ツイてない1日の始まり

翌日は騒がしい声で目が覚めた。

ワーワーと外からも店の中からも人々の喧騒が聞こえる。

寝ぼけ眼で目をこすっていると部屋の扉が激しく叩かれる。


「お客さん!大変だよ!寝てる場合じゃないよ!」


宿の主人のただならぬ様子に慌てて扉を開く。


「襲撃だ!町に魔物がなだれ込んでくるぞ!」

「は?」

「ここ何十年も無かったんだがな…避難しなきゃヤバいよ」

「避難って…どこに?」

「金があるなら町の最北にある貴族街だな、無いなら町を出て東の山の中腹に避難時の洞窟がある!」

「んなこと言われても…」

「とにかく急げ!町中が魔物で埋まるんだぞ!」

「ひえっ」


嫌な光景を思い浮かべてゾッとする。

なんで俺がいるときに限ってそんな何十年も無かったトラブルが………


俺か?


俺がいるから…俺が来ちまったから…

俺が不運で呼び寄せちまったのか?

魔物の集団を、未曾有のピンチを…


「くそ、こういう周りに迷惑かけるのだけは勘弁してくれよ…!」


自分の不幸を嘆く前に、他人を巻き込んだ罪悪感で押し潰されそうになる。

バタバタと着替えなんかを済ましていると、部屋に一人の人間が飛び込んでくる。


「聞いたかい?さっさと避難するよ!」

「ソルトさん…!」


そこにいたのはソルトさんだった。

昨日、今日知り合っただけの俺を心配してここまで来てくれたのだ。

年齢的に見ても、本来なら俺が彼女の元に駆け付けるべきなのに。

こういう所だ、こういう所があるから彼女は憎めないし、信頼できるのだろう。


「なんだい、人の顔じっとみて」

「いや…なんでも…助かります」

「さっさと行くよ、避難所までの案内賃は100Gだね」

「ちょっと金持ってると知ったらすぐそれだ!!」


照れ隠しか本音かよくわからない事を言いながらの彼女に先導してもらう。

宿を出ると町中がパニックになっていた。

他人を押しのけて我先に避難する人、そんな人を咎める人、盗みを働く人、親とはぐれたのか大声で泣く子供…


「ここまで酷いとはね…」


苦々しくソルトさんが呟く。


「アタシはこの町で生まれ育ったから…前回の魔物の大襲撃の時もここにいたんだけどね…」


おいで、こっちだよと泣いてる子供の手を引きながら続ける。


「あの当時はもっと町中の人間が助け合って、手を取り合って対応したもんさ…」


懐かしそうに目を細める


「外から様々な人間が来て、貴族が来て、町は栄えた。活気も出た。勿論いい事さ。」


そう言いながら路地に入る。

そこには避難する事も諦めた人々、体力のないお年寄りや、日々の生活ですら満足に出来ない人々が溢れていた。


「アンタ達!まだだよ!こんな!こんなトコで諦めてどうすんだい!」


そんな人達にソルトさんが怒号を浴びせる。


「もういいよ、どんどん生活は苦しくなる…病気したってソルトさん以外に診て貰うことすらできない…ソルトさんにだけ負担がかかる…」

「馬鹿言ってんじゃないよ!アタシは好きでやってんだ!勝手に負担だと思ってんじゃない!」

「それだけじゃない、食うものもまともに手に入らず餓死していく奴も増える一方だ…」

「っ………」

「道路一本挟んだ向こうでは皆に活気がある…この差はもう埋まらないよ…ソルトさん…」

「そんな事あるもんか!!冒険者にも理解ある奴は増えてきてる!」

「行ってくれ!もう時間がないぞ!その子達まで殺す気か!?」

「馬鹿野郎…!」


それだけ絞り出したソルトさんは再び走り出す。


「…よかったんですか?」

「何言っても聞きゃしないさ…」


それ以上部外者である俺が聞けるわけもなく…


「宿の人に聞きました、避難はどちらに?洞窟か貴族街とか…」

「はっ、貴族街の防壁はもうとっくに閉まってるさ!」

「説得して皆を防壁内に入れて貰いましょうよ!」

「無駄さ!いいかい?、走りながら聞きな!」

「はい」

「この国では弱い者から死んでいく!手を取り合って支え合うなんて…とっくの昔に無くなっちまったのさ!アンタも!非情にならなきゃ!すぐ!死んじまうよ!!」


泣きそうな顔をしたソルトさんが絞り出すように叫ぶ。


「思ってないくせに」


俺はバカみたいにツイてないし、この世界の事はまだ何もわかってないけど、少なくともここで知り合った人達と、その人達が大切だと思う事くらいは守りたいと思う。

困ってる人を助けるってのは日本人なら割と浸透してる概念だろうしな!

自殺願望なんかまるっきりない、むしろ足掻いて足掻いて生き抜きたいくらいだ。

何ができるかはともかく…やるだけやるしかないだろ!

つーかそもそも俺の不運が招いた事っぽいしな!責任もあるわこれは!

今回は痴漢扱いされませんように!!

よし!


なんだかゴチャゴチャの思考を無理矢理まとめ上げる。


「ソルトさん!避難所ってこっちに真っ直ぐ行った先の山の上ですか?」

「そうだよ!あの出口からずっと道なりに登っていけば分かるはずさね!」

「わかりました!なら先に行ってて下さい!」

「は!?」


ダンッと地面を蹴って振り返り、そのまま今来た方向に向かい走り出す。


「馬鹿!!アンタに何ができるんだい!戻っておいで!」

「すぐ行きます!俺の場所取っておいてくださいよ!」


そこから先はもう聞こえない

心臓がバクバクと脈打つ

あーツイてねぇ

落ちてる剣を拾い上げて更に走る

お借りしますよ、返却は武器屋でいいのかな?

痛ぇ!拾った拍子に指を切るのもお約束だ

あーツイてねぇ

路地を横切る時にさっきの人と目が合った気がした

身体中にグッと力が入るのが分かる



あーーあ!ツイてねぇ日だな今日も!!

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