剣戟
速っ!!
とっさに剣を抜こうとするが、相手の踏み込みの速さについていけない。
剣を鞘から半分も抜かないうちにガキンっと金属同士がぶつかる音と、ジーンとした衝撃が手に伝わる。
これは本当にただの偶然だ、俺が剣を抜こうとし、相手は俺の腹か腕を狙った。
俺がもたついたせいもあり相手の小刀が俺の抜きかけの剣に接触。
結果として俺が相手の刃を剣で受けたように見えるだけだ。
「ほう、見えているか!隙だらけに見えるのも油断を誘う為か?」
男はそう言いながらバッと俺と距離を取る。
過大評価もいいところだが、俺としては連続で攻めてこられず一安心だ…
俺の実力がバレると厄介なのでそこは話を合わせておこう…
「アンタもなかなか速い、このままだとどちらもタダでは済まないぞ。退く気はないか?」
なかなか速いどころか、目ですら追えていなかったりする。
しかも相手は小刀しか持っていないのに対し、俺は片手に松明を持った状況だ。
仮にこの火が消えてしまったら、俺は何も見えず、何も分からないまま死んでいくだろう。
「君を殺さずに帰ったら、俺の信用に関わるんでね、殺し屋稼業の辛い所さ」
殺し屋。
俺はなぜ殺し屋なんかと対峙しているのだろう…
俺みたいな一般人、いやなんなら不運に愛された一般人にも劣る男を殺す理由が見当たらない。
「なぜ俺を?」
「君のような、凄腕で求心力のある人間を疎ましく思う権力者がいてね」
どっちも当てはまっていないのに…
今すぐにでも泣き出したい衝動に駆られていた…
「さあ…スッキリしたか?覚悟は決めたか?」
男はそう言うと、更に一歩後ろに下がる。
「まずい……!」
ヤバいと思った時にもう遅かった。
黒装束の男はその身を闇に溶け込ませる。
目の前にいたはずの男の姿を一瞬で見失ってしまった。
ズンっと衝撃が走る。
「いっがあぁ!!」
肩だ、肩を刺された!
ワンテンポ遅れて剣を振り回すが、とっくに男はそこにはいない。
松明に照らされた光と闇の境目に一瞬だけ男の影が写った気がする。
「先程の反応はどうした?」
男の声がどちらから聞こえてくるかも分からない。
「ここだ」
耳元で男の声がしたと思った。
無我夢中でそこに向かって剣を突き出す。
けれどその剣は虚しく空を裂き、同時に先程刺された肩を再度刺される。
「うっがぁああ!!!」
痛い!痛いのだ!
傷口を更に抉られる痛み。
様々な怪我をしてきた俺だが、この未体験の痛みの前に思わず脱糞しそうになる。
……勿論、物のたとえって奴だぞ?
「これじゃジリ貧だ…なんとか奴の場所を特定できたら…」
そうなのだ、呪われた剣のおかげで剣術の能力は上がっている。
男の位置さえ分かれば多少は戦えるんじゃないだろうか。
俺はジリジリと下がり、壁に背をつける。
「なるほど、それなら死角が減る」
「バレバレ…まぁそりゃそうか…」
これで相手が襲ってくる方向は制限できる。
後はタイミングさえ………
ドッ…ドカッ!!
「マジかくそ…いっでぇ…ゴホ…」
俺の腹に果物ナイフくらいのサイズの刃物が二本刺さっていた。
武器が小刀だけなんて誰が言った?なんて言葉が込められているに違いない。
「武器が刀だけだと誰が言った?」
実際に言われてしまった。
「こんなものかね?英雄!」
ドッ!ドッ!ドッ!!ドッ!!
嘘だろこいつ!何本持ってやがる…!
畳み掛けるように、ナイフが飛んでくる。
しかもあらゆる方向からだ、わざわざ移動しながら投げている。
一本一本はそう重くないが、こんなもの何本もくらって生きてられるほどタフじゃない。
痛ぇええ!!平和な日本住んでた俺がなんでこんな目に合わなきゃいけないんだ!
「っがあぁ!!」
当たるとは思っていない。
ただ少しでもこのナイフを止めたかったのだ。
だから思い切り剣を振った、闇に向かって。
キンッ
小気味の良い音がした。
「がっは!!」
続いて男の声。
「油断したつもりはないが…ぐうう…そうか…君は…剣戟持ちか…!!」
「…………ソニックブームだ…!」
特殊能力、剣戟。
斬撃を飛ばし、追加ダメージを与える。中距離。
ゲーム的な表現をするとしたらこんな感じか。
俺はイメージでソニックブームと言っているが、ソニックブームとは「衝撃波によって起こる大音響」の事らしいので全く別物と言っていい。
俺の剣を振ったその軌道上に、そのまま斬撃が飛んでいく。それが特殊能力、剣戟の正体らしかった。
「いける!勝機ありだ!」
同じように剣を思い切り振り抜く。
「くっ!!」
しかしその剣からは何も放たれない。
俺も相手も暫し硬直してしまう。
「なんで!?剣戟!!剣戟!!!」
叫びながら、何度もブンブンと剣を振り回す。
しかし剣は沈黙を守り…斬撃が放たれる事は無かった。
それどころか誤って松明の頭を切り落としてしまい…
「あっ!!」
コロコロと転がった松明の火は、近くの水溜りにハマり…
ジュボンと情けない音を出しながら消えてしまった。
当然ながら、周りは完全に闇に包まれる…やめてくれよ…俺の不運よ…
「驚かせてくれる…それともそれも間抜けの演技か?」
闇に響くその声にはわずかに怒りがこもっていた。
「さて、どうだろうな…」
「俺の傷はまだ浅い、残念だったな」
ズッ…!ズバッ!
腕、太腿、頬、全身を切り刻まれる。
「ぐうっ!があ!いっ!!だああ!!」
相手も未だ警戒しているのだろう、付かず離れずで確実にダメージを重ねる戦法にしたようだ。
俺も剣を振るが、ただの一撃すら相手に当たる事はない。
気付けば背中に壁の感触もない、ただ完全な闇の中、徐々に死が近付いてくる。
逃げなきゃ!でもどっちに!?
でもこのままじゃ…首でも切られたらその時点で…首!首守らないと!
やばいぞ!これはやばい、冷静じゃない…うぎゃっ!また切られた!痛い…痛い!
走れ!こっから離れるんだ!
「どこへ行く」
俺は少しでも奴から逃れる為に走り出す。
方角も何も分からないがここでじっと切り刻まれるよりはマシなはずだ。
岩壁にぶつかりながらヨロヨロ進む。
「幻滅させるなよ」
グサッと足にも刃物が刺さり、その場で倒れ込む。
「来るな!!来るな!!」
「足掻くな、終わりだ」
男の気配が近付き…俺に死を与える為に武器を振り上げる。
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