始めているようだ。
すぐにその音はバキバキと振動を持ち始め…
洞窟全体を崩し出したのだった。
「なんてこった、全然動けねぇってのに…」
モゴモゴとハッキリしない声で俺は愚痴る。
男の気配はもうしない、危険を感じて避難したのだろう。
一難去ってまた一難だ。
なんとか最後の力を振り絞って立ち上がろうとする…
「いでえ…顔も肩も…どこもかしこもいでえ…」
転生してから痛い目にしか合ってない気がする。
そのおかげか身体も心も若干タフになっているように思えるが…
リスクとリターンが見合っていないだろこれ…
グググと足に力を入れた瞬間。
バガンと音を立てて地面に穴が開く。
「おわ!!」
暗闇よりも更に深い闇に、俺は為す術もなく飲み込まれる。
そして浮遊感。
落下していると思った時には、もうどうしようもない。
「どこまで!落ち!ヤバい!死ぬ!」
ダン!という衝撃、身体中に強い痛みが走る。
その後も何度もあちこちにぶつかりながら落下する。
幸か不幸か、垂直にただ落下するわけではなく、滑り台のようになった洞窟を滑り落ちるような形で落下している。
ただそれは滑り台と呼ぶには些(いささ)か角度が急すぎたし、ゴツゴツした岩肌はぶつかる度に身体を軋ませる。
頭を打たないように両腕で抱え込む。
それが俺にできる精一杯の抵抗だった。
「ぐがっ!がはっ!!」
永遠にも続くかと思われる長い長い落下にも、ようやくゴールが訪れる。
ドシャアアっと放り出されたそこは残念ながら地底湖なんかがあるわけではなく硬い硬い地面だった。
一際強い衝撃を身体に受け、ようやく俺は落下から解放された。
「生きてる…よな…」
ミシミシと身体から悲鳴が上がる。
手足の骨は折れていないようだが、腹部が尋常じゃ無いほどに痛い。
「すぅー…っっがああ!いってええええ!!」
これは間違いなく肋骨折れてるわ。
痛みでまともに息もできない。
漫画なんかで「肋骨を何本かやられちまった」みたいな表現があるが…実際に肋骨が折れたらあんなモンじゃ済まない。
呼吸する度に肺で骨が押されてとてつもない痛みが走るのだ。
「ばっかじゃねぇの…くそ…いってええ」
涙を浮かべてその場で蹲(うずくま)る。
「でも…生きてる…いぎぎ…帰るぞ…絶対!」
どれだけ落ちたか分からない、だがなんとしてでもここから帰らないと。
あの男の弁を信じるのであれば、貴族が何か良からぬ事を企んでいるのだろう。
町の人々、俺の友達にまで何かあったらと思うと…
「我慢ならんぞそれは」
決意表明のように俺はそう呟いた。
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