暗闇

山道を歩く。

トボトボという音が聞こえてきそうな程、俺は乗り気じゃなかった。

だけど仕方ない…金が無い人間に拒否権はないのだ…

まぁ…その他にも、住民が早く安心して生活できるようにだとか、俺の身体がいつ動かなくなるかわからないからだとか、理由は色々あるのだが。


地図を頼りに一人登山だ。

これが借金も無く、健康体で、美味しいお弁当でも持って、隣に可愛い彼女なんかがいる休日ならどれ程よかっただろう。

おかしいな、俺はこの第二の人生で超幸せな幸運人生を満喫するはずだったのに…

それどころかもう人生の崖っぷちに立たされている気がする…


「ハァー…ハァー…ここか…ここだよな?」


避難所を越えてさらに奥。

どれくらいの時間歩いたのかは分からないが、既に日は傾きかけている。

ポッカリと大口を開けたそこはまるで巨大な魔獣の口のようだった。


「俺、暗いとこ駄目なんだけどな…」


致命的な弱点をここに来て思い出す。


「暗っ…!怖っ!!」


洞窟内部はただ闇だけが広がっていた。

鉱石を採ってくる依頼だなんて言うから、炭鉱のように人の手が入っている洞窟かと勝手に想像していた。

ところがどっこい、実際は自然そのままの姿の洞窟がそこにはあった。

だが尻込みしていても始まらないどころか、日が落ちれば洞窟の外まで真っ暗闇になってしまう。

俺は渋々ではあるが、意を決して洞窟に一歩、足を踏み入れた。


「松明に、火…火…あれ…あっつ!」


ボワッと手元が明るくなり、ついでに松明を持っていた手も火傷する。

気分的には萎えまくりだが、やはり明かりが有るのと無いのでは大違いだ、暗闇に対する恐怖が幾分かマシになる。


「なわあああ!!!」


虫だ、いっぱい虫!

しかも見たことない虫がいっぱいいる!

脚が何十本もあるゲジゲジとした虫や、何やらよく分からない舌のような物を何本も持つ虫。

ハエや蚊のような感じだが、サイズが人間の頭程の大きさもある奴。


「やめてくれよ、俺…虫駄目なんだよ…」


むしろ俺の苦手じゃないものを教えて欲しいくらいだ。


「こんなとこ長居はしたくないな…さっさと進もう…」


舗装なんかされてるわけもないので、ゴツゴツした岩肌をそのまま歩いているような感じなのだが…

何やらこう…水とも違う液体でベチャっと濡れているような…

何とも言えず不快な足元の中、歩き続ける。


「フンフンフーン♪」


歌ってみる。

孤独なのだ、一人で暗闇の中進むのがこれ程孤独で不安なものだとは知らなかった。

カツーンという石の転がるようなわずかな物音に対しても敏感に驚いてしまう。

幸いな事に今の所、魔獣らしき存在と出くわしてはいない。

このまま何も出ないといいが…俺の不運値ではそうもいかないんだろうな…と自虐的な笑みを浮かべる。


カラン…カラカラ…パシャ…ピチャン…


ここで少し脱線してもいいだろうか?

一人で暗闇にいるとどうしても余計な事を考えたり、歌を歌ったり、気を紛らわせないと耐えられないのだ。


俺も男の子だ、中学生の頃なんかはやっぱり痛い妄想をしたりもする。

相手の心が読めたら、時間を止める事ができたら。

そんな特殊能力を自分が持っていたら…なんて事を真剣に考えたりするわけだ。

結構分かってくれる人は多いんじゃないだろうか?


妄想はそこでは終わらない。

では逆に、そんな能力を持ったやつが既にいたとしたら?

自分がそんな奴等にやられない為にはどうすればいい?なんて事も考えたりするわけだ。

でも所詮、中学生の浅知恵だよな、結局解決法は「心を読まれても分かってるフリをする」みたいな事しか思いつかないんだ。

ん?何を言ってるか分からないって?

だからあれだよ、相手が心を読んでくるだろ?

その時に「俺の心を読んでも無駄だぜ、わかってるぜ」なーんて事を考えるって事だ。

ハッタリで相手をビビらせる!みたいな事だな。

痛いよな?分かってる。

でも見に覚えがある奴もいるんじゃないか?


でだ、なんで俺がこんな話をしたかと言うとだな。


「分かってるぜ、誰ださっきから」


この年になって同じ事をやってしまったからに他ならない。

さっき、中学生の頃と言ったが、割と最近までそういう妄想をしてしまっていたのは内緒だ。


「尾行にしては下手くそだな、足音が丸わかりだ」


なーんも分かっていない。

暗闇で時折聞こえる音が怖くて、恐怖心を誤魔化す為に言っているだけだ。

むしろこれを言いながら俺は、誰もいない事を確信さえしている。

なんならこれ、洞窟入ってから2〜3回目だ。

虚しく響く俺の声に恥ずかしさがこみ上げてくる。


「なーんちゃ…」

「どうやら英雄というのは伊達ではないようだ」


俺がその声を聞いたときどれほどビックリしたか…

岩陰から響いたその声に腰を抜かしそうになりながらも視線をやる。


「気配を断つ事には自信があったのだがな…」


黒い服に黒い頭巾、目元だけが空いた全身黒ずくめの男がそこにはいた。

手には小振りな刀を持っているが、それも黒く塗られていて、この暗闇ではかすかに見える程度だ。

男と言ったが、実際はガタイのいい女かもしれない。


「誰だよ」


さりげなく呪われた剣に手をかける。

友好的で無いのは明らかだった。


「洞窟の奥で殺してしまえば君の死体は発見されず、証拠は残らない、だからそうするつもりだったんだがね」

「人間一人消えてそううまくいくかね?」

「君は旅人だろう?それに借金まみれだ、姿を眩ませてもなんら不思議はない」

「ここに結界鉱石は……?」

「そんなものは無いよ、凶暴な魔獣はいるらしいがね」


合点がいった。

道理で炭鉱のように整地されていないわけだ。

ここはただの魔獣の住む洞窟で、俺は何らかの理由で俺に消えて欲しい奴に命を狙われていると。


「て事は」

「聡いな、クラークはこちら側だ」

「それで、そんだけペラペラ喋るってことは?」

「無論、生きて帰すつもりはない」

「随分と自信があるみたいだ……」

「強い奴と戦うのが嫌いと言えば嘘になる……!」


やっぱりツイてない。

なんでちゃんと準備してジェノさんに付いてきて貰わなかったのか…

目の前の男がカシャンと武器を構える。

俺は全然強くないんだけど…なんて言い出せないままピリピリと空気が震え…


俺の初めての対人戦が幕を開けたのだ。

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