ツイてない1日の始まり2
あーー、腰が痛い。
やっと掃除も一段落して、休憩に向かう。
これをどれだけすれば俺の借金は無くなるのだろうか…
あまり考えたくはない…
「やぁ」
腰をトントンと叩きながら歩く俺に、見知らぬ人が声をかける。
「君がジン君かい?」
「はぁ…」
人当たりの良さそうな青年だ、けれどソルトさんやジェノさんの助言もあり、俺は少々身構える。
「ああ、ごめんよ、僕はクラーク。よろしくね」
「あ、よろしくおねがいします。ジンです」
「僕はこの町のモーリア邸で働いているんだけど…」
「モーリア邸ですか…」
「うん、外から来た君が知らないのも無理はないが、北の貴族街にあるお屋敷だね」
「はぁ…貴族の…」
正直、ピンとこない。
何やら貧富の差はかなりあるようだが、会ったことも無い人達だ。
今の所いい話は聞かないが、前世でも縁のないような人種だからよく分からないというのが正直な感想になってしまう。
「少し話でもどうだい?君にとって悪くない話もできると思ってね」
どうあれ、断る理由も特にないので了承する。
二人で近くにあった料理屋に入り、軽い物を注文する。
「付き合わせてしまってすまないね」
「いえ」
「まずは、お礼を」
「何のですか?」
「あの大襲撃を退けてくれた事だよ、君のおかげで被害は最小限に抑えられた」
「いえ、あれは俺の力じゃないんで…」
謙遜でも何でもない、事実である。
どっちかというと俺に爆薬を持たせたジェノさんの手柄と言っても過言ではない。
「紳士なんだね、君は」
「いやそういう事では…」
「そんな英雄でもある君が多大な借金を背負っていると聞いたが…」
なるほど、これが本題か。
「ええまぁ…色々ありまして…治療費とかね…」
「なるほど、英雄とは言えさすがに無傷とはいかなかった…というわけか」
無傷どころか真っ黒こげであわやという所まで追い込まれていたわけだが
「英雄ってのやめてくれません?その…本当に誤解なんで…」
「これは失礼、大仰(おおぎょう)な物言いをしてしまったかな?」
「まぁ…いや、ホント誤解なんですよ」
「ふふふ、謙虚な人は好感が持てるが…もっと誇ってもいいと思うよ?」
駄目だこれ全然話通じないやつだ。
「それで…その借金まみれの俺に何か?」
「いやすまない、それについて多少なりとも協力できないかなと思ってね」
「協力ですか?」
「そう、協力と言ってもただの依頼さ。こちらにも利がある、そしてその礼を君にする」
「依頼…」
「そう、ただその依頼を受けてくれる人がなかなか見つからなくてね、そこでかの英雄にと思った次第さ」
「そんなに難しい依頼なんですか?」
「いやいや、君にとっては簡単な依頼だろう」
俺にとっては簡単な依頼って…掃除でもこのざまなのに…この人は何を言っているんだろう…
「結界鉱石の納品」
「結界鉱石…?」
「ああ、東の山の洞窟の奥にある鉱石でね、それを元にこの町に簡易の結界を張る装置を作れるようになる」
「結界ですか」
「魔獣の脅威は十分すぎる程分かっただろうが、いかんせんアレに対抗する手段が無いのも事実だ」
「まぁ…確かに」
「そこで結界だよ、魔獣だけに効く認識阻害の効力がある。つまり魔獣はその結界内にあるこの町が見えなく、感じなくなるわけだ」
「襲われる事もなくなると」
「そういう事だね」
「なんでそれを受ける人がいないんですか?」
「まず今は町の復興等で人が出払っていてね、単純に人手不足なのが一つ」
「ふむ」
「そして…洞窟の奥には手強い魔獣がいるという噂があってね…それがもう一つの理由さ」
馬鹿なのかな?
なんで俺が手強い魔獣を倒せるんだよ…
誤解だって何回も言ってるじゃないか…
「いや…」
「こういう時だからね、相場の3…いや4倍は出せるよ」
「そういう問題じゃなくてですね…」
「頼むよ、それで町の人達が安心して暮らせるようになるんだ」
「強い魔獣がいるんですよね?」
「討伐した場合は更に報酬を支払おう」
ん、ということは討伐はしなくてもいいわけか。
じゃあこっそり鉱石だけ採って帰ってきたら、それだけで依頼達成なわけだ。
それなら何とかなりそうな気もするな…
町が安全になるのはいい事だしな…
魔獣と戦わなくていいなら…俺でもいけるかな…どうなんだろうか…
「魔獣は倒さなくても大丈夫なんですか?」
「その魔獣は洞窟から出ることはないらしいからね、無理に倒す必要はないと聞くよ」
「なら…」
「よし決まりだ!」
俺がきちんと返事する前にクラークさんがパンっと手を叩く。
「そう言ってくれると思ってたよ!いやーありがたい!これが洞窟までの地図、これは鉱石の見本だ、同じ物を頼む。それでこれが…」
俺に会う前から、依頼を受ける事が決まっていたかのようにテキパキと準備を進める。
「それではよろしく頼む、働き次第では次の依頼も考えよう、君の借金もグッと減る思うぞ」
「それはまぁ…ありがたいですが…」
「ここは僕が払っておこう、もう行くのかい?そうだな、早いほうがいいだろう!気をつけてくれ!」
ドンドンと背中を押されて、店から追い出される。
NOと言えない日本人はこうして流されてしまうのだ…
ああ…借金って本当に怖い…
掃除の疲れも取れないまま俺はトボトボと歩き出す。
誰だよ、清々しい朝だとか言ってた奴は…
「……………あれがジンか、英雄だと言われるようには見えないが」
そんな俺の背中に鋭い視線が向けられていた。
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