大切な日常
「失敗…ねぇ…?」
「申し訳ないございません…まさかあの大襲撃を退ける程の手練れがいるとは…」
「何者だそいつ?」
「冒険者としては活動していないようで…流れ者と言いますか…旅人と言いますか…」
「物好きな奴もいたもんだ…」
「申し訳ございません…」
「で…どうするんだ?決して安くない金がかかってるんだぞ?」
「今は魔獣も散り散りになってしまい…町への警戒も高くなってしまっています…」
「俺がそんな事聞いたか?どうするんだ?と聞いたんだ」
「あ…………その、そうです、旅人の男を殺せば…!そうすれば町の戦力は激減するはず!」
「…………ふん、大軍勢を一人で退ける男だぞ?そう簡単にいくのか?」
「こちらにも優秀な手飼いはいます、決して引けは取りませんよ…!」
「いいか?」
「は…はい…?」
「これを俺一人の命令と思うなよ?」
「と…いいますと…」
「これは貴族の悲願だ。失敗すれば俺だけじゃない、この町の貴族全員から追われると思えよ」
「…………は!」
よくある話ではある。
自分の領地を広げる為にあえて町を危険に晒し、住民を処分する。
景観を損なう貧民街まで潰せるとなると一挙両得だ。
その後、残った住民には少々の土地をくれてやる替わりに税収を上げる。
復興の為だなんだと理由はいくらでもつける事ができる。
更に、相手が魔獣となれば反乱の心配もない。こちらに牙が向かないという事が大事なのだ。
「全くケチがついた」
ドカッと机に足を乗せ苦言を吐く。
金の装飾を多数身に纏ったその男。
その手に握られている見慣れない道具は、所々ヒビ割れ、欠けていて、その能力をもう発揮出来ないように見える。
「俺の金、なんとしてでも取り返さんとな…」
ガシャンとその道具を投げ捨てる。
そのかつて「魔獣を凶暴化し呼び寄せる道具」だった物が一瞬だけ光り、そして完全に動作を停止したのだった。
夜が明ける。
なんとも清々しい朝だ。
その清々しい朝に俺は何をしているかと言うと…
「なんで俺が町の掃除を…」
「黙って手を動かしな!この借金大王!!」
そうなのだ…
俺は全く自分でも自覚のないまま借金地獄にハマっていた。
まずは俺の身体の治療費だ、これは本当に感謝してもしきれない訳だが、しかしべらぼうに高かった。
【回復阻害】のせいでとにかく回数が必要だったし、解呪やら何やらも色々試したもんだから値段が跳ね上がったのだ。
「それはまぁ仕方無い」
だが、それ以上にきつい支払いがあった。
それがあの「超レア級の液体爆薬」である。
前世で言うところのニトロのような物なのだろうが、なんせこの世界では本当に貴重で珍しい物らしい。
そのお値段は俺の人生が2回くらいは買えてしまう物なんだとか…詳しい値段はもう聞かない事にした。
「液体爆薬は俺のせいじゃないのに…」
「しーーーっ!!アンタはジェノが可哀想じゃないのかい!?」
「俺はどうでもいいのかって話だろ!」
「あの子はねぇ…信じてた仲間に裏切られてねぇ…」
「それは聞いたって」
「呪いのせいで不幸に苛(さいな)まれ…」
「それも聞いた」
「ようやく解放されたあの子にそんな地獄を見せていいのかい!?」
「俺がその地獄全部背負ってんですけど!!」
「アンタはもういいだろ、どうせあと一週間くらいで逝っちまうんだから」
「こらー!!酷いこと言うんじゃない!!」
「冗談!冗談だよ!!」
口の悪い婆さんとギャーギャー言いながら掃除を進めていると、討伐依頼から帰ってきたジェノがやってきた。
「あ、あの…その節は…」
「いいんだよ、気にしないで!こいつが好きでやった事なんだから!」
「アンタが言うなよ!!」
「私にも出来る事があれば何でも言ってくれ…何でもする…」
「いいからいいから、サッサと冒険者に戻って世界を駆け回りなよ」
「それは同意だけどアンタが言うなって」
ジェノさんが今請け負っている討伐依頼というのも、先の大襲撃で散り散りになった魔獣や、討ち損ねた魔獣なんかを探し、討伐する仕事だ。
この町に大きな被害こそなかったがまだ人々の恐怖や不安は取り除けていない。
周囲の魔獣を狩る事でその不安を多少なりとも軽減できるのであれば良い事だ。
「【破傷風】の事は聞いた、私も本音を言えばすぐにでもエルフの秘薬を探しに行きたい…」
「あぁいやいや!そういう意味じゃなく!!」
俺は素直に冒険者として楽しんで欲しかったのだ。
嫌な過去に縛られず、新たな気持ちで。
「だがソルトさんからも聞いたと思うが…今の君は良い意味でも悪い意味でも町中の噂だ」
「まぁ…それは…うん」
「その力を悪用しようとする者、疎ましく思う者…私はそんな奴等から君を守ろうと思う」
「いやいや!そんな大袈裟にしなくても!!すぐ皆飽きるって!人の噂も七十五日ってやつ!!」
「そんなに長いならいつ行動に移す奴がいてもおかしくない!」
ぐっは、日本の諺(ことわざ)破れたり…
最もだ…噂が七十五日も続くのは普通に長いわ…
「と…」
「と?」
「友達だからな!!守るのは当たり前だ!!!」
そう言い捨ててジェノはそっぽを向いて歩き出す。
一瞬その顔が真っ赤に見えた気もするが…気のせいかな。
「友達じゃあしょうがないねぇ…」
ニヤニヤしながらこっちを見てくるソルトさんにイラッとしながらも、俺は掃除を再開する。
うん清々しい朝だ。
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